第40話 そのままでいてね

 メニューが固まってきたら、次は衣装だ。


 また別の日、ロングホームルームの時間を使って会議を行う。


 メニューの中身が中身なので、ゴテゴテなファンタジーコンセプトやメイド喫茶的コンセプトよりも、ちょっとポップな足を踏み入れやすい喫茶店的様相にしよう、ということになった。


 なんだか抽象的で上手くイメージを掴めていないのは内緒だ。


 男子はスラックスとYシャツはそのまま使い、何着かのジャケットを用意して使い回す方向性に固まった。


 試しに、特に特徴のない黒ジャケットと黒の蝶ネクタイを、何故か持っていた男子にそれぞれ持ってきてもらった。誰かに試着してみてもらおう、ということで、小川さんが指名したのは九十九くん。


「ニノマエくん、お願いね」


 驚く顔をする九十九くん。


「サイズ的にも、持ってきてくれたやつに頼んだほうが」


 九十九くんは抵抗を見せたが、小川さんは最後まで言わせなかった。


「何かあれば言え、って言ってくれたよね」


 言ったのか。九十九くんを見る。苦い顔をしている。言ったらしい。彼らしいな。


 いいよね? と、提供者の男子にも確認を取るのを見て、観念したらしい九十九くんはしぶしぶ教室の前に出てジャケットに袖を通し、蝶ネクタイをつけた。


 うん。悪くはない。でも、良くもない。一目で簡易的に済ましました、というのが伝わってしまう。


 うーん……と微妙な空気に包まれる教室。すると、がたっとクラスでも一番派手なグループの男子が立ち上がる。


「こういう時は、こっちの方も工夫するもんっしょ」


「おい、先に何をするのか言え」


「いいからいいから」


「おい」


 抵抗しきれず、何やら髪をわしゃわしゃとかき回される九十九くん。触る前に手につけたのは整髪料だろう。なるほど、ヘアセットかな。


「はい、完成と」


 無造作なままの髪を整え後ろに流し、前髪を上げた九十九くんは、服装は変わらないのに一気に大人びたフォーマルな雰囲気を纏う。


 これなら十分凝っているように見えるだろう。クラスメイトたちも満足げにしている。九十九くん以外は。


「どう?」


 こっそり小川さんが声をかけてきた。


「うん。かっこいいね」


「どうしてそんなに淡白なの……」


「何か間違えた?」


「ううん、何でもない」


 期待したのはそれじゃない、といった落胆と諦めの感情を見ると申し訳なくなるが、正解は分からなかった。


「全員それでなんとかなりそうか?」


 大野さんが聞くと、セットを行った男子生徒が答える。


「整髪料は自分で用意して欲しいし、全員俺がセットするのは無理だけど、やり方なら教えるよ?」


「よし。頼む。ニノマエがなんとかなるなら、全員いけんだろ」


 とのことで、男子の方向性は固まった。


 九十九くんが一番問題みたいな言い方をされているが、別に彼の容姿は悪くはないと思う。いいかどうかはわからないけど。


 それも私の贔屓目だろうか、と彼の方をじっと見る。蝶ネクタイを外してジャケットを脱ぎ、せっかく整えた髪をくしゃくしゃと崩しながら、目で何だと伝えてくる。


 客観的な視点というのは、どうすれば持てるのだろうか。



−−−



 次は女子の衣装だが、こちらはサンプルはない。制服の流用も出来ない。なので、ある程度そういった方面に強い女子にサンプル画像を用意してもらって、方向性を決める。


 それから、買う分と作る分とを調整して詰めていこう、ということになった。


 もちろん、男子は混ざっても仕方がなく、かと言ってほったらかしにも出来ない。なので、衣装の着回しと当日の予定を考慮して、ある程度ホールと調理の分担分けやシフト調整に先んじて取り掛かってもらった。


 教室を前後に分け、前の方で女子が、後ろの方で男子が会議を進行していく。


 順調に話し合いが進み、ミニスカートにフリフリエプロンの可愛らしい衣装か、男子に合わせて白ブラウスに黒のスラックスを合わせたフォーマルな衣装かで二択に絞られた時だった。


 早々に仮シフトまで組み、調整可能な人員のリストまでまとめた男子が話し合いに参加させろと主張してきたのだ。


 クラスの出し物のことだし、男子の衣装は女子も交えて決めたのだ。男子にも意見する資格はあるだろう、とのことだった。


 その主張は最もなものであり、既に二択までは絞られていた事もあって、意見交換の末、多数決で決定することとなった。


 結果、恥ずかしいからというだけの理由でも女子だけであれば優位に立っていたフォーマル派は、男子の参入と、こういう機会でもなければバイトでも出来ない格好だから、多少サイズ差があっても着回せるから、などの合理的理由に押し流され、フリフリ派に無惨にも敗北を喫することとなった。


 私はフォーマル派ではあったけれど、どちらを着るのも楽しそうなのでどちらでもうれしい。


 因みに、大野さんは痛恨の面持ちだが内心少しだけ嬉しそうで、小川さんは普通に楽しみにしている様子だった。


 離れたところで冷めた目をしている彼のところに向かう。


「九十九くんは、どっちが良かった?」


「どうでもいい」


 彼の心は相変わらず読み取れないけれど、表情や口振りは心底、早く終わって欲しそうだった。


 その後、大まかな教室内のレイアウトを決め、それぞれの担当を決めたところでLHRは終了した。



−−−



 その夜、小川さんの残念そうな感情を思い出し、男子の衣装について、十分な効果が出てるから評判もきっと良くなるよ、と小川さんにメッセージを送った。


 返ってきた返事はそのままでいてね、というものだったので、うまく伝わったかどうかは分からない。

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