第7話 彼女のことを想うなら

 放課後、急いで昇降口へ向かうと、九十九くんと進藤くんが待ってくれていた。


 帰りながら今回の件の説明をすると進藤くんが九十九くんに約束させていたため、私も混ぜてもらうことにしたのだ。


 大野さんと小川さんも呼びに行ったのだけれど、小川さんからは、


「大事にならず解決しただけで満足したから、わたしは大丈夫。お礼だけ伝えておいて貰ってもいい?」


 と言われてしまった。大野さんも、小川がそれでいいならあたしもいい、と辞退した。


 そんな訳で、私はクラスメイトの男子二人と並んで帰ることになった。


「さて、じゃあハジメ。事件を最初から整理するけど」


 昼休みにチャイムで遮られたセリフを一言一句違わず復唱する進藤くんは、随分と楽しそうだ。


「小川先輩は、朝のHR前に美術部の活動で上履きを濡らしてしまった。そこで、女子更衣室で乾かして貰えるよう友達に頼んだ」


 ここまではいい? と聞く進藤くんに、ああ、と短く返す九十九くん。


「美術室から教室までは、どうやって移動したんだろう?」


 そこは、私は気にしていなかった。てっきり上履きは教室で脱いだものと思っていたが、美術室ですでに脱いでいたのだろうか。


「普通に歩いて移動したんだろう」


 えーと、と困った顔を進藤くんが見せたので、九十九くんは丁寧に補足してくれた。


「昨日片付けを忘れたから朝やった、と言っていた。朝の活動は、本来予定されていたものではなく、美術部全体の活動かどうかも怪しい」


「というと?」


「先輩一人だけ忘れて、一人で作業していたのかも知れない。であれば、教室までは上履きを履いたまま、一人で移動するしかない」


「んー、確証は?そうじゃないかも知れないよね」


「違っていてもいい。上履きを脱いで、友人に渡したのは教室だというのは、多分間違いない」


「どうして?」


「そうすれば、先輩は昼休みまで動かなくていい」


 二年生の教室での最後の九十九くんの姿を思い出して、私もようやく会話に混ざる。


「そういえば、移動教室があったか最後に聞いてたね」


「ああ。午前中の授業に移動教室はなかったらしい。もし移動教室があったり、教室に行く前に上履きを脱いでいたりしたら、今回みたいなことにはならないだろう」


「その辺よくわかってないんだけど……」


 進藤くんの胸中は疑問符でいっぱいだ。もどかしそうに九十九くんを急かす。


「移動教室があったならもっと早く回収していたはずだ。靴下のままじゃ歩き回れないからな。教室に行く前に脱いでいたなら、昼休みに小川がそうしていたように、来客用のスリッパを履くなりして、回収は昼休みになっていたはずだ」


「なるほど。小川さんの上履きが間違って回収されてしまったのは、四限目の授業中だった。それはその時間である必要性があったからで、他の条件ではそうはならなかったんだね」


 やっと得心がいった顔をする進藤くん。


 ただ、私にはそんな理屈よりも、気になってしまうことがあった。


 私は、小川さんが自分の上履きを取り戻すまで、小川さんが来客用のスリッパで昼休みを過ごしていたことに気がついていなかったのだ。


 上履きを探すよりも、犯人に憤るよりも、私がまず最初にするべきだったのは、小川さんにスリッパを持っていってあげることだったのではないか。


 私が本当に、小川さんのことを考えていたのなら。


「じゃあ、その――」


「大丈夫か」


 進藤くんの声を遮って、九十九くんが言った。その視線は私に向いている。


「あっ、ごめんね、勝手に進めて。何か整理がつかないところがあった?」


 進藤くんもこちらの様子を窺う。考え込んでしまったため、心配をかけてしまったようだ。


「ううん、ごめん、大丈夫。続けて」


「気になったところがあったら何でも言っていいからね」


 優しくそう言う進藤くんを横目で見る九十九くんの目が、答えるのは俺なんだが、と言っているように感じられて、気が安らぐ。


「うん、ありがとう」


 反省は全部把握してからでいい。今はちゃんと、話を聞かないと。

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