第3話 オリエンテーリング

目覚ましがうるさい。母もうるさい。時計を見るとAM5:15、はやすぎる。とうとう母が部屋までおこしにきた。

「初日から遅刻なるわよー。はやく準備しておりてらっしゃい。」

「はーい。」


 大学の1・2年は大宮キャンパス、家は田園都市線のあざみ野。東京都を横断して神奈川県から埼玉県の通学なので三時間弱かかる。なので家をAM6:00に出ないと1限目に間に合わない。

 大学が決まった時に一人暮らしの話もでた。候補地は大宮キャンパスのまわりと父の会社のある日本橋。大宮キャンパスの方は、

「やっぱり、セキュリティがいいマンションでも住人の学生が男子ばかりは危ないよね。」

キャンパス近くのアパートマンションだと男子学生がそばにいて危ないと却下された。日本橋の方は父が飲んだ時に泊まれるから便利だし、会社から近ければいつでも様子を見れるからと。しかし夜に一人で帰ってくるのは危ないというこで却下に。結局、両方却下。自宅から通学することになった。


 

 午前中は学科の顔合わせで自己紹介したり、教員を交えながらの親睦会。自己紹介では名前・出身校・建築学科を選んだ理由・趣味を話せと言われた。

「はじめまして斉藤弘子です。出身校は都内のKR女子高です。この学科を専攻した理由は、私の意思ではなく父の意思なので私にはわかりません。」

「え!理由がなくて大学まできたの?君は斉藤先生のお孫さんだよね?」

大人しそうな子泣き爺みたいな十和田教授が聞いてきた。他の人は質問なんかされていなかったのに。

「斉藤三蔵のことでしょうか?三蔵ならば祖父です。理由はないです。」

静まり返ってた教室がざわめきだした。三年前に死んだ祖父は建築界では有名な人だった。私も最近知った。

「天国で斉藤先生、おじいちゃん泣いてますよ!」

十和田教授から口調は優しいが嫌味ぽく言われた。頭に血が上ってきたが、ここでむきになったりしても面倒なので、謝ることにした。

「正直な気持ちを伝えたためにご不快に感じた方がいらしたら申し訳ございませんでした。」

その後は何事もなく学生全員の自己紹介が終わった。

  

 自己紹介のあとは教員を交えてグループごとにわかれての懇親会になった。グループは学籍番号順に10人、教員は教授と助教授か助手がいた。たまたま推薦入試の時に話をした品田君も一緒だった。

「斉藤さん、入試の面接の時もお爺さんの話を出されていたよね?」

「うん。」

「なんか嫌そうだけど。俺ならそういうこと利用しちゃうけどなー。コネあるとかラッキーじゃん。」

思わず彼の顔を見てしまった。まったく悪意を感じる表情でなく、優しくわらってた。

「コネかー。考えたこともなかったです。皆さんは建築が好きなんでしょうか?」

様子を見ていた二人が会話にのってた。

「俺、鳴川。俺は早稲田の建築行きたくて一浪したけどだめで、滑り止めだったここにしたんだ。建築は夢だったんだ。」

「相沢です、よろしくね。俺は二浪だから。俺も建築やってみたかったんだ。まだよく建築わからないけどね。」

グループの他の人も徐々に会話に入ってきて小一時間たった頃に教員たちも合流した。教員の一人の相田教授が笑いながら話しかけてきた。50位のロマンスグレー、さすが意匠の先生。垢抜けている。

「建築意匠の相田です。さっきの斉藤さんの自己紹介は面白かったよ。あの時は趣味の話できなかったけど趣味あるの?」

「テニス・バレエが趣味です。」

「バレーボールのこと?」

「踊りの方のバレエです。」

「なんでバレエ好きなの?」

「子供の頃バレエやってたんですが、同じ足首を二度骨折してできなくなって。たまたまチケットもらってボリショイ公演行ったらうまく言えませんが綺麗で感動して泣いちゃったです。それでまた観たいとおもったら好きになってました。」

「斉藤さん好きなことあったんだ、よかったよ。私はお酒かなー。お酒飲みながら人と話をするのが好きなんだよ。今飲みながらだったらいいのにね。」

すこしみんなと話をしたら、この大学も悪くないかなって思えるようになってきた。

「斉藤さんやっぱお嬢様だね。なんかバレエが好きとか、バレエやってたぽく見えるし。お嬢様学校出身だし。俺とは生きてる世界違うなーって。かわいいし、美人だし。そういえば彼氏いるの?」

「彼氏いるのか俺も聞きたい!」

品田君と鳴川君が聞いてきた。私は面食らって恥ずかしくて下を向いてしまった。

「俺、斉藤さん推薦入試の時に見て一目惚れしたんだよね。だから今日は絶対彼氏のことと連絡先聞こうって決めてきたんだ。」

「待てよ品田君。みんなー注目!!!!!!」

「今、品田君は斉藤さんに告白しました!!!!!!!!!!!推薦入試の時に一目惚れしたそうです。」

相沢君が教室中に聞こえるように。恥ずかしくて穴があったら入りたい。他の女子の顔見れない。逃げたい。

「大学の初日で、斉藤さん独占っしようとするのずるいと思わない?なので独占禁止と思う人は挙手して!!!!」

相沢君は挙手を促した。全員挙手の満場一致で品田君は却下された。品田君の告白から私はずっと下を向きっぱなしだった。

(あーーー、帰りたい)

