第23話 優しくてずるい
小川さんと共にテントに戻ると、やたら上機嫌な進藤くんと、未だに少し恥ずかしそうな大野さんに迎えられた。
「おつかれ、二人とも」
「……お疲れ」
「うん。ただいま」
「大野ちゃん、その、ごめんね?」
「……別にいいよ」
この二人はいつでも仲が良い。彼はこうすんなりとは許してくれないだろう。
「二人とも一位とは、凄いね」
「こいつもあたしと同じくらい足速いからな」
私の方をやや睨みながら言う大野さん。睨まれても、遅くなってはあげられないのだけれど。
「そうなの?」
「うん」
意外そうに聞く進藤くんに頷く。春に体力テストの結果を大野さんと比べたら、五十メートル走のタイムがほぼ同じだったのだ。
帰宅部のくせになんでそんなに速えんだよ、とぼやく大野さんに、ふふん、と薄い胸を張って得意がって見せたら、頬を軽くつねられた。
もちろん本気で怒られた訳ではない。女子同士の軽いスキンシップである。
因みに、大野さんは女子バレーボール部で、小川さんは美術部だ。今、私達が着ている青組の体育祭Tシャツのデザインは、実は小川さんも手伝って出来たものらしい。
「なんにせよ、これだけ成績良ければ優勝は固いかな」
「いいのか? 進藤。そんなに余裕ぶって」
「どういうことだい?」
「ビリ、今のところお前だけだぞ」
大野さんの言葉に、進藤くんの表情がピシリと固まる。
確かに、大野さんも小川さんも、私と九十九くんも一位を取っている。彼も転んでいなければいい成績だっただろうに。
「わ、わたしも大野ちゃんのお陰で、だから」
小川さんがフォローに回ると、思い出したのかニヤニヤしていた大野さんの顔が少し赤くなった。
「ふふふ、いいのさ。午後の騎馬戦で活躍すればいいだけだからね」
闘志を燃やす進藤くん。私達にもまだ出番はあるのだ。気は抜けない。もう個人競技がない人もいるけれど。
「ねえ。ところで、九十九くんは?」
実はずっと気になっていたのだが、聞くタイミングを窺っていた事を聞いた。
またそれか、と大野さんがいつものように呆れる。戻ってきて一も二もなく言い出さないだけ、私にしては考えている方だ。大目に見て欲しい。
「ハジメなら、あの場所にいるよ。こっちに誘ったんだけど、約束だから、って」
約束、とその言葉を聞いて、私はすぐにテントを飛び出した。一も二もなく聞いていたほうが良かったかも知れない。
−−−
九十九くんは、変わらずそこに居た。見えないとわかっているのに、遠巻きに心の様子を窺おうとする自分が浅ましい。
覚悟を決めて隣へ並び、顔を覗くと、いつもと同じ無表情がそこにあった。
「玉入れ」
その話から入るとは、思っていなかった。
「よかった」
「……やめた方がいいんじゃ、なかったの?」
「俺が考えたのは、もっとずっと酷かった」
拾うチームと投げるチームを二つずつつくり、それぞれ一チームずつでグループを作ってカゴを挟む。拾うのと投げるのを、残弾が無くなったそばから切り替えて機械的に回していく。
そういう案を考えていたのだと教えてくれた。
「あらかじめやることを決めて全員に機械になることを強いるなんて、それこそ作業だろ。たとえ勝てても、それは違うと思った」
「でも、私がやってもあまり変わらなかったよ。そもそも九十九くんの真似をしてただけで」
「違う」
きっぱりと遮られて、言葉が詰まる。
「俺は一箇所に玉を集めて人を誘導したりしなかった。あれはお前が、周りのことを見て、なにが必要か自分で考えて行動した結果だろう」
返す言葉が何も、出てこなかった。
「小川も、周りの奴らも、それを見習ったんだろ。誰も何も強いられてないけど、自分の役割を考えて自分で動くってことを、お前を見習って真似したんだ」
それは、私が出来るようになりたいと思っていたことだった。出来るようになりたくて、九十九くんを見習おうとしていた。
私はあのとき、出来ていたのかな。見習われる側に、なれていたのかな。
「その結果勝てたんだろ。俺には出来なくて、お前に出来たから得られた結果なのに、間違ってたみたいに言われても、功績だけ俺のものにされても、困る」
私にはまだ、その言葉をどう受け止めたらいいのかわからなくて、つい誤魔化してしまう。
「……じゃあ、許してくれる?」
「何が」
「写真」
そんな自分をずるいと思うけど、そんな私に合わせてくれる彼もずるい。
「許すから、消せ」
「いやです」
はぁ、と隣からため息が聞こえる。じゃあ許さない、とは言わない。
代わりに彼はどこからか折り畳み傘を取り出すと、広げて渡してくれた。
「これ、日傘?」
「ああ。進藤のだけど」
「又貸し?」
「許可は取ってる」
受け取った傘を差す。彼の方が背が高いので、二人で入ろうとすると少しつらい。
九十九くんが傘の下から出ようとするので、出さないように追いかける。睨まれたので、見つめ返す。
しばらく見つめていると、代わりに傘を持って、私の方へ傾けてくれる。
やっぱり彼は、優しくて、ずるい。
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