お母さん襲来―③

「人見は、誰とでも気兼ねなく話せているし、遅刻や欠席もない。提出物もちゃんと出しています。生活態度は優等生ですね。理系科目ももうちょっと頑張れたら、言うことなしです」


 担任の三枝先生からの評価は、小、中とこれまでに聞いてきたものとそう変わりのあるものではなかった。これまでの三者面談と明確に違うことがあるとすれば、私の隣で一透がぶうたれていることと、それに先生が怪訝な表情を向けていることくらいか。


「あの、なんかありましたか?」


「いえいえ。友達にお母さんを見られたのが恥ずかしいみたいで」


「お母さんが友達を変に探るからでしょ」


 大分お怒りみたい。これは長引きそうね。


「友人関係なら、人見は問題ないと思いますよ。誰とでも分け隔てなく接して広い交友関係を築いてらっしゃいますし」


 うちの子は昔からそう。だからこそ心配なのよね。


「誰とでも仲良くなれる分、特別な相手が出来なかったり、出来た相手にのめり込み過ぎたりすることがあるんですけど、そこら辺も大丈夫そうですか?」


「あー……」


「先生?」


 心当たりを見つけたように笑顔を引き攣らせ、視線を泳がせる。そんな先生に、一透が心配そうに声をかける。心当たりがある故か、そんなものはないですよねと言いたいのか、分からないけど。


「いや、人見は、自分から一人になりたがる生徒もクラスの輪に引き入れてくれるんで、担任としては、余計なお節介を焼かずに助かってるんですが」


 確かにそれは、教師としては手も出し辛く、放置もできない部分だろう。それなら誇れることのはずだ。娘もやや照れくさそうにしている。何を言い辛そうにしているのだろう。


「ただ、その、一部の生徒への接し方について、怪しげな話が上がってきておりまして」


「詳しく聞きましょう」


「先生」


 今度は明確に制止の声だろうが、親として聞き逃す訳にはいかない。先生に先を促す。


「なんでも、こそこそ隠れて付け回しているとか、話を盗み聞きしているとか、盗撮しているとか」


「あんた九十九くんにそんなことしてるの?」


 ちょっと依存気味にベッタリしているとか、そんなことかと思ったら。想像以上に酷いものが出てきた。思わず一透の方を見ると、気まずそうに顔を背ける。


「九十九くんとは言ってないでしょ」


「じゃあ誰よ」


「……九十九くんだけど」


「やったことも、否定しないのね」


 返事がない。肯定の意であることは確かだろう。


 なんてこと。いつの間にか娘がストーキングに手を染めていたなんて。


「ニノマエのことは、ご存知なんですね」


「ええ。先程、校舎を案内してもらいまして。……先生もニノマエって呼ぶんですね」


 指摘すると、しまったという顔をする。やはり、ニノマエというのはあだ名か何かなのだ。


「失礼。生徒たちがそう呼んでいるもので、つい感染ってしまって」


「本人は嫌がらないんですか?」


「ええ。呼ばれ方に何も頓着する様子がなくて。それも問題だとは思うのですが」


 そうなのだろうか。だけど。


「私はさっき、否定されましたけれどね」


「そうなの?」


 一透が食いついてくる。


「なんであんたが驚くのよ。ニノマエくんってあなた? って聞いたら、自分は九十九だって否定されたけど」


 それを聞いて、一透は先程までの不満げな表情を晴らし、喜色に満ちた顔をする。先生も、どことなく嬉しそうだ。


「自分を本名で呼んでくれるのは人見だけだから、人見のお母さんにも、そう呼ばれたくなかったのかもしれませんね」


 うちの子しか、というところに引っかかるところはないでもないけれど、それなら喜ばしいことだろう。私にとっても。


「だから、人見の奇行も、大丈夫だと思いますよ。多分されてる本人も、満更でもないんで」


「それはそれ。これはこれです」


 ぽわぽわと漂わせていた嬉しそうな空気がまた不機嫌なものに戻る。下手をすれば犯罪になりかねない行為を、親として放っておく訳にはいきません。



−−−



 面談はつつがなく終了した。奇行は主に彼だけに対してのものらしく、他の子達には普通にしているらしい。


 進路の話は、文系志望、という以上には掘り下げなかった。やりたいことは、そのうち自分で見つけるだろう。


「いい加減、機嫌直さない?」


 一透は未だに、そっぽを向きながら私の前を歩く。不機嫌です、怒ってますとわかりやすくアピールしてくるあたり、まだ余裕はありそうだけど。


「仁くんはお世話になってるって言ってたけどなあ。その子ならきっともっと優しいんだろうなあ」


 わざとらしくそう言うと、歩く速度を緩めて、こちらに少し近寄ってくる。


「他には?」


「うん?」


「他には、なんて言ってた?」


 好奇心が抑えられてないぞ。我が娘。


「仲良しって言ってたわね」


 ばっ、と振り向いてこちらを見てくる。キラキラと輝くガラス玉みたいな目で。


「あいつは誰とでも、とも言ってたけど」


 途端、騙された、という顔になる。わかりやすい子だこと。


「俺が一番、って言って貰えるようにならないとね」


「余計なお世話」


 またそっぽを向いて先を歩き出す。その足取りは、やはり軽く見える。


 もう少し気長に見守ってやりますかね。




 それから数日、学校で友達にいろいろ嗅ぎ回ったことへの怒りが収まらないようで、口を効いてくれなくなった。


 口を効いてくれないとは言っても、吐き捨てるように挨拶はしていくし、呼べば出てきて美味しそうにご飯を食べ、素直にお風呂にも入ってくれるから、そっとしておいて大丈夫だろう。

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