第135話 罰ゲーム

 今日の宿はビーチに隣接したリゾートホテル。コテージをいくつも貸し切るような形での宿泊となり、昨日よりずっとレベルが上がったように思う。


「広い!」


「リビングがある!」


「金かかってんだろうなあ」


「払ったのは親御さんよ」


 せっかく結季ちゃんも乗ってきてくれて二人ではしゃいでいるのに、返ってくる言葉がそれとは。どうして二人はこんなに冷めているのだろう。


 ロフト上下に二つずつのベッド、テレビにソファまであるリビング、綺麗なバスルーム、ベランダ付き。こんな素敵な宿なのに。


「室長会議行ってくるから、お前らいい子にしてろよ」


「悪いわね」


「行ってらっしゃい」


 荷物を置いてそそくさと出ていく真咲ちゃんを皆で見送りながら、テレビをつけつつ相談を開始する。


 今夜は昨日の民謡ライブのようなイベントはない。自由時間の使い方やら、ベッドの場所決めやら、話したいことがいっぱいだ。






 夜、例の如く一緒の入浴を拒否され、最後に私が出てくると、相沢さん含む女子数名が遊びに来ていた。


「どうしたの? 何かあった?」


「何かも何もないでしょ! せっかくの修学旅行なのに、昨日は二人部屋で、明日はレクリエーションのあと出歩くのも禁止! こんなことある!?」


「皆で大浴場とか、夜通し恋バナとかゲームとか、枕投げとか、気になる彼の部屋に行っちゃったとか! お約束が殆ど出来ないじゃない!」


 気持ちは分からないでもないけれど、なぜここに来るのだろうか。きゃあきゃあと騒ぎ立てる来訪者達を冷めた目で見つめる部屋主達。


「トランプくらいなら付き合ってあげるから、規則は守りなさい」


「一条かたーい」


「ニノマエとはどうなの? 人見さんとギスギスするようなことになってない?」


「ないわよ。ねえ? 一透」


「うん!」


 仲が良いことを示すために近くに寄ってくれた美法ちゃんを抱き寄せる。そこまでしなくていいわよ、と耳打ちされるけど、抵抗は弱い。もう少しくっついていよう。


「あんた達ってなんでこう百合百合しいの?」


「あたしに聞くな」


 言っている意味はよく分からなかったけれど、仲良しの秘訣なら真っ直ぐに向き合うことだと思う。もちろん、相沢さん達とも。


「トランプ、何やる?」


「人数いるからいろいろ出来るけど、その前に。もちろん、罰ゲームはありだよね?」


 声をかけたら怖い言葉が返ってきたけれど、勝負とは無情なもの。受けて立とうじゃないか。



−−−



 耳元から聞こえるコール音。二コール目に入る前に出てくれる。


「さっきのは何だ」


「優しいところ」


「は?」


「約束を守ってくれるところ。私の大事なものを大切にしてくれるところ。何かあったらすぐに気づいてくれるところ。いつも一番に助けてくれるところ」


「何の話だ」


「あと、たくさん甘えても受け止めてくれるところ。以上」


「おい」


 通話を切る。顔が熱い。電話で九十九くんに好きなところを伝える、なんて酷い罰ゲームだ。ニヤけた顔で見守られているのがまた辛い。


「人見さんやるね」


「一透ちゃん、わたしは?」


「結季、後にしてもらえ」


 各々のリアクションが返ってくる。さっき美法ちゃんへの罰ゲームで兄姉の好きなところを言う、というのを提案したのがいけなかったか。それにしても。


「なんで、私の罰ゲームは九十九くんありきなの? さっきのベッドに寝転んだ写真を送るやつとか、意味が分からないんだけど」


「その方が面白いからだけど。ベッドのやつはね」


「分からなくていいのよ」


 相沢さんの言葉を遮って宥めに来る美法ちゃん。さっきの電話は止めてくれなかったのに。


「それにしても人見さん、ちゃんと告白はしないの? あそこまで言ってもあいつにはちゃんと伝わんないでしょ?」


 唐突にそんな事を言われて硬直してしまう。いずれはそんなことも、なんて思わないでもなかったけれど、逃げ癖が治らなければどうしようもない。


「それは、そのうち」


「修学旅行なんて最高の機会なのに」


「そういう人もいるでしょうし、そうじゃない人もいるでしょう。タイミングは人それぞれよ」


 私だったら、いつどんな場所がいいだろうか。彼の家でも、また庭園に出かけてもいいかもしれない。彼と二人で、落ち着ける場所であれば。


「こうしてみてるとやっぱ、一番あいつの影響受けてるよな、一透。元々影響受けやすいやつだけど」


 いつか来るかも知れない日に思いを馳せていると、真咲ちゃんにそんな事を言われた。変な顔でもしていただろうか。


「そうかな」


「悔しいけどね。一透ちゃんが真っ直ぐ目を見てくれるようになったのとかも、ニノマエくんの影響だろうし」


「それな。一年の時の人見さん、なんか視線が低い時多かったもんね。胸見てる? みたいな」


 そうなの? と隣の美法ちゃんが視線を送ってくる。そう言われてみると、そうなのかもしれない。


 私はいつの間にか、〝感覚〟のことをあまり気にしなくなっているような気がする。いつからだろう。


 思い浮かぶのはきっと、去年の文化祭の後から。その後も確認するように見るのは止められなかったし、冬紗先輩との事情もあったのでその意識は薄かったけれど。


 だけど段々、内心を探るように胸元を見る回数は減っていったように思う。今年の文化祭からは特に。それがなぜかと言われれば。


「うん。九十九くんのお陰」


 私はきっともう、彼と出逢った頃のようには、人の痛みに怯えたりはしない。向き合い方を教えてもらったから。


「いいねいいね! もっと聞かせてもらおうか。夜は長いよ人見さん」


「残念だけど、もう点呼の時間よ。早く自分の部屋に戻りなさい」


 やだやだと駄々をこねる相沢さん達を送り出す。点呼を済ませて、明日の用意もして消灯すると、結季ちゃんがおずおずと声をかけてくれる。


「今日はわたしと、ね?」


 もちろん断れるはずはなく、掛け布団を持ち上げて迎え入れた結季ちゃんを抱きしめるように眠った。


 今日もまた、いい夜だった。

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