第17話 炎天下の修行僧?
それから程なくして小川さんからの連絡を受け更衣室に向かうと、普段の体育の授業時と変わらないくらいの人口密度に落ち着いていた。
そこからは、着替えて最低限の荷物を持ち、待機所に荷物をまとめて開会式の列に並び、開会式を済ます。更衣室の順番待ちの時間と比べると、随分とスムーズに事が進んだ。
開会式後、最初の種目である百メートル走は二年生、一年生、三年生の順で行われる。
最初の何巡かは、設置されたテントの中でクラスの女子達と見る。しかしテントは人の密度が高く、応援の熱気もあって、わりとすぐに苦しくなってしまった。
テントは数が限られていて、職員テントや放送テント、救護テント、保護者席を完備した余りは各クラス一つずつしか余らなかったらしい。
出場中の生徒や準備に行く生徒が居るとはいえ、それぞれが自由に動くスペースを確保すると、一つのテントにクラス全員は入れなかった。
それ故仕方なく、テントの横や後ろにレジャーシートを敷いて炎天下の中耐え忍ぶ生徒たちがちらほらと発生している。
テントの中は密度と応援の精神的熱気。外は直射日光による物理的熱気。どっちもどっちだな、と思いながら、テントの後ろに押し出された生徒たちを見る。
その中に、異様な生徒がいた。
明らかにうなだれており、頭から水色のタオルを被って座禅を組んでいる。炎天下で精神を鍛える修行的な何かだろうか?
そう思って観察してみると、タオルに見覚えがあった。私も一度被せられたものだ。
あれ、九十九くんだ。よく見たら座禅ではなく、あぐらを組んで足の上で文庫本を広げて読んでいるだけだった。他の生徒の競技を見るつもりは全く無いらしい。
私はテントを出て水道に向かい、自前のハンドタオルを水で濡らすと、九十九くんのところに行った。
「隣いい?」
「ん」
少しだけ顔を上げ、タオルの影からこちらを覗くと、そこで私と判別できたのか了承してくれた。
レジャーシートの端に寄ってくれたので、ご厚意に甘えて隣に腰掛けさせてもらう。
彼の真似をしてタオルを頭に乗せてみた。私のハンドタオルのサイズでは、頭を守ることができても首筋を日光にジリジリとやられてしまう。
彼は長いタオルで首から頭頂部までをしっかりカバーできていた。腕などはどうしようも無いようだったけれど。
「髪が乱れるんじゃなかったのか」
「他の女子にしたら、って言ったよ。私は特にセットとかしてないから平気」
実際、他の女子と比べれば容姿には気を遣っていないほうだと思う。
二週に一度くらいの頻度で寝癖をつけたまま登校しては、見かねた小川さんに整えてもらったりしているくらいだ。
母が美容院に連れて行ってくれなければ、未だに幼い頃父に連れて行かれた近所の床屋で済ませていた可能性もある、という例もある。
美容院に行ったところで、注文の内容は床屋と変わらず、長すぎず短すぎない適当な長さだけを指定しているのだが。
女の子なんだからもう少し気を遣いなよ、とは色んな人から言われるが、こればかりはいつまでも治る気がしない。
しかし髪とは関係なく、頭より首を焼かれるのが致命的だと判断したので、タオルを折りたたんで首の後ろに押し当てる。うん、いくらかマシだ。
テントの後ろ側なだけあって、人も少ない。〝感覚〟のせいで周囲の人の影響を受ける心配は、ここならないだろう。その分、競技が見えないのだけれど。
自分から移動してきてなんだけど、二年生の番が終わるまでには見える位置に移動しなければ、クラスメイトの応援ができない。特に大野さんの応援は見える位置でしたい。
「わざわざ俺に構わなくても、気になるなら見えるところに行けばいい」
ソワソワする私を見透かしたように、彼は言った。
彼はときどき、彼にも人の心が見えているんじゃないかって思うくらい鋭くて。
彼でもやっぱり、それは万能じゃないんだなって、そう感じるくらい少しズレている。
「明日からもまた、いいって言ってもらったから」
それは数日前に、彼から貰った許可だった。覚えているかな、と少し不安にもなったけど。
はぁ、と小さく漏れたため息が覚えている証明で、そこから嫌そうな感じがしなかったから、今でも許してもらえているのだと。
そう考えるのは、都合が良すぎるだろうか。
けれど彼は、それ以上何も言わなかった。だからもう少し、甘えてみることにした。見えるところに行きたいのは確かで、でも彼を放っておく気もなかったから。
作戦を考えた。
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