ようやく午前のオリエンテーションが終わり昼休みに。教室を出るときさっき話をした相田教授が呼び止めてきた。

「斉藤さんさっきは話せなかったけど、建築に興味がなくてもいいと思うよ。大学は好きじゃないと学んでいけない場所じゃないしね。大学を卒業するまでには好きか嫌いか、やりたいかやりたくないかわかったらいいんじゃない。十和田教授は君のおじいちゃんの弟子だから、君が入学してきたの相当うれしかったみたい。だから大人げなくあんなこといってしまったんだと思うよ。気にしないでね。」

「懇親会のことも、品田君、相沢君は君を元気付けたくてやったんだと思うよ。君泣きそうだったから。からかわれて落ち込んでるかもしれないけど、こんな盛り上がったオリエンテーリングははじめてだし斉藤さんのおかげかな。ありがとね。」

相田教授に頭撫でてもらったらほっとして涙がでてきた。


 教室をでたら推薦入試の時に話をしたもう一人の知り合い古川さんが待っていた。彼女も都内のお嬢様学校卒業。真っ黒まっすぐのきれいな長い髪で、小柄で目鼻立ちがきれい。なんといっても目が大きくてうるうるしててフランス人形のような子。

「斉藤さん大丈夫?教授にまた何かいわれた?何かいわれたら私が今度言い返してあげるよ。」

彼女は見かけは気が弱そうで守ってあげたくなるかんじだが実際の性格はものすごく勝ち気姉御肌で優しい。初めて話をしたときは外見とのギャップにおどろいてしまったが、気取らず裏表がない彼女と仲良くなりたいと思った。

「教授は慰めてくれたよ。品田君と相沢君も気づかってやったことだから気にするなって。私いっぱいいっぱいでもう逃げ出したかったけど、教授の話を聞いて少しほっとしたんだ。恥ずかしいのはかわらないけど。」

「まったく、無神経だよ。見ててハラハラしたし。でもこれがきっかけでいい友達できたらいいね。」

「うん。」

「お昼どうしようかー斉藤さんお弁当持ってきた?」

「持ってきてないよー。学食はじめてだから食べてみたくて、よかったら行ってみない?」

学食に行くことにした。


 この大宮キャンパスはとても広くドラマに出てくるような立派なキャンパスだった。建築学科があるせいか建物もとても洗練されたデザインで、校舎はコンクリート打ちっぱなしでモダン。学生ラウンジは広々していて学食におかれているようなテーブルと椅子のエリアと居間のようなソファーのブース。学食は平屋で、おしゃれなカフェ。


 学食はお昼時もあってとても混んでいた。食券購入で並んでいると、誰かによばれた。

「斉藤さん、古川さんこっちあいてるよ。よかったら。」

鳴川君だった。あ、品田君と相沢君とあと三人いた。私が返事をする前に古川さんが答えた。

「ありがとー。助かる。」

初めての学食は和風スパゲティセット550円。サラダとドリンク付。思ったより高かった。古川さんは日替わり、今日は豚のしょうが焼き。席は奥の中庭に面してて、混んでるせいか鞄を持ちながらトレーを運ぶのは少し怖かった。やっと席に到着し、食べ始めた。和風スパゲティは残念な味。学食だし仕方ないか。

「さっきは斉藤さんごめんね。相沢とも話してたんだけど悪いことしたなって。場を盛り上げようってしたつもりだけど、本当にごめんなさい。」

「品田の悪のりに俺も便乗して、ごめんね。」

いつの間にか品田君相沢君お互い呼び捨てになってる。仲良くなったんだ。

「うん。気にしないでね。でもメチャメチャ恥ずかしかったからもうからかうのやめてね。」

見かけフランス人形の古川さんがどすの聞いた声で、

「あんたたちわかってるの?斉藤さん終わったあと涙ぐんでたんだよ!またやったら私が許さないからね。」

「本当にごめんなさい。」

品田君相沢君が古川さんの迫力におされて再度謝ってきた。鳴川君のとなりにいる市井君が、

「あのさ、今日はサークルとか部活の勧誘やってるじゃん。よかったらみんなで見て回らない?」

「古川さんはなんかめぼしつけてる?」

「斉藤さんとも話してたんだけど、斉藤さんは体育会がいいっていってて、私は高校は囲碁部で運動したことなくてねー、でも運動部もいいかなとか思ってるんだよね。」

「斉藤さん、男前!!!!!よかったら俺ゴルフ部入るけど一緒にどう?」

品田君はまた強引で。

「お前品田、必死すぎだよ。そろそろ斉藤さんにキモいって思われるぞ。」

「よくいった鳴川君。品田君がそんなに斉藤さんのこと気に入ってるって気づかなかったよ。推薦組は入学までに何度か顔合わせあったけど、そういえばいつもそばにいたわね。それってこういうことだったの?」

「お察しのとおりです。カップル第一号めざすぜ。」

「もういいからさ、恥ずかしいから、私一人で体育会の案内きいてくるね。お先に。」

私は恥ずかしくて席をたった。デザートのチーズケーキ残したままで。食器の返却口も混んでおり並んでいると知らない人に話しかけられた。

「君、学科どこなの?」

「建築学科です。」

「俺と同じだ。俺2年。」

顔も見ずに答えた。

「サークルとか部活もうきめた?」

「まだです。今から説明聞きに行くところです。」

「あーよかった。うちの部のブースよっていかない?」

その時はじめてこの人を見た。

(うわ、すごいきれいな人。)

その人の目から目を離せなかった。男の人をきれいって感じたのははじめてだ。結局その部のブースに行くことになった。何部かも聞かずに。


 
















 


 

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