葛藤、奮闘、夏休み

第103話 夏休み、出だし良し

 夏休み。それは待ち望んだ休息でもありながら、退屈な一カ月間。これまではそうだった。


 毎日悠々とだらしない日々を送り、時間を贅沢に使い、それでも余ってしまうので、宿題が早々に消化される。それが私にとっての夏休みだった。


 しかし、今年は写真の練習もあり、アルバイトもあり、土曜日には、九十九くんと過ごすのも継続している。


 今までになく充実した夏休みだ。油断すれば宿題の消化が追いつかなくなるかもしれないなんて、初めての心配をするくらいに。私は気をつけつつ、でも楽しんで過ごすことが出来ている。



−−−


 

 例えば、その中の予定の一つが、いつもの三人での勉強会だ。真咲ちゃんの部活の合間を狙って、図書館で宿題の消化をする。


 部活で忙しい真咲ちゃんの宿題を手伝う、という趣旨だと言っても過言ではない。手伝うと言っても、写させたり、代わりにやってあげるということではないけれど。


 改まって場を用意することと、分からなければ教え合えるということが大きいらしく、それでも真咲ちゃんは喜んでくれた。


「マジ助かったわ……これで部活に集中してもなんとか間に合うだろ」


「油断大敵だからね、真咲ちゃん」


 大きく伸びをする真咲ちゃんに結季ちゃんが釘を刺すけれど、難所は今日超えられただろう。まだ数はあるが、そんなに難しくはない。最悪でも二日か三日集中すれば終えられるはずだ。


「あと面倒なのは、オープンキャンパスだな。行っとけとは言われたけど、まだ見当もつけてねえよ」


 ああ、そういうのもあったな。見てきたことをレポートにまとめて提出しなければいけないんだっけ。そんな思考が顔に現れていたのだろう。二人まとめて結季ちゃんにたしなめられてしまう。


「進路希望調査も取られるから、夏の間に目星はつけておかないとだよ、二人とも。模試も今年のうちから受けておいた方がいいだろうし」


 今を生きるのに精一杯な私達はさぞかし苦々しい顔をしているのだろう。呆れ返った視線が痛い。


「結季ちゃんは、もう行くとこ決めてるの?」


 聞き返すことでどうにか逃れようとする。だけど、ちゃんと考えている相手に対してこれは悪手だった。


「私は、自分の偏差値に合った大学を二つと……一応、美大」


 大きな声で美大、と叫んでしまって、慌てて口に手を当てる。ここは図書館だった。大声はまずい。


 見ると、真咲ちゃんも目を見開いていた。大げさだよ、と結季ちゃんが恥ずかしがる。


「まだ行くって決めたわけじゃないから。選択肢の一つってだけだよ」


「選択肢に入るだけすげえよ」


 その通りだと思う。冬紗先輩の時にも思ったけど、特に何の技能も持たない私からすれば、そういう道を選べる場所にいるだけでも凄いものだ。


 私が素人なのもあり、それがどれ程の難関なのかも分かっていないのもあるので、結季ちゃんなら大丈夫、なんて無責任なことは言えないけれど。


 それでも、結季ちゃんなら。目指すだけでなく、叶えるだけのポテンシャルはあるはずだと思う。私の〝感覚〟にかけて。


「頑張ってね。結季ちゃんがその道を選ぶなら私、手伝えることは何でもするから」


 だから、かける言葉はこれにした。やっぱり、結季ちゃんは気恥ずかしそう。


「そんな大げさなことじゃないってば」


「はは。いいじゃねえか。チャンスだぞ? モデルくらいしてもらえ」


 モデル、と聞いて、私の身体は強張り、結季ちゃんは目を輝かせる。


「それは確かに、いいかも……」


 私なんてモデルにしても何も映えないと思うし、恥ずかしいのだけれど。何でもすると言ってしまったし、何より、この瞳は裏切れない。


「どうしても、の時、一回だけなら」


「わかった。約束ね、一透ちゃん」


 約束してしまった。もう退けない。でも、結季ちゃんがこんな風に笑ってくれるなら、それもいいか。その時になったら、未来の私が頑張って勇気を出してくれることを願っておこう。



−−−



「そういや、二人って他に夏休み中に決まってる予定とかあるか?」


 帰り際、真咲ちゃんがそう切り出した。私達の目に期待の光が宿る。


「真咲ちゃんからお誘い?」


「私、プールいきたい」


「そうだけど、そういうんじゃねえよ。プールはまた今度な」


 そういうのじゃない、と言いつつもプールの約束をしてくれた。言ってみるものだ。


「文化祭の劇の練習、何度かあるんだけどよ。暇だったら見に来いよ。役者にされたはいいけど、面子が濃くてちょっと気まずくなりそうでさ」


 真咲ちゃんは、推薦で担任の教師役に任命されていた。真っ赤なジャージに身を包み、竹刀を肩に担ぐステレオタイプな体育教師の役だ。


 真咲ちゃんには悪いけれど、推薦があったとき、確かに似合うと思ってしまった。


「わたしは、どのみち部活で学校に行く日があるから、合間に見に行くくらい全然大丈夫だよ。一透ちゃんは?」


「バイトがない日なら」


 演者ではなくとも劇で使用する小道具は制作しなければならないし、上演中も、舞台裏でサポートする仕事がある。


 どのみちどこかで見ておく必要はあっただろう。ならば、呼ばれたときに行くくらい吝かではない。


「よし。じゃあ二人にも日程送っておくから、空いてる時頼むわ」


「うん。楽しみにしてるね」


 楽しみにしてる、というのは嘘ではないけれど、それ以上に、行くと言ったら真咲ちゃんの心が安心したから。


 どれくらい行ける日があるかは分からないけれど、出来るだけ行くことにしよう。


 脚本・演出チームも、演者も。ほとんどが自主的に立候補した自己主張が強めの人たちだ。真咲ちゃんが気まずくなりそうというのも分かる気がする。なるべく一緒に居てあげたい。


「その代わり、プールね」


「はいはい。盆あたりでいいか?」


「わたしも、その辺なら大丈夫そう」


 二人がそう言うので、お盆のあたりでの予定もできた。詳細な予定はまた後で詰めるけれど、今からもう楽しみだ。


 今日だけで、劇の練習の見学と、プールの予定がたった。オープンキャンパスはちょっと憂鬱だけれど。今年の夏はやっぱり、充実の予感がする。

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