第51話 廻る心

 しばらくして、三人とも泣き止んで、息を整える。気づくと、いつの間にか九十九くんはいなくなっていた。


 クラスのこと放ったらかしにしちゃったから戻らないと、という大野さんに、私達は心配の目を向けたけど、


「助けてくれるんだろ?」


 そういって手を差し出した彼女の顔が穏やかだったので、私達はその手を取って、三人並んで手を繋いで教室に戻った。


「あっ! ちょっと大野、聞いてよ! ニノマエがさあ!」


 教室に入ると、相沢さんが怒りながら詰め寄ってきた。教卓の前に立つ九十九くんは、なぜだかこっちを見ない。


「落ち着け、どうした」


「あいつ、一人で戻ってきたかと思ったら急にアレコレ仕切りだして! 大野が大変だからって、何で今度はアンタの言いなりにならなきゃいけないのって聞いたら、なんて言ったと思う!?」


 なんだろう。彼のことだから、きっと言いなりにするんじゃなくて、ちゃんと頼もうとするはずだと思うけど。


「俺が大野達にしてやれるのがこの程度でしかないからだ。俺はこういうのは向いてないしまるで出来ない。その分を手伝って欲しい。皆がどうすれば頑張れるのか教えてくれるなら、それを補えるよう努力する。俺に支払えるものなら支払う。だから、俺に出来ない分、皆に助けて欲しい。


 なんて言うのよ! そんな頼み方あると思う!?」


 相沢さんの九十九くんのマネのクオリティが意外に高くて、思わず笑いそうになる。確かに彼が言いそうなことだ。


「お前、あたし達が戻る前に何とかしようとして失敗したな?」


 大野さんに図星を突かれて、そっぽを向いて誤魔化そうとする九十九くんには、さっきまでの頼りがいはどこにもなくて、なんだか可愛らしく思えた。


「……で? どうするんだ?」


 彼は、気まずさを誤魔化すように相沢さんに聞く。


「なめないでよ! 私達は元々、文化祭のためにも大野のためにも頑張ってたんだから! 友達のために頑張るのに不足も何もあるわけないでしょ!」


 相沢さんがそう言い切ったので、大野さんも嬉しそうに笑った。


 それから、もう時間も遅くなってしまったのに、大野さんを心配して多くの人が残ってくれていたので、解決策の検討は明日にして一度解散することとなった。そして。


「あっ、でもアンタのことは友達と思ってないから。アンタのために頑張る分にはキッチリ請求するからね。支払うって言ったよね?」


 終わり際、相沢さんが九十九くんにそう言い放ったことで、文化祭準備の際、何かの貢献と引き換えに九十九くんに〝請求〟ができるという流れが生まれた。


 〝請求〟といっても、金銭は絡ませず、健全なお願いのみにするとのことではあったけれど。


 見事に墓穴を掘った彼は気の毒に思うが、何を頼むか考えとこう、と口にしながら帰るクラスメイトたちを見て、私も何か考えとこうと思った。


 あまり無茶な要求をされているようだったら、私が盾になろう。そう心に決めながら。



−−−



 帰り道、いつものように並んで帰りながら、私は二人に謝った。


「ごめんね。私、何も言えなかったし、出来なかった」


「いや、お前が謝ることじゃねえだろ」


「そうだよ。それを言うならわたしだって、泣いてるだけだったし」


「いや、お前はニノマエ突き飛ばしてただろ」


「それはいいの」


 二人が軽い会話で流そうとしてくれる。その気遣いはうれしいけど、反省できないまま流されてしまったら、また私は間違えてしまう。


「私、春の時、小川さんに何もしてあげられなくて、解決したのは全部九十九くんで、反省してたの。次は、私が出来るようにならなきゃって」


 小川さんの上履きがなくなってしまった事件。あれが大事にならず、ちょっとした行き違いで起きた笑い話になったのは、九十九くんのお陰で。あれが始まりだった。


「なのに、体育祭では倒れちゃって、心配かけて。今回だって、大変なのは大野さんだったのに、私の方がテンパって心配かけて、一緒に頑張るって言ったのに余計なことして、傷つけて」


 結局、誰かのために頑張ろうとして、空回って、余計に傷つけて。私のしていることは、そればっかりだ。


「私、全然変われてない。間違ってばかりだ」


「そんなことない」


 声につられて、伏せた目を上げる。小川さんと目が合う。


「春の時、誰かに嫌われてるんだとしたらどうしようって、凄く不安だったけど、人見さんが真っ先に『私に任せて』って走り出してくれて、すごく勇気が出たの」


 そんなこと、ずっと気づいていなかった。気にもしていなかった。


「体育祭のときだって、言ったでしょ。わたし、あんなに楽しい玉入れ初めてだったよ」


「でも、それだって、九十九くんを見習って――」


「そんなの知らない。わたしが見習ったのは、ニノマエくんじゃないもん」


 彼女は、そうだ。私を見て動いてくれていた。


「今回だって、わたし、大野ちゃんが大変なのに、わたしの部活のこととか気遣って、頼ってもらえなくて、大野ちゃんが抱えてるものがちゃんと見えないのが不安で、ニノマエくんと通じ合えてるみたいなとこに嫉妬して八つ当たりしちゃったのに、わたしのことも見てるって言ってくれて」


 小川さんの目から、また涙が溢れ出してしまったけれど、今度はそれでも必死に、伝えてくれた。


「それに、すごく救われたのに。嬉しかったのに。わたしが救われたことまで、間違いだったみたいに言わないでよ」


 私には、何も見えていなかった。そんな風に思ってくれていただなんて、少しも気がつかなかった。


「あたしだって、そうだからな。あんなこと言っちまったけど、一緒に頑張りたいって手を握ってくれたのも、あたしの陰口叩いてるやつに立ち向かってくれたのも、真っ先に駆けつけてくれたのも。全部、ニノマエじゃなくてお前がしてくれたことで、お前に感謝してるんだからな」


 大野さんも、泣きじゃくる小川さんの肩を抱いて、あたしが言えたことじゃないけどな、って笑いながらそう言ってくれた。


 彼女たちは、私に見えていなかった私の欠片を拾い上げて、私に渡してくれた。


 それは、私がしてきたことの結果で、その価値だった。


「そんなの……私だって、二人に、どれだけ……っ」


 その先は、すぐには言葉に出来なかった。

 九十九くんが、私と小川さんの気持ちを大野さんに届けて、彼女の心を染めてくれたみたいに。


 私のしてきたことの意味が、彼女たちの心の中にあって、彼女たちの心を彩っている。


 それが今、私に返ってきて。彼女たちが私にくれたものが、私の心を彩っている。


 そのことが強く感じられて、涙が止まらなかった。


 私はまた、彼女たちの腕の中で声を上げて泣いた。


 私たちは、何度もお礼を言って、たくさん謝って、最後にはまた、笑いあえた。

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