お母さん襲来―①

※一章「君の欠片を」のあと、一年生の秋頃のお話です。




 何か大きな変化があったな。


 そう思ったのは、体育祭の日だった。呼び出された時は、大事はないと聞かされたのもあって、心配よりは呆れの方が大きかったものだけれど。実際に迎えに行けば、嬉しい発見があった。


 大野真咲ちゃんと、小川結季ちゃん。あまりちゃんと話すことは出来なかったけれど、それでも十分伝わってくるくらい素直ないい子たち。


 あの子にはちゃんと、一緒に今を生きてくれる優しい友人がいる。性格上、過去のことを簡単に割り切ることは出来ないだろうけど、それだけで大分違ってくるはずだ。


 あんな、がむしゃらなだけの生き方をしなければいけない頃とは。


 次に変化があったのは、文化祭の日だろう。最初は、単純に学校行事を楽しめたのだろうな、と思っていたのだけれど、あれだけ毎日浮かれていれば、それだけではなかったことくらいわかる。


 良いことでもあったのか、と聞けば、別に、と素っ気なく返されたけれど。全く、何年見守ってきたと思っているのか。それが嘘であることくらい、見破れなくて親は名乗れない。


 さては彼氏でも出来たかな。


 そんな事を睨んでいた頃。渡りに船とばかりに、その連絡は来た。


「三者面談?」


「うん。でも、来なくていいから」


 またこの子は。学校にちゃんと自分の世界を築くことが出来ている。それは素晴らしいことだ。親がそこに踏みこんでくるのが嫌な気持ちも、まあ分かる。


 そのくらいの反抗期なら可愛いものだ。夜遊びだの、怪しいアルバイトだのに手を出されるより余程いい。


 だけど、それとこれとは別でしょう。


「親がいかなくていいものを三者面談とは言わないのよ」


 親とも話すことがあるから呼ばれるのだ。親に子どもの学校生活を知る機会を、という目的だってある。何も知らないまま無責任に預けられるほど、高校生というのは大人じゃあない。


「まだ一年生で具体的な進路の話とかがあるわけじゃないから、親は必須じゃないの」


 むすっとした顔で返されて、納得はした。無理に仕事を休んでまでは来なくてもいいという、学校側から保護者への配慮だろう。家庭によっていろいろ事情もあるだろうし。だけど。


「来れるなら来てくれた方がいいから声がかかってるんでしょ。ウチは大丈夫だから、行くわね」


「いい」


「行くから」


「来ないで」


「勝負服、まだ着れるかしら」


 頬を膨らませてそっぽを向き、わざと大きめの足跡を立てながら自室に逃げ込む娘を見ていると、なんだか心配になる。こんな子どもみたいな怒り方をするほど今の高校生って幼いのかしら。


 私の時は、ここまでじゃなかったはずなんだけどな。



−−−



 来るなと言いつつ、参加可否や希望日程のアンケート用紙はきちんと渡してくれた愛娘のおかげで、無事面談日までこぎつけることが出来た。


 順番はあえて遅めに希望したお陰で余裕はあるのだけれど、あえて放課後を見計らい、早めに着く。娘には、伝えていない。


 これも余計なお世話だろうけど、余計な手を出すつもりはない。ただ、知るだけ知っておきたかった。娘が過ごしている環境や、周囲の人間たちを。


 まずは体育館に向かう。聞いた話によれば、ここにいるはずなのだけど。


 ひょっこりと覗いたその先で、運動部が部活動を行っていた。奥の半面でバスケットボール部、手前の半面でバレーボール部が練習している。


 ちょうどスパイク練習の時間らしく、バレーボール部の女の子たちが勢いよく跳び上がっては、力強いスパイクを撃ち込んでいく。女の子なのにすごい迫力。若いっていいなあ。


 その中には、知った顔もあった。目が合う。覚えて貰えているかな、と少し心配だったけれど、表情を見る限り、覚えてくれていたらしい。こちらに駆け寄ってくる。


「一透のお母さん、ですよね。どうしたんですか? こんなとこで」


「ふふ。覚えていてくれて嬉しいわ、大野ちゃん。さっきのスパイク、かっこよかったわよ」


「えっ、あ、いや、どうも」


 あら可愛い。うちの娘はもうすっかりこんな素直な反応してくれなくなっちゃったから、なんだか新鮮。


「三者面談にかこつけて、一透のお友達に会っておきたくて。どう? うちの子、上手くやれてる?」


 ああ、なるほど、と得心の行った顔をする大野ちゃん。娘のいない体育館に保護者が一人で来ていたら、まあ不審だよね。


「上手くどころか、助けられてばかりですよ。あいつ、いろんなことに気が利くから」


「気を遣いすぎなくらいね。それで無茶してなきゃいいんだけど」


 相手のためを想って自分勝手をする、みたいなおかしな頑張り方をする子だ。親としては、それで人様に迷惑をかけてしまうのも、あの子自身が潰れてしまうのも、望むところではない。


「そういうとこはありますけどね。でも、あいつのそういうとこに助けられてますよ。あたしも、あたし以外のやつも」


 それでも、娘の美点であり欠点でもある部分を認めたうえで、あっけらかんとそう言ってもらえる。それだけで安心できるものだわね。


「あなたみたいなお友達がいてくれて、おばさん安心しちゃうわ」


「そんな。こちらこそ。割と最近にもあたし、あいつに結構酷いこと言っちゃったんですけど。今でも友達やれてんの、あいつのお陰なんで」


 後ろめたそうに、それでもはっきり伝えてくれる。そんなこと、相手の母親になんて言いたくないでしょうに。


 でも私は、聞けてよかった。あの子に、ケンカをして、そして仲直りが出来る相手が居てくれてよかった。辛い失敗だけでなく、成功も積み重ねてくれていた。


「本当に、あの子のお友達がいい子でよかった。これからもあの子をよろしくね」


「はい」


 力強くていい返事。早速大きな収穫があって嬉しいわ。


「他の子たちにも会っていきたいんだけど、小川ちゃんと、あと、あの子がいつもお世話になってる男の子、どこにいるかわかる?」


「結季は部活あるんで、美術室だと思いますけど……ニノマエですか?」


 かかった。やはり、仲のいい男の子がいるらしい。


「そうそう、ニノマエくん」


 ニノマエくん。ニノマエくん? 随分と珍しい名字だ。


「あいつも今日面談だったと思うんで、まだ居るとは思いますけど、ちょっと場所までは」


「そう。小川ちゃんにも聞いてみるわ。練習中ごめんなさいね。頑張って」


 大野ちゃんと別れ、美術室に向かう。場所は分からないけど、実習棟を歩いていればそのうち見つかるでしょう。


 名前が出てから何やら大野ちゃんが不思議そうな顔をしたけれど、どんな子かしら、ニノマエくん。

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