第84話 初詣に行こう
元旦。九十九くんとの通話は早めに切り上げたため、昨日とさほど変わらない時間に起きることが出来た。今からまた炬燵に負けたりしなければ、集合時間に遅れたりすることはないだろう。
待ち合わせは十時。九時を過ぎてから、真咲ちゃん達と初詣に行くと母に伝えて準備を開始すると、怒られた。
「もっと早く言ってくれればお母さんの着物出しといてあげたのに」
「いらないよそんなの」
今から行く神社は、何軒も屋台が並んだり、何百という人が行列を作ったりするような大きな神社ではない。それでも元旦の昼なので人はそれなりに多いだろうけど、そんな気合の入った格好で行くような場所ではないのだ。
参拝をして、おみくじでも引いて、ちょっとお茶でもしてから帰ってくるだけ。普段着で十分だろう。
「だからってあんた、そんな色気のない格好で出なくたって」
ジーンズにダッフルコートという私のいつもの格好の何が悪いというのか。
「どんな格好したって、私から色気なんて出ないよ。行ってきます」
「気をつけるのよ」
母のお節介から逃げるように家を出る。こういう時の親の小言ほど鬱陶しいものはない。
その点、父はあまり余計な口を出してこなくていい。内心心配はしているようだけど、信頼の上で好きにさせてくれている。最も、心配よりも私に男っ気がないことに安心する気持ちが大きいのもあるようだけど。
男の子と二度もデートしたと言ったら、どんな顔をするだろうか。
−−−
やや早く家を出たため、私が到着一番乗りだった。神社の鳥居の外で待っていると、五分ほどして、真咲ちゃんが到着する。
「おう」
「明けましておめでとう、真咲ちゃん」
「あけおめ。……どうした?」
「ううん、安心した」
真咲ちゃんの怪訝そうな表情は華麗に受け流す。同じくらい色気のない服装でよかったなんて、口が裂けても言えない。最も、モコモコの黒いダウンジャケットは真咲ちゃんによく似合っている。色気はなくとも。
不自然に機嫌がいい理由を追求する真咲ちゃんとのスキンシップを楽しんでいると、集合時間丁度になって、暖かなオレンジ色の着物に身を包んだ結季ちゃんが登場した。
「えぇ〜……」
なんとも残念そうな声とともに。
「明けましておめでとう、結季ちゃん」
「何だ結季、今日はやけに装い華やかだな」
「何で二人はそんな格好なの……はぁ、事前に服装聞いとくんだった」
私達と並んで歩けば浮いてしまうだろうことを思うと申し訳ない。結季ちゃんではなく、完全敗北を喫したこちらの女子力が悪いというのに。
「お陰で新年から良いもん見れて、あたしはよかったよ。その振袖よく似合ってっから、あんま落ち込むな」
「振袖じゃなくて小紋だよ」
「……どう違うんだ?」
「もう! ほら、早く行くよ」
本殿への参拝の待ち時間、列に並びながら、私達は結季ちゃんのご機嫌取りに奔走した。着物、出してもらえばよかったかもしれない。
すっかり結季ちゃんの機嫌も治った頃、ようやく私達の番が来た。三人並んで、会釈。お賽銭を入れたら、真ん中の結季ちゃんが代表して鈴を鳴らす。それから、二礼、二拍手、一礼。
お願いの内容は、少し迷った末に、冬紗先輩のことにした。私にしか見えない先輩を写真に写す、とか、九十九くんの足りない部分を補えるようになる、とかは私自身で叶えてみせる決意。
それとは別で何かお願い事を、と考えて、浮かんだものは一つだった。
冬紗先輩の行く道に、先輩が自分らしく生きられる居場所が出来ますように。
「二人は、どんなことをお願いした?」
「内緒」
参拝を終えてから聞かれた結季ちゃんからの質問には、そう答えた。先輩の個人的な話に関わることだったので、なんとなく言いづらかったのだが、口に出すと叶わないらしいという言い訳があって助かった。
「じゃあ、わたしも内緒」
「あたしは願い事はしてねえぞ」
「そうなの?」
