第136話 お揃いだね
三日目。ここで初めてクラス単位での行動ではなく、個別選択の活動になる。
個別と言いつつ、選べたのは三種類。私達も別々での行動になる。
真咲ちゃんは、ホテルのビーチから出発し、シュノーケリングなど海での活動を行う体験。
結季ちゃんと美法ちゃんは、エイサーや民謡などの芸能を中心とした体験。
そして私と九十九くんは、カヌーでマングローブを観察しに行く植物中心の自然体験だ。
九十九くんとは当然のように、バスも隣。乗るカヌーも同じもの。一時たりとも九十九くんから離れてなるものかという過去の自分の執念を感じる。
過去の自分も自分だから、気持ちはわかる。嬉しいか嬉しくないかで言えばもちろん嬉しい。
だけど、今の自分には過剰摂取は毒になるものであって。
「一透」
「っあい」
「寄せるぞ」
九十九くんの指示でどうにかカヌーをマングローブに寄せる。汽水域の河口に乗り出して数分。もう限界が近づいていた。
しかしここは水の上。逃げ場はない。九十九くんが視界にいたら指示が聞こえてこなくなりそう、と前側に座らせてもらったのも
ガチガチに緊張している私と対照的に、九十九くんは流石だ。周囲の皆が二人三脚のように掛け声を出し合う中、何も言わなくても完璧に合わせてくれる。
減速、方向転換など必要なときだけ、端的に声をかけてくれるのだ。さらに細かい調整もしてくれる。私はもはや動力でしかないかも知れない。
「相変わらず息ぴったりだね、二人とも」
「進藤くん。このコースだっけ」
「酷いな、説明会にもいたじゃないか。あっ、ごめん」
後ろからゆっくり近づいてきた進藤くんの乗るカヌーがそのまま私達の乗るカヌーにぶつかる。
普通はこんなものだろう。経験もないのに自在に操れる九十九くんが凄いのだ。
「気をつけろ」
「これ難しくない? ハジメ、ロープ掴んでおくから牽引してよ」
「自分で漕げ」
こんなやり取りも、なんだか久しぶりに聞く気がする。九十九くんの知り合いが増えても進藤くんとの交流は途絶えてなかったはずなのに。私が離れていたからだろうか。
「そうだ。写真撮ってあげるよ。ちょっと離れるね」
「カメラ、大丈夫なの?」
「防水ついてるから、落としたりしなければ大丈夫だよ」
カヌーの操縦を後ろの男子に任せカメラを構える進藤くんを見る。
私も持ってくれば良かっただろうか。いや、九十九くんと乗っているのだ。暴れて落水することもあり得るだろう。
「ほら、もっと楽しそうにしなよ」
注文が難しい。私は今どんな顔をしているのだろうか。九十九くんの顔も見れない。
「ハジメもほら、人見さんの方に寄って」
「危ないだろ。もう良いから時間あるときにしろ」
確かにバランス崩しやすくなってしまうので寄るのは危ないけれど、せっかくの思い出は残しておきたい。一瞬なら大丈夫だろうか。
「おい、来るな」
「一瞬だけ、一瞬だけだから――あっ」
後部にゆっくり移動しようとしたところ、見事にバランスを崩し、カヌーが大きく揺れた。
外に転げ落ちそうになる私の身体を引き寄せる九十九くん。外には落ちなかったけれど、傾きすぎた。転覆する。そう思った時。
「九十九くん!」
九十九くんが、自分から水に飛び込んだ。
−−−
部屋に戻ると、三人とももう戻ってきていた。私が最後のようだ。
「おう、お帰り」
「一透ちゃんの方はどうだった?」
「飛び込んできたよ」
「また暴れたの?」
呆れた顔が三つ、こちらを向いている。別にそういう訳ではないのだけど、私の失態には違いない。
「最初に飛び込んだのは私じゃなくて九十九くんだよ。私はあとから追いかけたの」
「何があったんだよ……」
九十九くんが飛び込んだお陰でカヌーを傾ける重荷が減り、持ち直すことは出来た。
だけど、私のせいでずぶ濡れになった九十九くん一人が周囲から変な目で見られるのはよくないと思ったので、私も後を追ったのだ。
「これでお揃いだね」
「俺が飛び込んだ意味」
そんな会話をした。九十九くんにも呆れられてしまったけれど、どことなく嬉しそうでもあった。
進藤くんにはそんな場面を撮られたので、撮れた写真は後で見せてもらおう。未だに声が耳から離れないほど爆笑されたのは、それで水に流してあげることにする。
事情を細かに説明すると、やはり一層呆れられてしまったけれど、もう慣れきってもいるのか、あまり苦言は呈されなかった。
「何にせよ、風邪は引くなよ」
「うん、大丈夫」
「お土産も、事前に送るものは今のうちに買っておきなさい。明日の自由行動のときに買ったものは別途送料がかかっちゃうわよ」
そういえば、着替えなどの荷物は明日の朝、ホテルから家に郵送してもらうのだったか。スーツケースの隙間に入れられるお土産は今買っておけば、その分の代金で一緒に送れるのだ。
「売店行ってくるね」
「待って、わたしも行く」
マスターには何を買おうか。家族がリクエストしたものは置いてあるだろうか。そうだ、お世話になっているから、九十九くんのお母さんにも買っていこう。
そんな事を考えながら、結季ちゃんと並んで売店へ向かう。修学旅行の終わりが、近づいている。
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