第104話 出歯亀インタビュー
プールの予定より先に、一度練習を見に行った。少し本格的すぎる想像をしていた私が悪いのだけれど、練習は思ったより、ゆったりやっているようだった。
当然だけれど、衣装などはまだ出来ていない。学園ラブコメらしいので、生徒役は制服のまま、特別な衣装などもないらしいけれど、真咲ちゃんの赤ジャージ姿は見たかった。
部活を途中で抜け出してきたのか、真咲ちゃんはバレーボール部の練習着のまま参加していたので、そこまでイメージに差はないだろうけれど。
私が挨拶をすると相沢さんが、動きもまだつけずに、脚本読みだけを行いながらストーリーの流れや台詞の言い回しを修正していく作業をしているのだと教えてくれた。
彼女は当然、演者ではなく脚本・演出チームで、台詞読みの練習をする演者たちに指摘を飛ばしている。
室内でサングラスをつけている意味はよく分からなかったけれど、多分、形から入るタイプなんだと思う。
私たち裏方チームへは、夏休み明けに完成済みの台本が配られる予定だったけれど、見学に来たことで、草稿を手に入れることも出来た。真咲ちゃんが自分の分をコピーしてくれることで。
「ほらよ、一透。今の台本」
「ありがとう。書き込み凄いね」
受け取った台本を開くと、修正の書き込みだらけだ。正直、ちょっと読みにくい。
「あたしが熱心なわけじゃないぞ。相沢が大分入れ込んでてな。修正が入りまくるんだが、刷り直すのも手間なペースで改変されてくから、なるべく手で修正してくしかねえんだよ」
面倒くさそうに、うんざりした顔でそう言うけれど、真咲ちゃんの心は、さほど嫌がってはいない。
「燃える?」
「……ちょっとな」
真咲ちゃんははにかむ。より良い文化祭にするために、妥協を許さず一生懸命努力する。それは、去年真咲ちゃんも通った道で、揉めたりもしたけれど、相沢さんにも助けてもらった。
頑張る彼女を心から疎んじるなんて、真咲ちゃんはそんなことしないだろう。真咲ちゃんもその熱意に引っ張られるように、応えようと頑張るはずだ。
「私も頑張らないと」
「当分出番はないけどな」
「いいえ」
気づくと、いつの間にか背後にサングラスが、いや、相沢さんがいた。
「人見さん、ちょっといい? 聞きたいことがあるんだけど」
「私? あんまり劇のこととかお話のこととかは分からないけど」
相沢さんから、強い期待を向けられる。何を期待しているのかは分からないが、あまりにもその感情が強くてちょっと尻込みしてしまう。
そんなことは、まるで意に介してもらえなかった。
「いいからいいから。ちょっとこっち来て。大野! あんたは練習続ける! まだ台詞噛み噛みでしょ」
ぐぬ、と小さく呻く苦い顔の真咲ちゃんが遠ざかっていく。そんなに引きずらなくても、あの、自分で歩けます。
やると決めたら一直線。何を言っても、相沢さんは止まらない。
−−−
教室の真ん中で、主要キャストたちが掛け合いの練習をする。出番が比較的少なかったり、局所的な生徒はそこに混ざらず、少し離れた位置で個人練習をしている。
それら全てから離れた、教室の隅。机と椅子が一セットと、その前に椅子だけがぽつんと置かれている。
サングラスをかけた相沢さんは、机に両肘を付き、口元で手を組んで神妙な顔をする。
対する私は、その正面。ぽつりと置かれた椅子に腰掛け、相沢さんと向かい合う。
なんだか面接でも始まりそうな雰囲気だ。それも結構、厳かなやつ。
「そんな緊張しなくても。面接するわけでもあるまいし」
どうやら面接ではないらしい。一切姿勢を崩さないところを見ていると、特に安心も出来ないけれど。
とりあえず、圧迫感の一番の原因だけでも理由を説明してもらえないだろうか。
「あの、相沢さん?」
「なに?」
「その、サングラスは一体……?」
「正装よ」
何のだろう。
「それより、そろそろ取材始めてもいい?」
「取材?」
相沢さんは脚本担当。もちろん、脚本に関することなのだろうけれど。
「劇のテーマは知ってるよね」
「うん」
確か、臆病な少女と、完璧な人を演じてしまって中々本当の自分を出せない少年が、心を通わせていく様子を描いた学園ラブコメ、だったか。
「聞かせてよ。あんたとニノマエのこと」
……私は臆病な少女でもないし、九十九くんは自分を出せない少年でもないのだけれど。
−−−
相沢さんは、そのまま使うことはなく、登場人物の心情を深める参考にするだけだから、と言った。
それでも、ラブコメディの参考にすると言われてしまうと、なんだか気恥ずかしかった。それでそれで? と食い気味に、興味津津な態度で掘り下げてくるのもまたつらい。
語った内容は結季ちゃんたちに話したことがあるようなものばかりだったけれど、聞き手の態度一つでこうも変わるものか。私も頑張ると言った手前、引き下がったりはしなかったけれど。
「それにしても、私が去年けしかけた後もちゃんと進展してんのね。関心関心」
そういえば、九十九くんと初めてデートをしたのは、彼女の手引きによるものだった。あの後にも言ったけれど、改めて伝えておこう。
「あの時はありがとう。でも最近は、進展と言うよりは、後退しているような気がするけれど」
物理的には無理やり距離を詰めているけれど、心の距離は開く一方な気がする。
「何言ってるの」
私が暗い顔で言うと、相沢さんは、これまでにない大人っぽい口調で答えてくれた。
「相手との仲を深めるために衝突するのも、悩むのも、後退なんかじゃないわよ」
失礼かも知れないけれど、彼女にそんなことを言ってもらえるとは思っていなくて、驚くとともに、なんだか心が少し軽くなった。
後退なんかじゃ、ないのかな。この先にちゃんと、彼はいるかな。
「なんてね。この間他の子の取材の時に言われたことそのまんま言っちゃった。でも、そうじゃない? 私もさ、脚本書いてると、登場人物が一回吹っ切れたことでまた悩んだりしちゃって、感情のラインが自分で分かんなくなるときあるんだけど、理由や背景がちゃんとしてればいいじゃんてさ。そういう話じゃない? あれ?」
思わず、吹き出してしまう。相沢さん自身の言葉じゃなかったし、着地点見失っちゃっているし。
んふふ、と笑いが漏れる。あれー? と恥ずかしそうに、相沢さんは首を傾げている。
締まらなかったけど、でも、私にそれを教えてくれたのは、相沢さんだから。
「ありがとう。相沢さん」
「ん〜、うん、いいってことよ!」
腑に落ちてはいなさそうだけど、まあいっか、とサムズアップで答えてくれる。
そのカラッとした性格が少し羨ましい。私も昔はあまり深く物を考えない方だったはずなのに、随分思い悩むようになってしまった。
だけどそれも、九十九くんと出会って変われた部分で。
私も、九十九くんも、ちゃんといろんなものを積み重ねているって、実感できている。だからこそ迷うことも、上手くいかないこともあるけれど、そこにはちゃんと理由がある。
そこから目を逸らさなければ。その奥にある気持ちをちゃんと拾い上げられたら。これは、後退なんかじゃない。
「よく見てなさい。私はこの物語を、あんたたちみたいな子の背中を押す話にしてみせるんだから!」
胸を張る相沢さんの向こう。教室の真ん中で台詞を読み上げるクラスメイト達は、まだたどたどしいけれど、その目には確かな熱を宿している。
ああ、なんだか。
九十九くんに、会いたくなってきたな。
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