第39話 勘違い以前に
放課後、実行委員とメニューを提案した生徒、あとは予定の空いた暇な人たちが任意で集まり、調理室に集合した。
予算にはあまり余裕があるわけではないので、今回の試作は提案する生徒の自腹で行われる。
一食分の試食を作るのに渋るほどコストがかかるようなものはどうせ出すのが難しいので、まずはそこで
パフェやクレープといった派手なデザートを企んでいた人たちは、実現が難しいということで概ね辞退した。
噂だが、実現出来たとしても自分が監督しなければいけないとなるとクラスに拘束されてしまうから、という理由で諦めた人もいるらしい。
さもありなん、と思った。実行性には、クラスの誰がシフトで回ってもできる、という観点も必要だということだ。
その点九十九くんの案は優秀なため、逃げることを許されず半強制的に参加とされた。言い渡された時の、墓穴を掘った、という九十九くんの顔はしっかりと記憶した。
コストや設備など観点はいくつかあるが、他との兼ね合いが取れる分にはいくつでも採用するらしいので、おそらくホットサンドは確定だろう。
ということで、トップバッターは九十九くんが務めることになった。
ゴトリ、と机の上にホットサンドメーカーを置く。食パンを横に二つ並べて焼くことが出来るものなので大きさも重さもちょっとしたものだろうが、このためにわざわざ抱えて持ってきたのだと考えると、お疲れ様、という思いしか湧かない。
その後、彼は食材や調味料などを奥に取りに行った。事前に使用許可を取っておいたので、ついでに提案者の使用する食材は授業中保管させてもらっていたのだ。
一通り並べると、まずホットサンドメーカーを電源に繋いで脇に避ける。ホットプレートと同じような電気式のもののようだ。
次に食パンにマーガリンを塗り、スライスチーズとハムを乗せ、マヨネーズを薄く塗ってから、同じようにマーガリンを塗った食パンを被せサンドする。
もう一枚取り出したかと思えば、今度はチョコレートを割ったものとマシュマロを並べ、そのままサンドする。
出来上がった二つのサンドイッチの耳を二辺、切り落とす。
「切るの?」
「切らないと入らん」
彼は切り落とした食パンの耳を咥えながら、焦げ付かないようホットサンドメーカーにサラダ油を塗る。それからサンドイッチ二つを温まったホットサンドメーカーに乗せ、プレスする。
その横で、私もパンの耳を一切れ勝手に拝借し、もぐもぐと咀嚼する。うん。パンの耳の味だ。
「その耳はどうすんだ?」
大野さんが聞く。有効活用できるものならそうしたいのだろう。無駄は少ない方がいい。
「揚げたり焼いたりは手間になるからな。お通しとして無料で出すなり、当番のやつのおやつにするなりするくらいしかないだろ。余ってかつ引き取り手がいなければ俺が持ち帰る」
「まあ、そうなるよな」
ということで、スタッフのおやつの方向で考えることになった。
話しているうちに出来上がったようで、九十九くんが蓋を開けると、じゅう、という音を上げながら黄金色に焼けた美味しそうなホットサンドが姿を見せた。
それぞれのサンドイッチは真ん中で強くプレスされ圧着されており、まな板の上でそこを切り分けると、一つのサンドイッチから二つの縦長のホットサンドが出来上がった。
食パン一枚で一食換算だ。文化祭で出すもののコストパフォーマンスとしてはこんなものだろうか。
大野さんはハムチーズの方を手に取り、小川さんはチョコマシュマロの方を手に取った。私もチョコマシュマロを取ると、残りはいつの間にか野次馬に混ざっていた進藤くんが持っていく。
「おいしいね」
「味付けも何もないしね」
私の感想は進藤くんの身も蓋もない言葉にバッサリ切られてしまったが、小川さんが完璧にフォローしてくれる。
「その分、誰でも均質に提供できるってことだよね」
「ああ、悪くないな」
それから、彼と大野さんで詳細を詰めるべく話し始めた。
「包丁は確か教室では使えなかったと思うが、仕込みだけここの一角を借りて、教室で保存して都度提供、という形には出来るのか?」
彼が聞く。先のことまでちゃんと考えてくれているのだと感心する。
「保存方法は考えなきゃなんねえけど、仕込みは問題ねえだろ。まな板と包丁だけ借りりゃいいしな。焼く前に二つに切っとくのは出来んのか?」
「出来るが、上手くくっつかずに中身が溢れやすくなる可能性があるから、牛乳か水溶きの薄力粉を塗ってあらかじめ圧着させといた方がいいかもな」
「じゃあ薄力粉の方だな。コスト的にも保存的にも」
九十九くんと大野さんがこんなに会話しているところは初めて見た。二人とも仕事はちゃんとこなすタイプなので、同じ目標を持たせて組ませると意外と強い組み合わせなのかもしれない。
「問題が起きなきゃ、これは採用でいいだろ。細かいとこはこっちで詰めとく」
大野さんの一言で九十九くんの出番はおしまい。かと思いきや、野次馬の生徒たちが俺も私もと詰め寄るので、全員に行き渡るまで作り続けることになっていた。
真っ先にいただいた野次馬の一人としては、止めることは出来ない。止めるつもりもないけれど。
あらかじめ多めに材料を用意しているところを見ると、もしかしたらこうなることを見越していたのかもしれない。
こういったさりげない優しさが、文化祭を通じて他のクラスメイトにも伝わればいいな。
−−−
彼がホットサンドを量産する傍らで、審査は続いた。
料理上手を自称する女子生徒のワッフルはとても美味しかったが、コストと手間が少しかかってしまい、調理室の機材の兼ね合いと他の部分での予算状況次第、ということで保留になってしまった。
ボール状のアイスを炭酸飲料に入れて提供するアイスサイダーは、特別凄く美味しいというわけではないが、手間がかからず、人目を引くので採用となった。
飲み物やアイスも、提案者の人の親戚の伝を頼って安価に仕入れられるとのことでコスト面も安心だ。
同じく喫茶店を営んでいるお家の生徒から、コーヒーメーカーや豆、茶葉、個包装された自家製クッキーなどを格安で提供してもらえることにもなり、順調にメニューが潤っていく。
私は新しく何か出てくるたびに、ホットサンドメーカーと向き合う九十九くんのところに持っていった。
「九十九くん」
「俺は後でいい」
「ほら、食べて」
「後でいい」
彼の口元に作ってもらったワッフルを無理やり持っていく。それでも断固として食べようとしない。
ふと、周囲の視線を感じる。そうだった。客観的な視点で、距離感に気をつける。忘れていた。
ワッフルを引っ込めて、一歩下がる。
「勘違いしないでね。そういうのじゃないから」
「勘違い以前に、お前は何がしたいんだ」
私にもよく分からなかった。
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