第50話 あなたを見ている
「勝手な、ことばっか」
「ああ」
「結局、誰も、あたしと同じものなんて、見てくれてねえじゃねえか」
「ああ」
大野さんの心は、冷たく、暗く、重く、沈んでいて動かなかった。それでも九十九くんは、優しく相槌を打ち続けた。
「クラスのこと考えてんのは、あたしだけだった。皆にあれもこれも協力してもらって、だからそれに応えようとしてんのに、勝手なことばっか言って、そっちで勝手に諦めたりもして」
「ああ」
「体育祭の時みたいに、皆で喜びたくて、いいもん作ろうとしてんのに、そうすれば、去年みたいにあたしも出来るって、信じてたのに」
「ああ」
「二人も、お前も、クラスの奴らも、あたしと同じものなんか見てくれてなかった。同じものを望んでなんかいてくれなかった。全部あたしの独りよがりだった」
「それは、違う」
彼は否定した。いつもそうだ。彼はいつも、ちゃんといちばん大事な所を守ってくれる。いちばん否定しなきゃいけないことを否定して、いちばん必要な言葉をくれる。
「何が違うんだよ!」
「お前も聞いていただろ」
彼の心は、透明な箱にしまった物を取り出して、解いて、少しずつ、大野さんに投げかけた。
「独りよがりなんかじゃない。二人はちゃんと、お前を見てる」
「ならなんで……!」
「お前のことを見てるから。お前と同じ方を見てるわけじゃない、ってのは間違ってない。だけど大野。大事なのは、そこじゃない」
「じゃあいいのかよ! 予算足りなくなったり、材料足りなくなったりしてグダグダになっても、急にメニューが変わって作ってもらったもん無駄になっても、いいのかよ!」
いいわけがない。だって。
「いいわけがない。だって、そうなったらお前が傷つくだろ」
それは、私の気持ちと、同じ言葉だった。きっと小川さんとも。
彼の心が箱から取り出して、大野さんに投げかけた私達の心の欠片は、暗く沈んだ大野さんの心に色をつけた。
「多少出し物がグダったって、いいよ。それを笑い話にして、お前が笑ってくれるなら」
彼は、ずっと、私達の気持ちを彼女に届け続けてくれている。
「理想の出し物が出来て、大成功したって、よくねえよ。写真に写ったお前の笑顔が、疲れを誤魔化すみたいに貼り付けたものだったら」
大野さんの心が、少しずつ、私達の気持ちで染まっていく。
「分かるだろ、大野」
張り詰めた糸が、ほどけていく。
「お前がずっと俺達を引っ張っていってくれたんだ。お前が喜べなきゃ、始まらないんだよ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「助けてくれって、そう言えよ」
溢れ出した気持ちを涙に変えて、ぼろぼろと流す彼女の目を、じっと見つめて、彼は言った。
「お前の理想の文化祭とか、思い描く大成功の未来とか。同じものを見てはやれないけど。でも俺達は、お前のことを見てるから。お前のためになら、頑張れないやつなんか、うちのクラスにはいない」
もう、大野さんの心に、自分を責めるような悲しい色はどこにもなかった。
ぎゅっと手を握りしめて、身体を震わせながら、絞り出すように。彼女はやっと、求めてくれた。
「たすけて……っ」
私も、小川さんも、堪らなくなって駆け出した。大野さんに抱きついて二人でわんわん泣く。大野さんも、一緒になって一層泣いた。
キリキリという音は、もう聞こえなかった。
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