第14話 なりたいものの形

 あれは、中間テストの返却日。社会科のテストで採点ミスがあったため、彼は先生に訂正を求めた。


 それがなんと合っているのに不正解にされたというものではなく、間違っているのに正解にされて本来より高い点数になっているというものだったのだ。


「黙って受け取っときゃいいのによ」


 大野さんはそう言うけれど、九十九くんはそれが嫌だったらしい。


 採点ミスは先生のミスだから、と訂正せず優しく返す先生に彼は言った。


「回答ミスは俺の責任です。間違えたと思うのなら訂正してください」


 先生は唖然としていた。周りの生徒も。


 いいから、と半ば強引に答案用紙を突き返されて帰ってきた九十九くんは、それでも訂正を求めることはしなかったけれど、どこか悲しそうだった。


 他の人には些細なことかもしれないけれど、私には、彼の気持ちは分からないでもない。


 自分の失敗の責任を自分で負うことも出来ないというのは、苦しいのだ。


「おい、聞いてるか?」


「あっ、ごめん」


 話の途中だった。ちゃんと聞いていたことを示すためにも、きちんと返答する。


「なんていうか……何でも呑み込んで波風立たないように我慢して、っていうのがいいこととは限らないんだよ」


「それは分かるけどな。クラスメイトの時間奪って自分の信念通すのが気遣いの出来るやつのすることかって話だ」


「ねえ二人とも、ケンカはしないでね?」


 小川さんが不安そうに釘を刺すと、私も大野さんも言葉に詰まってしまう。


 二人とも小川さんには弱いのだ。


 大野さんの言うことは間違っていないと思う。でも上手く言えないけど、そういうことじゃない、とも思う。


 九十九くんはあの時、何を思っていたのだろうか。あの時の九十九くんの行動は、誰の何になるのだろうか。


 九十九くんはあの時、何を願っていたのだろうか。


「ごめん。私、やっぱり気遣いが出来るようになりたいっていうのは、違うかも知れない」


 まだ纏まっていないけれど、整理しながら伝えてみよう。違うと思えば、きっと大野さんはまた突っ込んでくれる。


 そうしたらまた考えればいい。


「本来の点数よりも高くても低くても、不当な評価であることには変わりないと思う。それを正さないことはやっぱり問題で、それで得する人がいても、やっぱり間違っていることだと思う」


「それで?」


「誰かのためを思うなら、正さなきゃいけないと思う。それで失敗してしまっても、やりもしないのと、やって失敗するのは違うと思う」


「それぞれの判断に任せてそれぞれに勝手にさせりゃいいだけだろ。わざわざあいつが先陣切ってやらなきゃいけないことか?」


 それを言うなら、九十九くんの判断で彼が勝手にしていることに文句を言うのも筋違いだと思う。でも、大事なところはそこじゃない。


「自分には関係ないことだからって、割り切ってしまっても別にいいと思う」


 でも、だからこそ。


「直接関係がなくても、側にいる誰かだからってだけで、その人の為に何かしようとすることは素敵なことだと思う。」


「為になるかどうか勝手に決めるのはいいのか? 例えばあたしなら、採点ミスでも点が多くもらえるならわざわざ訂正したりしない。好意でしたことでも受け取らないやつはいるだろ」


「それこそ、勝手にすればいいよ。道を作っておけば、そこを歩ける人が出来る。その道を選ばない人が居ても、その意志を尊重すればいいだけで、やらない理由にはならないと思う」


「誰にも選ばれない道でも、か?」


「結果がどうなるかなんてわからないけど、行動してみないことには始まらないよ」


 そうだ。だからきっと、彼は責任を持とうとしているのだ。


「その人の為になることが何か、自分が行動した結果どんな影響があるか、ちゃんと考えて、誰かのためになるって信じられることをする。その結果がどんなものであれ、ちゃんとそれに責任を持つ」


 彼はきっと、そうしている。その人がただ喜ぶかどうかより、自分と人の責任にストイックなのだ。


「私はそれが、出来るようになりたいの」


 大野さんの目を見る。九十九くんがそうするみたいに、気持ちが伝わるよう真っ直ぐに、力を籠めて。


「……それはわかったけど、もうちっとやり方考えろ。あいつのストーカーみたいだぞ」


「それは心外」


 大野さんがははは、と笑うので、思わず私も笑ってしまった。


 すると小川さんも、もう、ヒヤヒヤしちゃったよ、なんて言って笑ってくれて。


 それから三人で、また昼食を食べ始めた。話すのに夢中になっていた私と大野さんは、食べ終わるのがお昼休みギリギリになってしまったけど。


 昨日の残りの煮物の味は、話を始める前より、美味しい気がした。

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