第6話 小川咲希先輩
目的の教室についた。上級生の教室など、職員室よりも行く機会が少ないからか、さっきより緊張してしまう。
うちの学校で学年ごとに色分けをしているのは二つ。校章と、セーラー服のリボン。
校章だけなら目立つものではないのだけれど、もう一つが問題だった。上級生の教室に来ると流石に悪目立ちする。小川さんなんて大野さんの後ろに隠れてしまった。
ちなみに、上履きは白で統一されている。こちらも色分けされていれば、今回のようなことは起こらなかったのだろうか。
私が躊躇っているうちに、九十九くんは教室入口側にいた女子の先輩に声を掛け、小川咲希先輩を呼んでもらえないかと頼んでいた。
私も協力するつもりでいたのに、彼一人で済ませてしまうつもりだろうか。
サキー。という間延びした呼び声を聞いて駆け寄ってきたのは、小川さんとあまり変わらない背丈の先輩だった。
私と小川さんの、丁度中間くらいだろうか。
身長にそこまで大きな差はないが、それでも四限目の体育館への移動のとき、一時的に私の上履きを履いた小川さんはやや歩き辛そうにしていた。
この先輩が取り違えているとするなら、違和感を感じたりはしなかったのだろうか。
それとなく上履きを確認すると、更衣室で見つかったものと同じ位置に小川と書かれているのが見える。これが後ろで大野さんに隠れている小川さんのものかどうかは、私には判別がつかない。
「何かね、一年生諸君! もしかしてあれかな、勧誘ポスター見てくれたのかな?」
「違います」
「ええーっ!」
小川咲希先輩は、とても賑やかでリアクションが大きく、わかりやすい方だった。
ころころと移り変わる心の様子が完全に言動や表情に一致している。九十九くんと話しているのを客観的に眺めていると、対象的すぎて温度差がすごい。
「俺のクラスにも小川という子がいて、三階の女子更衣室で上履きを失くしたそうなんですが、そこで見つかったのが別人の物でした。失礼ですが、間違えてはいないですか?」
そういって、九十九くんは小川さんの方を見る。
小川さんは、大野さんの後ろからそろそろと出てきて、更衣室で見つかった上履きを差し出す。
「あの、こ、これなんですけど」
先輩の顔が、サッと青くなったかと思うと、大きな声で即座に謝ってくれた。
「うわーっ!? ごめーん!」
両手を合わせて勢いよく頭を下げる先輩を見ていると、悪意を疑うのが馬鹿らしくなってしまう。
それにしても。
「気が付かなかったんですか?」
口から疑問が零れ出ていた。しまった。また責め立てているように聞こえてしまうかも知れない。
すみません、そんなつもりではなくて、と言い訳をしようとすると、小川さんと上履きを交換する先輩はわかりやすく、ギクリと震えた。
「え、えーっと」
目が泳いでいる。気づいていて黙っていたのだろうか。私の心に黒い影が差しそうになる。
「なにー。サキ、成長期が来たかもって騒いでたの、後輩の小さい上履き履いてたからなのー?」
「うわー! 言わないでよ! そもそも間違えて持ってきたのあんたでしょ!」
後ろから飛んできたヤジに怒りながら、ホントにごめんね、と謝ってくれる先輩。
「いえ、こちらこそ失礼な物言いをしてしまって、すみませんでした」
頭を深く下げながら、反省。私は少し、人を疑いすぎている。特に今日は。
「先輩がご自身で回収したわけじゃないんですね」
自己嫌悪に陥りそうになっていると、九十九くんが先輩に聞いた。質問、というよりは、確認のように聞こえた。
「うん、私、美術部なんだけどね、昨日片付け忘れて帰っちゃって、今朝やってたんだけど、その、バケツを、その」
勧誘ポスターがなんとかと言っていたのは部活のことだろうか。
どうも私が先輩です、とばかりに胸を張って登場しておいて、後輩に自分の失敗を説明させられることになるとは思っていなかっただろう。
もじもじと両手の人差し指を突き合わせて目を泳がす様子を見ていると、なんだか居た堪れない。
「それで、ご友人の方に運搬を頼んだんですね」
「運搬……ああ、うん。濡れた靴下じゃ歩き回れないから、友達に頼んだんだ。女子更衣室の、分かりづらいとこにでも置いて乾かしておいて、って。教室だと乾かしづらいし、目立って恥ずかしいし……」
それじゃあどうして、と聞こうとすると、軽く袖を引っ張られた。
後ろからかと思ったら、隣の九十九くんだった。なんだろう。
「お時間を取らせてすみませんでした。失礼します」
九十九くんはこちらには目を向けず、話を切り上げた。もしかして、止められたのだろうか。
「ホントにごめんね! ちゃんと言い聞かせておくから! あと、美術部に興味があったら是非!」
まだわかっていないことがあるけど、止められてまで無理に聞こうとは思わない。
大野さんもやや不満げではあったが、小川咲希先輩の人柄に毒気を抜かれたらしく、追求する気配は見せない。
一番の当事者である小川さんが自分の上履きが戻ってきたことで安心していたので、私達は大人しく退散することにした。
「すみません、最後に。午前中の授業に移動教室はありましたか?」
最前列で教室に入り、退散時には最後尾となった九十九くんは、最後にそれだけ確認してから教室を出た。
「さて、じゃあハジメ。事件を最初から整理するけど――」
ずっと静かにしていた進藤くんがこの時を待っていたとばかりに話し始めた。と、同時に、チャイムが鳴り響く。
昼休みが終わった。
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