第138話 間の悪い間宮くん
部屋のベッドはその豪華さに見合った素晴らしいもので、沈み込むように優しく受け止められた身体からはしゃぎ回った疲れを取り去ってくれた。
今日もまた身を沈める。私のこの気持ちも、疲れと一緒に取り去ってくれたらいいのに。
「おい、歯も磨かずに寝る気か? なんかあったなら聞くから、一回まず起きろよ」
「やだ」
駄々をこねて皆を困らせてしまうのも気が引けたけれど、動く気力は湧いてこなかった。
仕方なく、心配してくれる三人にはうつ伏せに寝転んだまま枕に顔を埋めた姿勢で事の顛末を説明することにする。
「それで、九十九くんに気持ちを伝えたんだけど」
「だ、駄目だったの?」
唾を飲み込む音まで聞こえてきそうな緊迫した顔で聞いてくる結季ちゃんにはガッカリされてしまうだろうけど、そんなオチではなかった。
「間宮くんが」
「間宮くんが?」
「『人見さん、ハジメのこと見てな――あっ』って」
うわぁ、という三人の声が重なった。私も似たような気持ちにならなかったわけでもないけれど、暗がりにいたこちらも悪い。
不可抗力というものだろう。あまり悪く言わないであげて欲しい。でもわざわざ止めるほどの気力は、私には残っていない。
「間が悪すぎんだろあいつ……」
「自分が鈴鹿と上手くいったからって、流石に酷いわね」
「それ、言ってよかったの?」
「あれだけ分かりやすくて気づかない人もいないでしょう」
私は知らなかった。いつの間にそんな事になっていたのか。思わず枕から顔を離して美法ちゃんの方を見る。目が合った。
「……失言だったわ。忘れて頂戴」
今更そんな事を言われても。いや、でも私も恥ずかしいところを見られたのだ。痛み分けということになるだろうか。完全にとばっちりを受けた形になる鈴鹿さんには申し訳ないけれど。
「それより、九十九とのことでしょう。結局、それ以上話は出来なかったの?」
「うん」
「それで燃え尽きてる訳か」
燃え尽きている、と言えばそれもそうだろう。一世一代の勝負を不発にされたような感覚があるので、不完全燃焼でもあるけれど。
ただ、それ以上に。特殊な空気に呑まれていた自分の思い切り良すぎる言動に対する羞恥心とか、それをまた改めてしなければいけないということに対する恐怖とかが渦巻いて止まらないのだ。
「明日の自由行動、どうしようか」
「時間置きすぎてもよくねえと思うし、二人にしてやることも出来なくはねえけどな。どうだ? 一透」
「むり」
「でしょうね」
そうか。明日も一日中一緒なのか。相変わらず過去の私はすごい。十分の一でいいから、今の私にも積極性を分けてくれないだろうか。
「取り敢えず明日は私達もフォローするから、今日はもう支度を済ませて寝なさい」
「このままねる」
「一透ちゃん、歯は磨かないと」
「荷物も今のうちに出来るだけまとめとけよ。お前朝弱いんだから」
掛け布団に包まり籠城の構えを見せようとしたら掛け布団を取られてしまった。酷い。いくら沖縄と言えど、十一月に布団も掛けずに寝るのは苦しい。
「ほら、早くしなさい」
味方はいない。このまま寝転がっていたらそのうち無理やり口に歯ブラシを突っ込まれそうだ。仕方がない、諦めよう。ただし、タダでは転ばない。
「真咲ちゃんが」
「あん?」
「今日は真咲ちゃんが一緒に寝てくれるなら、頑張る」
「身体の小さいあいつらならまだしも、あたしと一透でシングルベッドはキツかっただろ、一日目のときも」
じゃあ動きません、と顔をまた枕に埋める。交換条件を提示し、真咲ちゃんと私の一騎打ちに持ち込んだ。すると、既に添い寝済みの身体の小さい二人はどうするか。
「おい、無理言うなって。起きろよ。お前らもなんで離れてくんだよ! 説得手伝ってくれよ!」
二人分の気配が遠ざかっていくのを感じ、枕から顔を少しだけずらす。真咲ちゃんと目が合った。じっと見つめる。
諦めるようなため息を聞いてすぐ、私は起き上がり、荷物の整理から始めた。
端ギリギリまで寄ったベッドの中で真咲ちゃんにくっつきながら、修学旅行中の迷惑をかける我儘はこれで最後にしようと、そう思ったはずなのにな。
見晴らしの良い東屋の下。ベンチに腰掛け遠くを見渡す。
高い空。青い海。白い砂浜。皆はもう、飛行機に乗っている頃だろうか。
ああ、私は一体、何をしているのだろうか。
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