第9話 専攻
高校までは決められた時間割をこなしていたが、大学は自分の好きな講義をとっていくスタイル。全くの自由ではないが必ず必修科目・専門科目・一般科目のなかから好きなのを選べる。
建築といっても細かく専門が別れている。ほとんどの学生は建築の何がやりたいかがわかって入学してくるものだが、私はまだ決めてない。。。。。。実家は建設業と構造設計事務所。構造設計はデザインされた建物に強度を付加する設計。なので直接デザインはしない。ひたすら計算する感じ。建築を分類すると【意匠】・【構造】・【設備】。この三つが融合して建物ができる。
【意匠】建築デザイン、建築史
都市計画、建築物のデザイン。
町並みや建物の形を作り出す。
【構造】構造、材料研究
建物の強度を計算し決定する。材料と施工方法の選定と決定と確認。
【設備】水設備、電気設備、空調設備
電気、水、空調などあげるときりがないが、建物のなかの設備の設計。
オリエンテーションの翌週は各講義の説明期間になり、担当教員から講義の説明を受ける。講義は一コマ90分で1日の枠は4~5コマ。月曜~土曜で30コマ。1コマ=1単位。卒業するには約130単位必要。講義のなかには一つの講義で単位を2つくれるものなどもある。
講義を決める他にも色々準備をしなければいけない。教科書、PC、製図道具。大学の生協で全てそろうがなんせ高い。全ての教科書代で10万弱。PCもノートとデスクトップ2台。製図道具は2~3万。ドラフター(製図台)も必要になったら更に15万弱。
部活サークルの勧誘期間は今週いっぱいまで。ヨット部のブースに藤井さんを見つけた。藤井さんは建築学科の4年で相田研究室、建築意匠専攻。履修講義の相談にのってもらうことにした。
「藤井さん、少しお時間いただけませんか?」
「いいよー、講義のこと?」
「ありがとうございます。実はまだ専攻を決めていなくて自由選択の専門の講義をどうしたらいいかわからなくて。」
「実家は構造だったよね?構造じゃなくていいの?」
「親に相談したら、構造は必修なので先攻は好きなの選んでもいいといわれて。」
「大変だねー。建築の専門の分類の説明は受けたよね?興味もったものある?」
「建築史と材料工学です。」
「うわ、意外。建築史はなんかイメージ通りだけど、なんで材料工学なの?コンクリートこねて汚れたり、実験はハードだよ。実験終わったらデータの解析とか。その専門は十和田教授だけど大丈夫?鉄筋・鉄骨なら大和助教授だけど。」
「建築史はどなたなんですか?」
「三宅教授か相田教授かな。」
「専門決める前に、一度研究室見に来る?いろんな研究室見てみたらその研究室の雰囲気わかるだろうし。今日の午後は時間ある?」
「午後は一般教養の講義の説明ですが、出なくても大丈夫ですか?」
「一つアドバイス!全ての講義を全力だと疲れるよ。一般教養は適当に流して単位だけ取れればいいものって考えると楽だよ。」
こういうアドバイスはありがたい。週6日朝から夕方まで講義ばかりになりそうだから、気楽に受けれる講義は貴重だ。
「アドバイスありがとうございます。午後お願いします、連れていってください。あと一つ聞いてもいいですか?」
「うんいいよー。なに?午後の件は一応教授の了解とっておくね。相田教授喜びそうだわ。」
「お手数かけてすいません。小耳にはさんだんですけど、研究室入る時は成績順だって。」
「そうだよー。意匠と構造はハードル高いのよ。」
「え、ここでも競争なんですね。勝てる気がしません。」
「成績順もそうだけど、担当教員が選ぶから一概にそうともいえないんだよね。」
「なるほど。」
「ひろちゃんはどこでも入れると思うよ。なんといってもおじいちゃんの名前がビックだから。」
「それじゃ、裏口入学ですよ。」
「研究室は就職にもかかわってくるから、受験なんかより過酷だよ。あれ知らなかった?」
「知りませんでした。」
「就職は考えてる?」
「父が決めると。」
「さすがお嬢。もしかして就職先とかもう決まってる?」
