蓋を飾る花言葉
第83話 炬燵と君と大晦日
お昼を過ぎて、電話が鳴った。画面には真咲ちゃんの名前。
「はい」
「おう一透。起きたか?」
「起きたかって、もう午後だよ」
いくら休みの日の私だからといって、こんな時間まで寝こけていたりはしない。あまり馬鹿にされても困る、と思っていたのだが。
「十時くらいにも一回かけたんだけど、やっぱ覚えてねえか」
まるで記憶にない。スピーカーモードにして耳から離し、画面を確認する。確かに履歴があった。しかも、きちんと応答したことになっている。
「記憶にない通話履歴があるんだけど」
「お前ずっと、んぅ、とか、へぇ、とかフワフワした空返事しかしなかったから、寝ぼけてんだろうなとは思ってたよ」
血の気が引く音がする。そんな醜態を晒していたとは。馬鹿にされても仕方がなかった。
「私、そんなだった?」
「しまいにゃ寝息立て始めちまったから、どうしたもんかと思ったよ」
もう十分瀕死なので、とどめを刺すのはやめて欲しい。
「ごめん……忘れて」
「んははは。可愛かったぞ」
「忘れて」
火照った頬を膨らませて怒ったポーズをとる。スマホに見せたところで、通話相手には届かないのだけれど。
「何か、急ぎの用だった?」
「いや、全然。明日、結季も呼んで三人で初詣行こうぜって、そんだけ。空いてるか?」
今日は、十二月三十一日。大晦日だ。あのクリスマスのダブルデートから、もうすぐ一週間が過ぎようとしていた。
元旦から初詣とは気合の入ったことだ。
「うん。空いてるよ」
もちろん私も、予定がないので誘われた以上は気合を入れるのも吝かではない。
「よし。後で時間と場所送っとく。寝坊すんなよ」
「大丈夫。今日も八時には一回起きてたから。ただ、ちょっと、炬燵が卑怯な手を使ってきただけで」
「炬燵のコマンドは温める一個しかねえよ。風邪ひくから気をつけろよ」
精一杯の言い訳は華麗なツッコミに葬られ、じゃ、の一言で通話は切られてしまった。彼女を言い含められる日は当分来そうにない。
「あんた、ぐうたらを炬燵のせいにするなら仕舞っちゃうからね」
「盗み聞きしないで」
「リビングで電話しといて盗み聞きもなにもありません」
母にまで言い負かされた。私の年の瀬はどうにも上手く行かないことが多い。今年の厄は今年に留まって、来年にはついて来ないでいただきたいものだ。
私はせめてもの抵抗に、炬燵の脚を抱え込みながら潜り込んだ。仕舞われては困る。
−−−
その日は一日、炬燵に籠もりながらテレビを見て過ごした。大掃除も昨日のうちに済んでしまったし、宿題もほぼ片付いてしまっている。やることがないのだ。
クリスマス以降、特に予定もない日々が続いたのが大きい。だらけつつも、なんだかんだやることを消化していたらこうなっていた。
結局、あの夜撮った写真は会心の一枚、という程のものではなかった。それでもいい写真だったし、先輩も気に入ってくれたけれど、
「うん、悪くないね」
という進藤くんの上から発せられた台詞が、何よりそれを物語っていた。思い出すだにむかっとくる。
けれど、やはり仕方のないことだ。カメラの性能、ということも勿論あるけれど、それを抜きにしても私の技術はまだまだ稚拙だ。気持ちだけで実力差を覆されては、努力を重ねた進藤くんも浮かばれないだろう。
だから、納得している。それはそれ、これはこれだ。すぐに達成出来なかったからといって、これからも出来ない理由もなければ、まだ負けたわけでもない。今からだって、進藤くんより先に最高の冬紗先輩を撮れるようになればいいだけだ。
別れ際の先輩は、すっかり悩みが晴れた、というほどではないにしても、いくらか気が晴れた様子だった。自らを取り繕っているようにも、もう見えなかった。
今すぐ命をどうこうするということもないように思う。時間はまだあるはずだ。先輩に寄り添っていく時間が。
私が今心配しているのは、どちらかといえば九十九くんの方だ。
九十九くんは冬紗先輩に対して、致命的な言葉を避けてみせたけれど、先輩の問題を解決する言葉もかけてあげられなかったことを気にしているようだった。
スマホのアルバムを開く。一番最近保存した画像を見る。私と九十九くん、冬紗先輩と進藤くんでそれぞれツーショット写真を撮ったあと、四人で一緒に撮った写真。
渋る九十九くんを説得して、自撮り棒を使ってもらって高所から俯瞰で撮影したため、バックには一面の夜景が広がっており、身を寄せ合う私達は思い思いの表情をカメラに向けている。
自然と自撮り棒を持つ九十九くんに皆で身を寄せる形となったため、囲まれた九十九くんは煩わしそうな表情をしているが、内心満更でもなかったのはお見通しだ。
写真を撮る前後も、ずっとこんな表情をしていてくれたら心配はしなかったのだが、先輩との会話を引きずっていない訳ではないのは火を見るよりも明らかだった。
彼は知り合ったときよりもずっと、素直に意思表示をしてくれるようになったけれど、あまり後ろ向きな気持ちまでは曝け出してくれない。
私はそれも、君と分かち合いたいのに。私が君の優しさにいつも助けられてるみたいに、私も君を助けたい。私が思わず電話をしてしまうみたいに、君も私に電話をして欲しい。
私が君に甘えるみたいに、君も私に甘えてくれたらいいのに。
それがなかなか叶わないから、今年も私の方から甘えさせてもらう。来年は、どうなっているだろうか。
時刻はもう零時を過ぎている。数回に渡るコール音が止まり、君の息遣いが聞こえる。
「もしもし、九十九くん?」
「……明けまして、おめでとう」
向こうから先に言われてしまった。君からかけてはくれないくせに。こういうところも、九十九くんらしいな。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「ああ」
「そういえば明日……もう今日だね。真咲ちゃん達と初詣に行くんだけど、九十九くんも来る?」
「小川が怒るぞ」
顔も心も言葉も完全一致した様子で迷惑そうに、ニノマエくんも来たの? なんて言う様子が目に浮かぶけれど、なんだかんだ快く迎えてくれるとは思う。
だけど、やはり事前に伝えずいきなり連れて行くのはよくないだろうか。
「俺は正月は家でゆっくり休む。お前等だけで楽しんでこい」
「そっか。わかった」
言い方はぶっきらぼうだけど、気を遣ってくれているのだろう。休んでいたいのも、半分くらい本音だと思うけれど。
君はいつも、周りをよく見て気を遣って、皆のためになる道を探している。だから、本当に私が来て欲しいとお願いすれば、きっと来てくれる。多少自分の心を殺してでも。
「九十九くん。私、いつでも九十九くんの力になるからね」
それでは駄目なんだ。私は、一緒に歩く道の先に、君の幸せも願っているから。
「……もう、なってもらってる」
そう、呟くように君は言うけれど。私は何度でも、君に気持ちを伝えるけれど。あと何度伝えれば、君から私を頼ってくれるだろうか。
弱い部分も、苦しいことも、私に分けてくれるだろうか。
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