第6話 「ダンジョンには無限の可能性が秘められている」

「ダンジョンへようこそ」


 石レンガでできた地面と壁。

 先が見えないほど奥まで続く一本道。

 等間隔で壁に街灯がついているが全体的に暗く感じた。

 

 ここがダンジョン。


 俺は緊張しごくりとつばを飲み込んだ。

 

 すると突如目の前に半透明のパネルのようなものが出現した。

 一瞬驚くがすぐに冷静になりそのパネルを見ると文章が書かれていた。


【探検者ネームを登録してください】


「見えているかな?それがウィンドウだよ」


 触ってみようと思ったが一切感触がなかった。

 ただウィンドウは触れたという判定があり入力画面に映っている。

 不思議な感覚だ。


 スマホともまた違う感覚だ。

 俺は考えていた通り【マックス】と入力した。

 登録するとウィンドウを消える。


「登録できた?」

「はい。それにしてもその恰好、どうしたんですか」


 彼女の格好はダンジョンに入る前と大きく変わっていた。

 茶色や白色のシンプルなシャツとズボンで、革でできた胸当てのようなものをつけている。そして腰には1本の剣を携えていた。


「これ?いつもはもっとおしゃれしてるんだけどね。

 弱いダンジョンでは初期装備縛りで攻略してるから」

「初期装備縛り?」

「まっくんも自分の格好見てみ。驚くから」

「え!なにこれ」


 俺は自分の体を見ると彼女と全く同じ格好をしていた。

 ジャージとリュックがなくなっている。


「ダンジョンに入ったらね、格好が自動的に初期装備に置き換わるの。

 勿論武器である剣も渡されるしね。といっても最低品質の銅の剣だけど」

「自動的にですか。なんだかありえない話ですね」


 これかで自分の体にフィットする服を一瞬で着させられる。

 地味だが間違いなく超常現象だ。


「それだけじゃないよ。体を動かしてみて違和感ない?」

「え、特に違和感なんて―――いや……」


 俺は腕を伸ばしたり、ジャンプしたりして軽く体を動かす。

 何も違和感がないと思ったが、それがおかしいことに気づいた。


 違和感がなさすぎる。体の抵抗が限りなく少ないとでもいうのだろうか。

 体を動かすとき、人は誰しも少なからず動かしにくい動きがある。

 体の中を様々な骨や筋肉が密接に絡み合っている以上しょうがないことで、たいていの人は本来動かすことができる可動域より少ない範囲でしか体を動かすことができない。柔軟などでの体の硬さや、老いによる四十肩などがその例だ。


 しかしその抵抗がない。


 思った通りに体を動かすことができる。


 それだけじゃない。

 体に一切疲れがない。

 いつもより遠くまではっきりと見ることができる。


 理論上最高のベストコンディション。


「気づいた?自分の体じゃないみたいでしょ」

「はい。いや、むしろ生きていて一番自由に体を動かす自身はあります」

「このダンジョンでは服装だけじゃなくて体もダンジョン専用の体になるの。

 私たちはこの体を化身体アバターって呼んでるわ」

「アバター……」


「ダンジョンでは体を自由自在に動かすことができるだけじゃないわ。

 体が健康になる。目が悪い人は良く見えるようになり、体の一部を欠損していた人は五体満足の肉体を手に入れる。そしてダンジョンでは死ぬことがない・・・・・・・。まだ検証段階で張るけれど人は寿命を克服できるかもしれないの」


「寿命でも死なないって本当ですか?!それなら体が悪い人は全員ダンジョンに行った方がいいんじゃ……」

「まぁ、そううまくはいかなくて。人が長時間ダンジョンに留まると、モンスターがたくさん生まれて襲い掛かってきたり、規格外に強いモンスターが生まれてしまうの」


 そりゃそうか。そう上手くいくはずがない。

 でも多くの人がダンジョンに惹かれる理由が分かった。


「ダンジョンに水やタオルを持ってこなくてもいい理由は、この体が理由だったんですね」

「そう、正解。

 この体は疲れないから汗もかかないし、喉の渇きもない。

 勿論飲むことはできるけどね」


 そして武器は最初につけた状態でダンジョンに入ることができる。


「分かったでしょ。

 ダンジョンには無限の可能性が秘められているって。

 だから、ダンジョン配信も将来きっと素晴らしい活動になるはず。

 私はそう信じている」

「はい。ダンジョンて……なんとういうか……すごいです。

 いや、もう。すごいという言葉しか出ません」

 

 俺はダンジョンの情報に圧倒されていた。


 ダンジョンはまさしく新天地だ。

 インターネットがダンジョン配信の情報であふれるのもうなずける。


 こんな素晴らしい場所だったなんて知らなかった。


 両親は何でこんな場所を危険と言ったのだろうか。

 彼女の話を聞く限り、危険な要素が何一つない。


「さて、体や格好の話は終わったし次のステップに進もうか」

「次のステップ?」

「ずばり、ダンジョン配信を始めてみよう!だね」

「でも、俺カメラとか持ってませんよ」

「大丈夫大丈夫。

 初期投資0どころか何も準備する必要はないから。

 君には今から【ダンジョン配信】スキルを取ってもらいます」


 スキルという聞きなれない言葉に俺は引っかかった。


「すみません。スキルって何ですか」

「難しいこと言うなー。なんて説明したらいいだろう。さっき名前を入力したときにウィンドウがでたじゃん。あそこでスキルを選ぶことができてそのスキルを取るとそのスキルに関する技術を自由自在に扱えるようになるんだよね」

「すみません。全然ピンときてません」

「だよねー。例えば、例えばだよ。

 【リコーダー】っていうスキルがあったとするじゃん。本当はないけど。

 そのスキルをさっきのウィンドウから選ぶと、その瞬間からリコーダーであらゆる曲を演奏できるようになる。みたいな感じ」

「瞬間に、ですか?!」

「あり得ない話のように聞こえるかもしれないけど本当なんだよね」


 意味が分からない。

 健康で最高の体。そして努力することもなく得ることができる技術。


 ダンジョンはあまりにも……あまりにも……

 俺は出そうになる言葉を飲み込んだ。


 ダンジョンは夢のある場所。それでいいからだ。


「……それで、その【ダンジョン配信】スキルは何の技術を得ることができるんですか」

「いや、【ダンジョン配信】スキルは技術じゃなくて魔法みたいな感じなんだよね。あー、説明し忘れてたけどダンジョンでは実際に魔法を使えるよ」

「もう、驚き疲れました。それでどんな魔法なんですか」


 魔法くらいでは驚かなくなってしまった。

 まぁ、むしろダンジョンで魔法が使えるのはそれっぽいけど。


「事実をそのまま繋げて説明すると、無料で高解像度で遅延がなく配信サイトに映像データを送ってくれる配信者の周りを見やすくて格好よい角度で自動で撮ってくれる飛行型カメラ魔法?」


「ダンジョン、人類に都合よすぎません?」


 飲み込んでいた言葉はあっさりと俺の口から吐き出された。

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