「はい、決まってます。TG設計事務所に。」
「え、え、え、マジで?超一流じゃん。」
「おじさんが昔から家族ぐるみで仲良くてなんかそうなりました。アルバイトもここです。」
「うへー、うらやましいわ。俺はそこ入りたいんだよ。」
「すごいところなんだって知りませんでした。」
「でもそれだと意匠設計の事務所だから、意匠を専攻にしたほうがよくない?」
「それは大丈夫です。おじさんにも好きなのを選んでもいいと言われてます。」
「あーー、マジで羨ましい。建築界のお嬢はいいなー。今度就職の面接受けるんだけど、そのおじさんによろしくって言っておいてよ。」
「言っておきますね。受かるといいですね。」
「冗談だよ、そんなことしなくていいよ。」
「でも藤井さんが先に入っててくれたら私が心強いから。」
「そうなったら、楽しそうだけどさ。いかんせんその事務所はエリート集団だから、俺が最終面接まで残ったのは奇跡なんだよね。」
「就職って大変なんですね。知らなかった。」
「ひろちゃんは推薦組?」
「そうですよー。」
「受験ってしたことあるの?」
「中学受験だけしたことあります。」
「なるほどねー。」
「藤井さんは大学は受験組ですか?」
「そうだよ。第一志望落ちてここに来た。相田教授いるから。」
「え、そこにいる先生とか見て大学選んだんですか?」
「そだよ。恐らく建築の学生時代の半分は大学の名前じゃなくて指導教員で選んでると思うよ。」
「私だめですね。何も考えてなくて。みんな自分のこと真剣に考えてるのに。」
「ひろちゃんはいいんじゃない?自分で考えたくてもお父さんがさせなかったんだし。親に進路決められて辛い思いもしたし。親の言う通りにしたんだから、だったら何も考えないで今は好きなこと選べばいいよ。とお兄ちゃんは思います。」
(人生決められてるって辛いだろうな。自由がないよな。)
「そう言っていただけると嬉しいです。」
「そういえば、ヨット部のこと決めたって聞いたけど本当にいいの?山ちゃんは全部話したっていってたけど。」
「お話は全部伺いました。友人のヨット部の人にも話を聞いてみましたし。それで入部を決めました。」
「少し嫌なこと言うけどごめんね。山ちゃんと付き合っていてもそれは部に全く関係ない事はわかってる?」
「わかってます。恋愛はかえって邪魔になることもわかってます。」
「よし!ひろちゃんの方がわかってるな。次に授業とヨットの両立は想像以上に厳しいよ。それに加えてバイトもしなければいけないし。そこはどう?」
「ヨット部のことは親に相談したんです。授業を休むこと、費用のかかること。父に反対されると思っていたんですが、大学を4年で卒業するなら何やってもいいと言ってくれました。費用も心配しないでバイトもしなくていいと。進路を強要したことへの罪滅ぼしだって。」
「マジかー。親が反対するもんだと思ってたよ。金出してくれるってよかったね。学費なみにかかるって親にはいった?」
「言いました。それぐらい大丈夫だからって言われました。バイトは部に入らなくて禁止だとも言われました。カナシイ。」
「バイト禁止かー。強制バイトの話は知ってる?」
「なんですか?」
「部で大きなお金が必要になったら、みんなで同じバイトをするの。絶対参加なんだけど。これはどうしようかねー。」
「参加はできませんが、自分の分は支払うのではだめですか?」
「お金ためなんだけど、共同作業も大事なことなんだよね。これはひろちゃんが入部するまでにこっちで解決しておく。OBはうるさく言うけど、石川先生に了承とれば済むことだしね。」
「最後にもう一つ。運動は今までやってた?」
「やってました。中高は硬式テニス部でした。」
「やってたんだね、その部はどんな感じだった?スポコンって感じ?強かったの?」
「バリバリのスポコンです。東京だと強豪でした。」
「部員の数とか成績はどうだった?」
「部活は中学高校合同で120人強で、公式戦の団体では東京都ベスト4、公式戦個人は東京都ベスト16、その他非公式の大会だと準優勝です。テニスで推薦とれたようなもんです。」
