第47話 彼みたいに

 その日は今度こそ、三人で一緒に帰った。大野さんも小川さんも、本当にすぐ来てくれた。


 結局、材料はそれぞれで補填しあえる範疇で、予算の使用状況も予定との致命的な差はなく、困ったのは注文カウンターの装飾用の布一枚だけだったそうだ。そこは元々他とデザインに差をつけて目立たせるつもりだった。


 予算の方も、少しズレはあったが、不測の事態に備えて元々ある程度の余裕は作る予定だったそうで、十分カバー出来るらしい。一応最小限の被害と言えるだろう。


 ないとは思うが、テーブルクロスがやられていたらと思うと肝が冷える。一つだけ浮いたデザインにするわけにも行かず、統一するには買うしかなくてお金がかかってしまったはずだ。


 カウンターの装飾も、一部使われてしまったものの残ったものもあるので、他から端材を集めてきてどうにか一枚繕ってみることになったらしい。


 九十九くんが? と聞いたら、流石に出来る女子にやらせるよ、と笑われた。


 出来そうなのになあ、という顔をしていると、


「わたしも、ニノマエくんに出来るか聞いてはみたんだけどね。技術的にはかろうじて、センスはない、って言うから」


 そう小川さんが説明してくれた。センスがないと具体的にどうなるのか。ちょっとやってみて欲しい。


「そんなことよりお前こそ、ニノマエに変なことされてないよな」


「手を繋いでくれたよ」


「よし、殺そう」


 そう言う大野さんからは、まだキリキリと音がする。だけど、いくらか緩んだように聞こえる。


 それはきっと、彼のお陰で。彼女もそれは感じているようで、殺すという強い言葉の割に、声は柔らかかった。


「次からそういうときは、大きな声で助けを呼ぶんだよ」


 そう言う小川さんは、ちょっとだけ本気だった。彼と小川さんは仲良くなれたのか、なれていないのか、よくわからない。


「ごめんね。心配ばかりかけて」


 タイミングが悪くて、九十九くんとのことかと思わせてしまうかな、なんて心配したけど、ちゃんと受け取ってくれたようだ。


「ほんとだよ。病弱キャラって訳でもねえだろうに」


「大野ちゃんが大声で揉めたりするからでしょ? 心配したんだからね」


 ぐっ、と言葉に詰まる大野さん。私もちゃんと伝えなきゃ。勇気は、彼がくれた。


「私も、心配してる」


 大野さんの手を両手で握って、彼女の目を見て言う。私の手の熱も、彼女の力になってくれたらいいと思いながら。


「背負い込み過ぎないで欲しい。私も、一緒に頑張りたい」


 大野さんがたじろいで何も言えないでいると、彼女の手を包む私の手を、小川さんがその上から更に包む。


 視線が絡み合って、同時に吹き出してしまって、三人でまた笑えた。


「ああ、頼むよ」


 そう言ってくれた大野さんの心の音は、もう随分、小さくなっていた。



−−−



 それからしばらく、大野さんの心の音は、大きくなったり小さくなったりした。


 トラブルは他にも、小さなものがいくつか起きて、その全てをなんとか乗り越えた。その度に、大野さんの音は大きくなって、三人で一緒に帰る度に、少しだけ軟化した。


 それでもちょっとずつ重荷が積み重なっているようで、私は彼女のことばかり心配して過ごしている。


 クラスの方にも不満が溜まってきていることに気がついたのは、大野さんの悪口が聞こえてきてからだった。


 悪口の内容は、時間取れなくてクラスの方はほとんど放ったらかしだったくせに今更偉そうに指図して、とか、向こうの指示が曖昧だからこっちで埋め合わせているのに勝手なことするななんて怒鳴るのは頭が悪い、とか、そういった内容だった。


 はらわたが煮えくり返るような思いがした。人の苦悩も知らないで、って言ってやりたかった。


 そんな時、彼の顔が浮かんだ。


 彼はお礼を言っていた。謝っていた。自分もその状況を作り出した一員なんだって、心から思っていた。


 だから、人の厚意にはお礼を言って、その結果問題が起きたことには、自分の立場から謝って。解決するために、協力して欲しいって頼んでいた。誰も責めずに、皆で乗り越える手段が取れるように動いていた。


 私があの人たちに噛みついてケンカをすれば、私はスッキリするだろう。


 それで大野さんが余計にクラスと対立するのは、なんのためになるだろうか。それでも私が側にいれば、それでいいと思えるだろうか。


 きっと違う。それは大野さんが望んでいることでも、大野さんの為になることでもない。


 だから私は、その人たちに声を掛けた。彼みたいに上手くは出来なくても。


「あんまり、無責任なことを言わないで」


「なに、いきなり。本当のことじゃん」


「大変なことばかり人にやってもらって、自分は楽しいことだけやって、その責任も押し付けて、陰口言うのが無責任なのも本当のことでしょ?」


 黙ってしまった。これだけじゃ、私が攻撃しただけで終わってしまう。そんなことがしたいんじゃない。


「外装、すごいね。私ずっと内装だったから、気づいたら豪華になってて、模擬店の雰囲気にも合ってて、びっくりした」


 私が素直に褒めると、向こうの態度も軟化して、でも、悔しそうだった。


「……そりゃ、頑張ったもん。それをさ、勝手に余計なことするなって言われたら、ショックにもなるじゃん。確かにいろいろ考えが足らなかったし、尻拭いもさせちゃったけど、ウチらだって、文化祭を良くしたくてやってんのにさ」


「うん。そうだね。だから、大野さんの気持ちもわかると思う。言葉が足りなかったり、鋭くなっちゃったりするけど、皆で成功させたくて頑張っているのに悪口言われてたら、やるせないよ」


 全部を納得したわけじゃないと思う。でも、私も彼女たちの言い分を聞いて、その気持ちに納得できる部分がたくさんあったから、もう怒ってはいない。


 きっと彼女たちもそうだろう。


「ごめんね。私も、大野さんがちょっと今いっぱいいっぱいなの気づいてるから、何とかしてあげたいと思ってるんだけど、上手くいかないの」


 だから、私がするべきは、協力を得ることだ。一人で出来ることは、多くないから。


「間に入れるときは入るし、やりたいことや言いたいことがあるなら聞く。他にも、私に出来ることは頑張るから、こんなやり方じゃなくて、一緒に頑張ろう?」


 お願いします、と頭を下げる。


「やめてよ! ……ウチらが悪かったから」

 ごめん、と向こうも謝ってくれた。これからはちゃんと相談したうえで進めると、約束してくれた。


 最初は言葉が強くなってしまったけれど、私にも、上手く出来ただろうか。




 それが、文化祭前最後の授業日の昼休みのことだった。


 明日、明後日の全日準備を乗り切れば、後は本番を楽しむだけだ。


 それは、最後の山場に向けて覚悟を決める言葉のつもりだったのだけれど。もしかしたら、問題を一つ解決したことで油断していたのかもしれない。

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