第11話 九十九くん生態調査報告①
この一ヶ月で判明した九十九くんの生態その一。登校時間は、HR開始の三十分前。
その二は、朝の過ごし方。九十九くんの朝の過ごし方は、私とほぼ同じ感じだった。予習や読書だ。今日は読書。黒いブックカバーで中身は見えない。
以前、本を読んでいるときに何を読んでいるのか聞いてみたら、カバーを外して表紙を見せてくれた。普通の一般文芸の文庫本だった。
その時たまたま恋愛小説だったので少し意外に思ったけれど、別のときにまた聞いてみたら今度はミステリーを読んでいた。
雑食なのだろう。一度だけ、新書を読んでいるのを見たこともある。
授業の予習をしているときに、ノートを見せてもらったこともあった。字はそれなりに整っていて読みやすかったけれど、構成は板書をほぼそのまま写したような感じで、特に工夫は感じられなかった。
こういう書き方をしてみたらどうか、と私のノートを見せながら提案してみたら、断られてしまった。
「板書そのままの方が、テスト勉強のときに先生の細かい発言や授業風景を思い出しやすい」
と、確かそう言っていた。そんな考え方をしたことはなかったので、なるほどと感心させられたものだ。彼はノートよりも自らの記憶を強く頼っており、彼にとって、ノートはそれを引き出すトリガーであるらしい。
朝の過ごし方で私と違うところは、時折前の席の男子が話しかけてくることだろう。
「おはよう、ハジメ」
噂をすれば影がさす。九十九くんの前であり、私の右斜め前である席に着く男子、進藤くんが登校してきた。
モットーは〝興味を持ったら首を突っ込め〟です、なんて、入学して最初の自己紹介で言っていたのは記憶に新しい。
彼はそのモットーに則り、興味深い返しをしてくる九十九くんによくちょっかいをかけている。今日も今日とて、何かを期待して九十九くんに話しかける。彼のお陰で九十九くんの観察が捗っているので、個人的には大変感謝している。
「聞いてよ! 登校しながらマンガ雑誌読んでたらさぁ、三枝先生に取り上げられちゃったんだけど」
持ってくる方が悪いと思う。
「持ってくる方が悪い」
被ってしまった。そろそろ九十九くんがなんて返すのか、何となく分かってきたかもしれない。一切手元の文庫本から目を離さずに返事をする様子も、すっかり見慣れてしまった。
「没収までしなくてもよくない?」
「しなかったら読むだろ」
「読むね」
「で、授業に集中できなくなるわけだ」
「なるね。でもそれはどっちでも一緒なんだから、持っててもよくない? 授業中に読むわけじゃあるまいし」
集中できるように頑張らなきゃいけないのでは、と思うけど。
自分が喋らなくてもいい、と思ってしまうのか、私が口を出すと九十九くんが黙ってしまうので、思うだけにする。
「先生のやるべきことは二つ。一つ、お前の集中を削ぐものを出来るだけ減らす。二つ、お前が集中できるよう工夫をする」
「後者ができてないね」
「ならどうしなければいけないかと言えば、後者が出来るようにしなければいけない。前者をしなくていい理由にはならない」
なるほど。先生の責任については、考えが至らなかった。彼の意見は私の考えの外にあることが多い。きっとそこに、彼に出来て私に出来ない、私がしたいことのヒントがある。
私はそれを掴んでやろうと、教科書を机に広げ、自習中ですという態度を取りながら耳だけ右側へ向け集中している。
盗み聞きではない。隣の席である以上、聞こえてきてしまうのだから、仕方がない。
「なるほど。先生はやることが多くて大変だね」
「その点、お前のやることは真面目に授業を受けることだけだ。楽でいいな」
むっ、と頬を膨らませて言い返そうとする進藤くんに、九十九くんが追い打ちをかける。
「もっとも、期末テストの結果も悪ければ増えるかもしれないけどな。夏休みの補習とかが」
うなだれる進藤くんの哀愁漂う頭頂部をこっそり横目で見れば、綺麗にとどめが入ったのが傍からでもわかった。
ありがとう進藤くん。あなたのお陰で、また新しい面が見れた。お礼と言っては何だが、成績が振るっていないようなので、期末前に勉強に誘ってみようか。
彼を呼べば九十九くんも来てくれるかもしれない。私と九十九くんは得意科目がズレている部分が多いので、効率的に勉強出来るだろう。
ちなみに、中間テストの結果を見せてもらった限り、九十九くんは国語科目が得意で社会科目と英語科目がやや苦手みたいだった。
それ以外は結構出来ていて、上の下くらいの成績だろうか。彼には失礼だと思うが、上の上のイメージでいたので、少し意外だった。
私は綺麗に文理で得意不得意が別れている。もちろん、理系科目が苦手だ。それでも平均よりちょっとだけ上だと自負している。自慢できたことではないけど。
「ハジメ、雑誌返して貰いに行く時、一緒に来てくれない?」
「一人で行け」
彼らの会話は、そのほとんどが九十九くんの素っ気ない一言で終わる。
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