「嘘でしょ?ガチでテニスやってたの?テニス推薦?どゆこと?」
「ガチですよー。テニススクールも行ってましたし。私、運動神経は自信あります。推薦の条件で、打ち込んだ部活があり生徒会などの活動をしていればなおよしと。」
「信じられないわ。運動してるイメージがないよ。生徒会とかやってたの?」
「うちの体育会テニス部とかじゃなくていいの?」
「昨日主将の方と試合をしたんですけど、ちょっと残念で。なのでテニスはもういいかなーって。高校のテニス部は一番人数の多い部活で、テニス部の部長は運動部長と生徒総会会長も兼任するんです。なので生徒会もやってました。」
「どうせ運動やるなら、極めるのが私の主義なのでどんなに辛くても大丈夫です。」
「お見それしました。テニスのこと山ちゃんは知ってる?」
「話してないから知らないと思います。」
「山ちゃんに自慢しよう~。」
「ひろちゃんて面白いこだね。ただの世間知らずのお嬢だと思ってた。」
「世間知らずなのは大当たりです。色んなお話ありがとうございました。そろそろ次はじまるので行ってきます。」
「午後のこと後で連絡するね。バイバイー。」
次の教室は一番奥の校舎の5階。校舎は全部5階建でエレベーターは健常者は使用不可。女子トイレは各校舎に一つしかなく個室が二つ。絶対数が足りてないために、いつも大変混雑している。授業間の移動時間は5分で、トイレ行ったら絶対間に合わない。
女子学生が少ない為トイレが少ないのは仕方のないことだが、遅刻も評価対象の講義が結構あると考えるとこのままじゃ不味い気がする。履修登録と一緒に出す、要望質問書にトイレと移動時間のことを記入することにした。
「順ちゃんは講義決めた?」
「ひろ、講義よりヨットどうするの?」
「ヨット部入ることにした。」
「山岸先輩いるから?」
「それもあるけど、体育会には入ろうと思ってたから。それに活動がこの大宮キャンパスの部は自宅通学の私には辛いしね。江ノ島、葉山なら家から小一時間だしね。条件がいいんだよね。」
「そうなのね、決めたのね。」
「藤井先輩も好きだし。同じ建築の先輩がいるのも心強いしね。」
前に座っていた相沢君がふりかえった。
「斎藤さん、藤井先輩が好きって今聞こえたんだけど、山岸さんはどうしちゃったんですか?品田が聞いたらまた大騒ぎになりますよ。」
「そう言うことではなくて、さっき少し話をしたのよ。講義のこと、研究室のこと、就職のこと、ヨットのこと。藤井先輩は話しやすいしなんか安心感あるんだよね。」
「それなんかわかるよん。私もそう思う。」
「順ちゃんもそう感じるんだー。仲間~。」
「相沢君は部活決めた?私はヨット部に決めた。」
「俺もヨット部に入部届け出したよ。あと鳴川と品田も。」
「相沢君と鳴川君はわかるけど。品田君はゴルフ部
っていってたよね?」
「そんなの斉藤さんいるからに決まってるじゃん。順ちゃんはどうするの?」
「迷ってるんだよねー。私は運動したことないからさー。ひろは見かけによらず運動すごいし。私でもついていけるのかなーって考えちゃうのよ。部費のことも心配だし。」
「順ちゃんよかったら俺がやってるバイト一緒にどう?ホテルのウェーターなんだけど時給すごくいいよ。一流ほてるだし。」
「相沢君、それやる!!!!!本気で聞いておいてよ。」
「了解、任せて。斎藤さんもよかったらどう?」
「ありがとう、でもバイト禁止なの。」
「でもひろやってたよねバイト。」
「あれは父の友人のとこだから。真面目にやってないし。行きたいときに行くだけ。」
「それ、遊びに行ってる感じじゃん。どこ行ってるの?」
「TG 設計事務所だよ。就職もここに決まってる。」
「ヤバイわ、、、ひろ、その事もう話さない方がいいよ。ひろはよくわかってないけど、建築意匠やってる学生の夢の就職先なんだから。本気で妬まれるわよ。」
「斉藤さん、順ちゃんのいったことは守った方がいいよ。男の妬みは女以上にひどいから。でも羨ましいなー。」