中には、一年のお礼や挨拶のみという人もいるらしい、という話は聞いたことがある。それだろうかと思ったら、そうでもなかった。
「こういうのって、お願いをするんじゃなくて、神様を証人に誓いを立てるもんだって部活の先輩が言ってたからな」
そういえば、そんな話もどこかで聞いたことがあるような。それなら私も、自らの決意を誓いとして立ててくればよかったかも知れない。
「何を誓ったの?」
「決まってんだろ。来年こそは、春高に出る」
春高とは、確か春の高校バレーと呼ばれているバレーボールの大きな大会だったはずだ。そこに出ることを目指して、真咲ちゃんは来る日も来る日も部活に明け暮れ練習を積んでいた。
今年度は県予選のいいところで惜敗してしまったらしく、秋頃、真っ白に燃え尽きてしまった真咲ちゃんを慰めようと結季ちゃんと色々画策したこともあった。
「頑張ってね。応援してる」
「真咲ちゃんがテレビで活躍するところ、楽しみに待ってるからね」
既に前を向いて走り出しているのが嬉しくて、私も結季ちゃんも激励を送る。テレビ中継にのるところ、来年は見れるだろうか。見れたらいいな。
それから、私達はおみくじを引いた。真咲ちゃんの誓いの話を聞いたからか、自然と力がはいる。我々の今年の運勢やいかに。
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末吉
【願事】願うより行動せよ。
【待人】来ず、さわりあり。
【旅行】難あり。見晴らしの良い場所が吉。
【商売】手を広げるべからず。
【学問】人に頼りすぎれば危険。
【争事】避けるが吉。
【恋愛】手放すべからず。
【縁談】人の言葉に惑うべからず。
【病気】病は気から。
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力んだ分だけ、肩透かしを食らった感覚による気分の落差が大きい。きっと今私は、これまでにないくらい微妙な表情をしている。
「凶でも引いたか? ……おう」
ニヤニヤしながら覗き込んできた真咲ちゃんも、つられて見に来た結季ちゃんも真顔になる。なんとも、まあ、言葉に困る結果だ。
「病は気から、がじわじわくるな」
「あとはなんとも……あっ、でも一透ちゃん! 恋愛、手放すなだって」
「……誰を?」
三人で黙り込む。そんなに残念そうな顔をしないで欲しい。これなら、まだ凶だった方が面白みがあってよかったかも知れない。
「二人はどうだったの?」
「あたしは中吉だな。まあまあってとこか」
「待ち人来るって」
「誰かを待ってる覚えもねえんだけどな。結季は?」
「ふっふっふ」
私と真咲ちゃんが視線を移すと、意味ありげな笑い声と共に腰に手を当てる。ま、まさか。
「ジャーン!」
結季ちゃんの手には、そのおみくじには、堂々の大吉の二文字。
「おお、すげえな」
「いいことしか書かれてないよ」
「ふふん。日頃の行いだよ」
うぅ、日頃の行いか。やはり盗み見、盗み聞きが祟っているのだろうか。それとも休日のぐうたらのせいか。
「争事だけ、相手を認めれば負けはなし、なのがちょっと気になるが」
「なあに、真咲ちゃん。わたしが争う相手に心当たりでも?」
「なんでもない。なんでもないからその目やめてくれ」
誰を思い浮かべているのだろうか。私には思い当たる相手はいない。結季ちゃんに頭が上がる人間がそういないのだ。そうそう争いになんてならないだろうに。
「どうする? 一透。結んでくか?」
「ううん、いい。願うより行動せよだけ見返してエネルギーにするから」
「それが一透ちゃんらしくていいよ」
願って誰かを頼りにして、結果は自分のせいじゃない、なんて道は選びたくない。自分で選んで、自分で行動して、自分で向き合うのだ。
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