第22話 借りられた人は
私の前の走者である小川さんは、借り人競争で見事一位を勝ち取った。
借り人競争は文字通り、お題通りの人物を探して連れてくるという、借り物競争の人物対象バージョンである。
小川さんはあまり運動が得意ではないので、お題にたどり着いたときは後ろから数えたほうが早い順位だった。
しかしお題が書かれた紙を見ると、真っ先にクラスのテントに向かい、大野さんを呼んだ。
やれやれ、といった顔をしながらも内心待ってましたとばかりに飛び出していった大野さんは、小川さんとそのまま真っ直ぐゴールへ向かった。
迷う時間も探す時間もなく、呼ばれた方も即座に応えたため一躍一位に躍り出たのだけど、すぐ後ろから追い上げてくる生徒がいた。
大野さんだけならともかく、小川さんも一緒では追い抜かれてしまう。
小川さんと応援していた皆に緊張が走った直後、なんと大野さんは小川さんを抱き上げたのだ。
湧き上がる歓声を背に、大野さんは小川さんを抱えたまま爆走。見事一着でゴール。
本来はそこでお題の確認がある。例えば、お題が〝面白い人〟とかであれば、連れて来た人が面白いことを証明しなければならない。一発ギャグなどで。
お題にそぐわないと判断されれば、別の人を連れて出直さなければならないのだ。
ところが小川さんのお題は〝かっこいい人〟だった。ゴール地点の確認係がそれを読み上げた途端、再び湧き上がる歓声。巻き起こるスタンディングオベーション。顔パスとばかりにゴール奥へ素通りしていく二人。
あんなに恥ずかしそうな大野さんを見たのは初めてだった。
−−−
二人の勇姿は友達としては誇らしく思うけれど、次の走者としてはやりづらいことこの上ない。
私はそれなりに色々な人と接してきたつもりなのでこの競技にも立候補したが、思えば大半の人とはあまり深い付き合いをしていない。
元々、交友関係は広く浅くなタイプなのだ。連れて行ったはいいものの、大してアピールできず却下されてしまっては目も当てられない。
なるべくクラスの女子。男子でも九十九くんか進藤くんを選べるお題が来ますように。
祈りながら開始のピストルの音を受ける。
スタートダッシュでは大きな差がつきにくい事もあって、周囲は流すように走っている。油断なく全力疾走する私は、一位を独走できた。
お題の紙を手に取る。中のお題を見て、脳に電流が走る。ゴール後の確認までのシミュレーションが一瞬で終わった。
あの位置を見る。九十九くんは、障害物競走の競技前と同じようにそこにいた。
全力で彼の下へと走る。彼も察したようで、少しの間逃げようか迷ってたじろいだ後、おそるおそる歩み寄ってくれた。
私はなにか言おうとした彼には目もくれず、手首を掴んで一目散にゴールへと引き摺っていく。
この競技はやはり迷わないことが一番の攻略法だ。誰より先にゴール地点へとたどり着くことが出来た。
「さぁ! 一番にたどり着いたのはこちらのペア! それでは、お題を見せてください」
係の人に促され紙を渡す。今のうちに息を整えておく。
「お題は〜? 〝優しい人〟です! それではどの辺が優しいのか、アピールタイムどうぞ!」
どうするつもりだ、と目で訴えてくる九十九くん。大丈夫。任せて欲しい。
そう。あれは、体育祭に向けて日焼け止めなどの小物を買うついでに、ショッピングモールをうろついていた時のこと。
「この間ショッピングモールで、迷子の女の子に肩車をして、一緒にお母さんを探してあげてました」
!? といった記号が見えそうな顔で九十九くんが見てくる。
私が見かけた時は、丁度五歳くらいの女の子をあやし終え、一緒に動き出したであろうタイミングだった。最初は妹か何かだと思ったが、見ていれば迷子の親を探しているのだろうということはわかった。
しかし、その少女は周囲を見渡してはすれ違う大人たちに怯え、次第に動けなくなってしまった。私も声を掛け、手伝おうと思っていたのだけれど、今出ていけば余計に怯えさせてしまうのではないかと思うと動けなくなってしまった。
すると彼は彼女を肩に乗せた。それから何を言ったのかは聞き取れなかったが、彼女の胸に満ちた不安と恐怖は薄れていき、九十九くんの頭の上から親を探し始めたのだ。
程なくして、九十九くんは母親と思しき女性を見つけ出し、というか向こうの方から見つけてもらい、少女を引き渡した。
そこまで見守って、私は帰路についた。
「因みに、これがその時の写真です」
「は!?」
思わず声が漏れてしまう九十九くん。レアだ。周囲からはクスクスという笑い声が聞こえる。
「は、はい、それじゃあ、奥へどうぞ、っ」
少女を肩車した九十九くんの写真を確認した係の人の案内は必死に笑いを堪えていたが、九十九くんがそちらに構う様子はない。
「おい」
「行こ」
「消せ」
「行こうね」
「おい」
借りられた人は先に戻っていてください、と係の人から注意を受けるまで、九十九くんの抗議は続いた。
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