「私からすれば自分で自由に会社名選べる方が羨ましいけどな。」
「ひろは一見恵まれてるけど、誰よりも縛られてるからなー。その縛りのことみんな知らないからね。でもよくあんたの親がヨット許したね。」
「その縛りの罪滅ぼしだって。」
「なるほどねー。よし決めたわ。私もヨット部入る。プレイヤーだめならマネージャーになればいいし。」
「順ちゃんいいの?私泣きそう。」
「なんでひろが泣くの。あんた一人で男子ばっかのとこ心配だし。外から心配するぐらいなら当事者になっておくわ。」
「順ちゃん男前。ヨット部入部する人増えそうだわ。女子ツートップが入るんだから。」
「彼とも上手くいってないし、他の大学のヨット部の男子でも見つけるか!」
「順ちゃん爆弾発言。私一人知ってるから紹介しようか?幼なじみみたいな人なんだけど、かっこいいし何より優しいよ。」
「ひろは友達多いねー。ちなみに大学はどこ?」
「K大学。」
「スペックいいじゃん。」
「淳介くんも彼と仲良しだよ。」
「わくわくしてきたー。ナイスひろ!」
さっきからスマホが元気に震えてる。たぶん藤井さんか淳介くんだろう。階段教室の後ろの方なのでスマホをいじっても大丈夫だが少し回りの目が気になる。
「ひろのスマホ忙しそうだけど、見なくて平気?誰からかは見なくてもわかるけどね。」
「そう言う風に言わないで。」
LINEを確認すると藤井さんから午後の見学は許可が出たと。順ちゃんも誘っていいと。あとは淳介くんと品田君。淳介くんは午後一緒に来てくれて、順ちゃんが来るなら藤井さんが乗せてってくれると。品田君はと、、、、、。あ、これは、、、、。
「順ちゃん午後暇?よかったら藤井先輩が研究室見学させてくれるっていってるんだけどどう?午後の講義は一般教養だし。」
「いいのー?いくいく。」
「お昼食べたら出発で、現地までは藤井先輩が順ちゃん乗せてってくれるって。私は淳介くんとこに乗る予定。」
「いつの間にこんなことを計画して。でも嬉しい。」
「午後のことはこれでよし、実は品田君からLINEが来てて。諦めるために一回デートしてって。正直嫌なの。のろけとかじゃなくて、男性と二人きりは怖いんだよね。淳介くんは不思議と平気だったんだけど、普通近寄られると体が硬直するんだよ。この先の付き合いもあるしさ。どうしたらいいと思う?」
「簡単だよ。全員と仲良くなんてできないんだから、自分の気持ち伝えてそれで関係が崩れるならそれまでだよ。自分のことわかってくれる人がいればそうじゃない人がいてもいいじゃん。今後クラスで気まずくなっても私とか高見とかいるし。いいんじゃない?もっと自分の気持ち言ってもいいんだよ!」
「ありがとう、そうだよね。なんか肩の荷が降りた。品田君には気持ち話してみる。」
「だからあんたはほっておけないんだよ。」
LINEをまた受信した。
『キャンパス散歩しない?ヨット部のブースにいるね。』
順ちゃんと相沢君に声をかけて席をたった。校舎を抜けると順ちゃんから電話がかかってきた。
『ひろ、品田が追いかけてったからはやく山岸さんとこに。山岸さんには相沢君が連絡してくれたから。』
(怖い。どうしよう。)
電話をきって急いで走り出した。追いつかれませんように。いきなり腕をつかまれ思わず悲鳴をあげてしまった。
「大丈夫?ひろ。」
「よかったー淳介くんか。」
「相沢が連絡くれて、いいからすぐ迎いにこいって。なんかあったの?」
品田君からのLINEを見せた。
「ひろはどうしたいの?」
「断りたいの。でも伝えるの怖くて。」
「俺が言うのは簡単だけど、品田はひろの口から聞きたいと思うよ。言う時ははなれたとこで見てるから大丈夫だよ。二人きりが怖いんだよね?」
「うん怖いの。LINEじゃだめかな?」
「LINEや電話だとまた同じことあるかも。顔見て話した方がいいよ。今品田そこにいるから、呼んでくるよ。」
「うん。ありがとう。」
淳介くんは引き返しはじめてた品田君を追いかけていった。なにか二人で少し話をしたあと、こっちに歩いてきた。
