ハッピーバースデー、九十九くん③
土曜日、私はショッピングモールに赴いた。彼の誕生日プレゼントを探すのだ。もし作りたいメニューが見つかれば、今日必要なものを揃え明日作ることにする。その他小物などでいいものがあれば、買ってそのまま月曜日に渡すという計画だ。
私はまず、本屋に向かった。目当ては料理のレシピ本だ。もちろん本格的な料理ではなく、手軽なスイーツのレシピがありそうなものを探す。
本はすぐに見つかった。秋だからか、お芋やかぼちゃを使ったレシピが多い。中身を確認できる本をパラパラとめくって軽く見る。私にはちょっと、難しそうだった。
出来るとは思う。ただ、味があまり想像できない。きっと変なものは出来ないだろうけど、市販品を差し置いて選ぶほど美味しい物が作れるとは思わなかった。
それでも彼は、喜んでくれるだろう。美味しかったか聞けば肯定してくれ、ありがとうと言ってくれるだろう。でもなんだか、何がなのかは分からないけれど、それは違う気がした。
他にも何かいいレシピがあるかもしれないけれど、一旦他のものを見るのを優先しよう。そっちもピンと来なければ、あらためて戻ってくればいい。
私は次に、雑貨を見て回った。
可愛い雑貨はたくさんあった。これは結季ちゃんが好きそう、よく似合う。これなら、真咲ちゃんも自分のイメージを気にせず身に着けられて、さり気なく可愛い。
そんな風にウインドウショッピングを楽しんでから、これではいけないと思い直した。九十九くんに渡すのであれば、こういう女子向けの物が多いお店を見てもあまり意味はないだろう。女性らしいものでないものもあるけれど、あまり九十九くんに合うとは思えなかった。
しかし、男性向けのものが多い場所に来ても、私にはよく分からなかった。男性向けの小物が多い、というか、アクセサリーが多い店だ。ネックレスや指輪などは、私には良し悪しがよくわからない。九十九くんに似合うかどうかも、よくわからない。
いろいろなものがあるお店からピンとくるものを探し出そう、ということからやめたほうがいいかもしれない。そう思って、彼のことを考えながら、目的のものを絞ってから探すことにした。
彼は読書家だから、ブックカバーとかがいいかもしれない。使用頻度も高いし、いいボールペンとか、筆記用具がいいかもしれない。普段使いするものなら、ハンカチなどもいいかもしれない。
そうして見て回った結果、どれもよかった。でも、どれでもよかった。もうこれでいい。そう思う度に、彼の顔を思い出して、ムキになった。妥協はしたくない。
そんなことを続けていたからか、気がついたら小さなアクセサリーショップにいた。どちら向け、ということもないけれど、どちらかといえば女性客が多いだろう。
考え疲れて逃げ込んだような様相だったので情けなかったけど、何かあるかもしれないと思いしばらく見て回る。もう惰性だった。
そこで、それに出会った。直径一センチちょっとだろうか。小さなガラス玉のストラップ。こういうのを、確かとんぼ玉と呼ぶんだっけ。
クリーム色というか、アイボリーというか。温かみのあるベースカラーの玉に、液体を混ぜ込んだみたいに不規則な彩度、太さの線が混ざっている。
線は一見黒かと思ったが、淡い部分やベースカラーとの境目がやや蒼く見える。黒に見紛うほど、暗く深い紺なのだろう。
ベースカラーは光の当たり方によってはやや赤みがかっているように見えるように見え、なんだか人肌みたいな優しい温度を感じる。
ひと目見て、目を奪われた。一緒ではない。あっちの方が、もっと複雑にいろんな色が混ざり合っていて、もっと繊細だった。でも、かなり近い。色合いそのものもそうだけど、それ以上に、感じる印象が。
文化祭の夜。彼と共に作った、今は彼の心の中にある結晶。あれに、よく似ていた。
ビビッと来る、というのは、きっとこの感覚のことを指すのだろう。
これしかない。
−−−
月曜日、私は誰よりも早く登校した。蛍光灯をつけず、朝の日差しの柔らかな光だけが満ちる教室に、私は一人。毎日この時間はちょっと厳しいけれど、たまに味わうと気持ちの良いものだ。
程なくして、彼は登校してきた。
「おはよう、九十九くん」
「早いな」
彼は一言だけそう言って、自分の席に座る。私も追いかけて、直ぐ側に立つ。
「九十九くん。遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう」
「ああ」
私が両手で丁寧に差し出した小さな紙袋を、彼はさり気ない動作で受け取る。
「開けていいか?」
彼はそう言いながら袋を見つめた。あまりに反応が淡白なのでちょっと落ち込みかけたけれど、ちゃんと中身が気になっているようだ。
「もちろん」
私が言い終わる少し前に開け始めた。彼は心に靄がかかっていても、いろんなところに気持ちが出ていて分かりやすい。
彼は袋からとんぼ玉を取り出して見つめた。
「ストラップか」
「うん。それね、似てるの。九十九くんの心にあるものと」
「そうか」
返事は淡白だったけど、いつもより少しだけ大きく見開いた目は不思議なものを見るようなものになっていて。彼は自分の目よりも少し高い位置に持ち上げて、窓から差し込む陽光に控えめに照らされるとんぼ玉を見つめた。気づくと、彼の心の中の結晶も顔を出していて、まるで見つめ合っているようで。
「ありがとう、一透」
少しの間そうしたあと、彼の口は柔らかく小さな弧を描いて、そう言った。
そうか。私は、彼のためを想う以上に、これが見たくて、妥協せずに彼の誕生日を祝いたかったんだ。
それから、気づくと彼は鞄にそれをつけていたので、しばらくの間、私は彼の鞄を見る度に緩む頬を制御できず、クラスメイトに不審な目を向けられた。
それも気にならないくらい浮かれた私は、またお弁当を家に忘れた。
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