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世界が灰色に見えていた―という表現はさすがに詩的というよりは、陳腐すぎるだろうか。でも言わんとしていることは分かると思う。僕は毎日に退屈していた。辟易していた。小学生から中学生、そして高校生になった今年の春まで。
なぜ退屈だったのか?
勿論周りのせいだ。周りが僕よりも劣っているから、僕を理解することができないから、だから退屈なのだ。だから独りなのだ。全部が低レベルで底辺。僕にまるで釣り合わない。
―そう、思っていた。つい数か月前までは。
地元でトップの進学実績を誇る進学校である数津高校に入学して。そして気づいた。僕がとんでもない間違いを犯していたことに。愚かにも今更、すべてが手遅れになってしまってから、気づいたのだ。
全ては僕の責任であったことに。本当に劣っていたのは僕だったということに。
周りを見れば僕より数段上のレベルのやつがごろごろいる。僕は結局のところ井の中の蛙に過ぎなかった。ただただ狭い井戸の中で慢心して、傲慢になって、それゆえの孤独をあまつさえ他人のせいにする目も当てられない愚か者だった。
「駄文ね」
僕が記した文字の羅列を、まるで生ゴミでも見るような目つきで見下ろしながら、先輩はそう言い捨てた。
「主語が抜けてるし『てにをは』もなってない。一文一文が冗長的過ぎて内容が頭に入ってこない。これ本当に人に読んでもらおうと思って書いてる?物書きは自慰行為のための道具じゃない。自分じゃなくて、人を慰めるために書くものでしょう?それができないのなら、今すぐ退部してもらった方がマシよ。小説なんて今時どこでだって書けるし、読んでもらえるもの」
「・・・・そうですか。書き直します」
「言い返さないの?」
「ええ。その通りですから。反論の余地はありません」
「そう」
一つため息をついてから、彼女は『駄文』が収められた俺のパソコンをこちらに押し戻した。それからおもむろに制鞄を開き、文庫本を取り出してページを手繰り始めた。僕はその一挙手一投足を、ひそかに、それでいて目に焼き付けるようにしっかりと観察していた。
先輩は美人だ。可愛い。こんな零細部活にいるのが不思議なくらいには整った顔立ちをしている。そこら辺のインフルエンサーくらいには映える顔をしている。
僕がこの部活―文芸部に入ったその理由は、一重に彼女が部長だったからだった。文章を書いた経験など、課題の読書感想文やらレポートやらでしかなかった。文学に対する造詣が深いわけでもなかった。
しかも部員は彼女一人だという。最高だ。入らない理由がない。美人な先輩と二人っきりの空き教室。差し込む夕日。微かな風に揺れる先輩の長い黒髪。それを抑えるきめ細やかで繊細な白い指。見かねた僕が窓を閉める。ありがとうと言ってほほ笑む彼女―青春だ。誰もが思い描く、甘酸っぱくて儚い青春だ。
そう。儚い青春。夢物語だ。
現実は、まったくもって別ベクトルに物語を進めていった。
見学に行くなり「嫌い」だと堂々たる宣戦布告をされ、それでもめげずに入部すると汚物を見るような目で見られ、無視され、帰り際にようやく喋ってくれたかと思えば。
「ここ以外で私と極力関わらないで。見ないで。話しかけないで。もし教室に来たりなんかしたら殺すから」
思いっきりくぎを刺された。
一体全体なぜ彼女が僕の事をこんなにも嫌っているのか。さっぱり分からない。正直言ってかなり理不尽な仕打ちだ。もはや苦行だ。
でも心のどこかで、この扱いを妥当だと思っている自分がいる。俺みたいな人間が、少なくとも彼女と仲良く、和気藹藹としゃべることができるような関係になるよりかは妥当だと、そうも思える―思えてしまう。
だからきっと僕はこの部活での活動を続けるだろう。どれだけ罵倒されようと蔑まれようと、拒絶されようと。そのドアのカギを閉められてしまうその時まで。
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