「LINEごめんね。教室でて急に走り始めたの見てなんとなくわかったよ。」
「ごめんね。逃げて。私ね、男性が怖いの。みんなでわいわいとかは大丈夫なんだけど、二人きりとかだめなんだ。だからデートの話はごめん無理です。」
「なんかそうなのかなーって感じてはいたよ。男性が怖くても山岸さんが大丈夫なのもよくわかった。特別なんだね山岸さんは。」
「うんそうなの。」
「もうこういうことしないし、言わないから安心して。諦めついたよ。友達でいるのはダメ?」
「友達でいてくれるのは嬉しい。ありがとう。」
「任せて、斉藤さんが怖い思いしないように俺も協力するから。山岸さんにもいっておくわ。怖い思いさせてごめんね。」
「これからよろしくね品田君!」
「斉藤さん、視線がすごく痛いのではやく山岸さんとこ行って。」
品田君はまた淳介くんと少し話をして教室にもどっていった。
「大丈夫そうだね。」
「品田君わかってくれたの。」
「勇気だしてよかったじゃん。」
「そばにいてくれてありがとう。」
「今日の午後ごめんね、付き合わせて。」
「忘れてた、藤井さんから連絡きてびっくりしたよ。二人で行こうと思ってた?」
「思ってないよ?どうして?」
「おれのLINEにはお前を午後借りるからって。」
「なんだそれ。」
「おどろいて慌てて電話したら研究室の話で。車でちょうど来てるから一緒に行ってくるって。そのあと飯でも食って送るからって。それってデートじゃん。」
「デートって。ただ先輩が後輩の面倒を見てくれてるだけなんじゃないの?淳介くんと付き合ってるのも知ってるし。」
「ひろは甘いな。藤井さんって人に興味持たない人なんだよ。あたりはマイルドだけど、誰かのためにとか動く人じゃないの。言い方変えるとすごく冷めてる人。」
「じゃたまたまー私と気があったんだね。」
「そう言うことじゃなくて、ひろに気があるの!」
「勘違いでしょう。」
「確認したからさっき。直接聞いたから藤井さんから。」
「信じられないなー。」
「藤井さんはひろの外見より、必死にもがいて考えてる姿がいとおしいって。あとはっきり俺言われたけど、ひろのことあきらめないって。」
「うーん。でも藤井さんがどう思っても私は淳介くんがいいから、それじゃダメなの?」
「お前ずるいな。それ反則だわ。もうなにも言えなくなるじゃん。」
「藤井さんのこと素敵だって思うけど、先輩としてだし。お兄ちゃんみたいだなって。」
「ひろと関わった人はみなひろのこと好きになって気が休まらないんだけど。どうしてくれるんだよ。」
「ほっぺなでなでしてあげようか?」
「あーまたそういうこと言うし。明日は1日イチャイチャ決定ね。」
「勝手に決めないでよー。」
「話はかわるけど、仲のいい生協のおばちゃんが彼女見せろっていってて。後で一緒に行ってくれる?」
「かまわないよ。」
「意外だな、生協のおばさんと仲よしなんて。喉かわいたから今から生協いかない?」
「行こうか。でもちょっと遠回りしてもいいかな?」
「いいよ、何で遠回り?」
「勧誘ブースの人が更に増えたの気づいてた?」
「そう言われればそうだね。でもなんで?」
「お前と順ちゃんのせい。土曜日の勧誘初日で噂が広まって、本キャンパスの3年4年もこっちに来たんだよ。土曜日はヨット部のとこのパーティー行ったのも噂で広がって、他の部もお前達誘おうと必死になってるのよ。」
「勧誘の時は上級生はあまり来ないの?」
「部員獲得必死じゃなかったら来ないね。来ても初日だけとかよ。藤井さんがずっと来てるのは異常だよ。他の4年の人いないじゃん。」
「藤井さんって東京の人?」
「東京だよ、たしかG星だったかな?」
「なんとなくわかる。お坊っちゃまに見えるもん。淳介くんと藤井さんはコンビ組んでるんでしょ?なんか雰囲気にてるよね。」
「四六時中一緒にいるからにてくるのかもね。藤井さんと俺が今のヨット部の財布になってる。」
「なるほど。」
「藤井さんはGWで引退で、次の財布はひろだな。」
「なにそれ?私はお金ないよ。バイトもしないし。」
「本当にバイトはしないの?さっき藤井さんからも聞いたけど。」
「うちはバイト禁止だから。ヨットのお金は出してくれるって。」
「それっていくらでもってこと?」
「そうだよー。よく考えれば通学往復六時間弱じゃバイトする暇ないんだけどね。うちは遠いから。」
「お父さん進路のこと勝手に決めたけど、それ以外は寛容だね。溺愛されてるんだね。」
「父と祖父母は私のこと溺愛してる。」
「バイトしないんだと小遣い貰ってるの?」
「そだよー。金額は決まってないけど、欲しい時にもらうの。」
「欲しい時にって欲しいだけくれるってこと?」
「そうそう。」
「ヨット部入ったら、お前あまりお金は出すって言わない方がいいかも。みんなあてにするし。」
「困った時しか頼みたくないから大丈夫だよ。」
体育館、テニスコート、グラウンドを抜けて生協の建物馬でやって来た。大宮キャンパスはものすごく広く、体育館脇には立派な桜並木もあった。
「いたいた、あのおばさん。ババア連れてきたぞ!」
店内はまだ授業中のせいか閑散としていた。バックヤードの扉の前でおばさん二人が話してた。
「うわー、この子か。まさかって思ったけど。」
「はじめまして、建築一年の斉藤弘子です。」
「はじめまして、目黒です。私あなたのこと学生証発行の時に見かけたの。お父さんと来てたよね?」
「はい、父と来てました。」
「土曜日からすごいかわいい子がいるって噂になってて、あなたのことだと思ってた。だけどねー、淳ちゃんの彼女になったとは。早すぎない?まだ大学はじまって数日だよー?」
「ババアうるさい。余計なこと言うなら帰るわ。」
「ごめごめ、斉藤さんはこんな奴でいいの?」
「マジでいらっとするわ。」
「淳ちゃん照れてかわいい。おこちゃまですねー。」
「からかうならジュースおごれよ。」
「特別に奢ってやる!そのかわりもう少しつあってね。」
「淳ちゃん実のところ大変なんじゃない?斉藤さんいいにくいからひろちゃんって呼んでいい?」
ヒロは小さく頷いた。
「そうなんだよ、他の男子がすごくて。特にうちの大学に来るような子じゃないじゃん。みんな目の色かえてさー。」
「そだよねー。そこそこかわいい子は今までもいたけど、女優級だもんねー。大学はじまってから学生がひろちゃんの話してるのよく聞くし。それよりなんで付き合ったの?」
「なんでババアに言わなきゃいけないんだよ。」
「知りたいじゃん。教えてくれたら淳ちゃんの黒歴史黙っててあげる。」
「淳介くんの黒歴史教えてください!」
目黒さんはニヤニヤとした。
「脅迫じゃん。俺が一目惚れして強引にお願いしたんです。」
「うわ、犯罪者。」
「そういう風に言うなよ。」
「まーおめでとう。淳ちゃんしっかり守ってあげるんだよ。うちの大学変なの多いし。」
「土曜にも山岳部の奴らがこいつ無理矢理つれてってさ。ひやひやしたよ。」
「それ、学生課にも連絡入ったらしいよ。課長いってたよ。問題になってるって。」
「そんな大事にしなくても大丈夫ですよ。」
「たまたま、どっかの教授が見てたんだってよ。今週からは学生課の人がパトロールしてるよ。」
「それなら安心ですね。よかったです。」
「ひろちゃんなんかあったら、こことか学生課とかに逃げるんだよ!遠慮しなくていいから。」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです。本当はちょっと怖いんで。」
「淳ちゃんにはもったいないなー。」
「うるさい!ババア約束通りジュース2本もらうからな!」
「お忙しいところすいません、それでは失礼します。ジュースありがとうごます。」
そう言われてみると勧誘ブースはすごい人だった。サッカーコート位の広さに、各団体ごとにテーブルと椅子がおかれ、それを囲むように人がいる。淳介くんと一緒でもすごく声をかけられる。見かねた淳介くんは肩を抱き寄せて歩きはじめた。
「ごめん、ビックリしたよね。でもまわり煩すぎるから。ちょっと我慢して。」
「みんなこっち見てるよ。」
お陰で誰も話しかけて来なくなったが、冷やかしの声が酷くなってきた。
「うるせーな!」
淳介くんが大声でいった。よりによってヨット部のブースの近くで、一斉にヨット部の人っちがこっちを見た。
(恥ずかしい。)
「とうとううちの王子が切れたか。」
さらっと藤井さんが言った。
「しつこいんですよ。」
「そりゃそうだ。それぐらい許してやれよ山ちゃん。」
「無理です。」
「あれだな、4年の俺とかだったら手を出してこないけど、自分より下級生だと遠慮ないしな。体育会あるあるだな。」
「キスでもしてやろうかと思いましたよ。」
「なんだそれ。山ちゃん相当心配なのね。」
「みんなの前でそんなことしたら大学やめます。よく覚えておいてください。」
「ひろちゃん怒んないであげてね。山ちゃんはすごい心配なんだよ。二人が話してた付き合ってるのにんちされたらだいぶ落ち着くと思うけど。」
「そうだ!藤井さん研究所のことありがとうごます。順ちゃんもぜひ参加したいとのことなのでよろしくお願いします。」
「全然大丈夫だよー。相田教授が待ってるねーって言ってたよ。あと見学の了解得た研究室はね、石川研、十和田研、藤井研、南野研。意匠と構造と設備かな。」
「藤井研と南野研は?」
「藤井教授はおじいちゃんと知人だったらしいよ。南野助教授はおじいちゃんの授業受けてたんだって。この二人変人だからね。よく了解とれたと思うよ。十和田教授なんか、うちだけ見ればいいだろうっていってたらしいよ。」
「なんか緊張してきました。」
「大丈夫だよ。ところで山ちゃんは研究室決めてる?」
「まだなんも考えてないですよ。」
「ひろちゃんが就職まで決まってるのは山ちゃんしってる?あとバイト先も。」
「いや知らないでけすけど。ひろ、決まってるの?就職先。」
「まだ話してなかったよね。就職先もバイト先も同じで、TG設計事務所なの。」
「え?すごいじゃん。」
「俺も聞いてびっくりしたよ。すごいよね。山ちゃんには悪いけど最終面接通ったらおれ将来同僚だから。イエーイ。」
「そんな面接落ちてしまえ。」
「親は大学院と博士過程に行ってもいいともいってるんですけどね。まだ何も考えてないですけど。」
「俺は卒業したら親父のとこ入るからな。藤井さんと同じとこってなんか引っ掛かるなー。」
「まだわかんないし。弟が建築学科行けたら私は好きなことできるから。建築やらないかもしれないです。CAになってるかもだし。」
「ひろちゃんCA似合いそうー。でも建築学科でてCAとかもったいないね。」
「お昼ご飯どうしますか?順ちゃんもそろそろ来ます。」
「早めに学食いっておこうか?席混むし。順ちゃんはここ来るんだよね?」
「はい来ます。」
「じゃー二人で先行ってて。」
「了解です。」
勧誘エリアをもみくちゃにされながら抜けようとした時、淳介くんがボソッと話はじめた。
「俺、大学でたら2~3年間アメリカ行かないといけないんだ。これは決まってるんだ。」
「そうなんだ。修行ってこと?」
「先のことだけど、最低2年間待っててくれる?」
「その時まで一緒にいるかわからないけど、一緒だったら待つと思うよ。待つしかないじゃない。」
「そだよな、3年後の話だしな。」
「先のことはわからないから考えるのやめようよ。」
「家のことでなんか話してないことあったかなー?ひろはある?」
「あー、一つあるかも。」
「車の時話すね。」
「気になるから今話してよ。」
「深く考えないでね、約束してくれるなら話してもいいけど。」
「わかったよ。」
学食はまだ混んでなかった。一番奥の10人座れる席についた。
「先に買いにいく?」
「みんな待とう。それよりさっきの話、話して。」
「GWにお見合いするの。」
「なにそれ。」
「本当になにそれだよね。私も嫌だもん。」
「親関係の付き合いとか?」
「今回は父ではなく母なの。うちの母は持病があって、長期入院よくするんだけど。母の主治医が私を見初めて正式に仲人たててお見合いすることになったの。」
「それ大丈夫なの?」
「父は反対してるけど、母にはなにも言えなくて。でもいろいろ条件つけたんだ私。」
「何条件って、条件あえば結婚するってこと?」
「違うよ、結婚したくないから条件つけたの。」
「それで条件って?」
「まず大学卒業するまで待つこと。四年後の返事でもいいこと。大学時代に他の人とお付き合いしても文句言わないこと。四年待っても必ず結婚する確約はないこと。以上。」
「ひろ、酷い女だな。相手はもちろん年上だよな?」
「高校2年の時から付き合ってくれとか言われてさ、年の差10才で。何度か母親に言われてドライブ行ったけど、嫌で嫌で辛かったし。はっきり断っても聞いてくれなくて。もう少し私が大人になったら自分のよさをわかってもらえる自信があるからって。結局うちの母を懐柔したのです。」
「すごいなその人。医者でそこまでするんだな。まー相手がひろだったらなるわな。」
「なんかすでに新居のマンション買ったって言ってた。あと自分は次男だから同居もないしとか。私はその自信過剰なのが嫌いなのに。」
「その人気の毒だな。」
「淳介くんのことももう知ってたよ。先生。」
「なんでよ、お前が話したの?」
「うちの母が話したらしいの。LINEで絶対に負けない自信があるから恋愛楽しんでねって言われて、いらっとしてもう負けてるのに気づかないんですねー残念。って返しておいた。」
「ひろ、怖いわ。俺も相手されなくなったらそう言う態度とられるんだなきっと。」
「怖いとかいわないでよ。今まで1年半断ってるのにめげないんだよ。気持ち悪いよ。」
「うちの母は私を医者に嫁に出すのが小さいときからの夢だったの。だから母は必死になってるのよ。もうすでに絵画とか買い始めてるし。母は新居のマンション見に行ってるし。」
「ひろのまわりにいる男はみんなハイスペックだな。浅野といいその先生と言い藤井さんといい。」
「藤井さんは関係ないでしょう。」
「藤井さんはアメリカ行くこと知ってるから、会社一緒になったとき狙ってると思うよ。」
「淳介くん考えすぎだよ。3年後だよ。」
「考えすぎかもね。」
「私も卒業の時にお付き合いしてる人いなかったら、就職やめて永久就職でもいいかなって思う時もある。」
「なんか付き合ってなかったらとかイラっとする。先のことだってわかってるけどさ。」
「なので強制参加なお見合いなのです。」
「お父さんは反対派なんだよな?」
「そだよー。これに関しては私の味方。」
「今週末絶対挨拶行くから。」
「うちの母は先生推しだけど、淳介くんも気に入ってるから安心してね。そだ淳介くんのお父さんはGSI大学?」
「なんで知ってるの?」
「私の叔母二人もGSI大学で、母が淳介くんの話したら叔母が知ってるかもって。淳介くんのお父さんも知ってるかもね。世間は狭いね。」
「実は親父も同じこと言ってたんだよね。こりゃ間違いないな。」
「母は淳介くんの身元がわかって、淳介くんのお父さんもしっかりしてるって聞いてから婿予備軍とか勝手に言ってる。ごめんね恥ずかしい母で。」
「うちも似たようなこと両親で言ってるから気にしないで。」
「お見合いはいつするの?」
「五月三日、T国ホテルで。」
「振り袖着るの?」
「そうなのーーーー、気が重いの。」
「着物姿の写真送ってね。合宿中だから楽しみにしてるよ。」
藤井さんと順ちゃん、相沢君がやって来た。
「お待たせー、順ちゃんとひろちゃんのお陰で入部希望者22名!まだまだ増えそう。」
「藤井さん、人寄せパンダ見たく言わないでくださいよ。」
「結構増えましたね。藤井さん人数上限決めた方がよさそうですよね。」
「だよね。合宿所入らなくなるからなー。こんな贅沢な悩みを抱えるとは幸せだ。」
「相沢も一緒に行くことになって、お昼は相沢のバイト先のホテルでしようかって話だけどいい?場所はT国ホテルね。では参りましょうかね。」
「私、こんな格好だけど大丈夫かなー?」
「順ちゃん全然大丈夫。お昼の時間はファミレスとかわんないよ。」
「じゃー安心。」
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