第6話 魔術師が追放される話

 ベルーナ伯爵の居城に着いたマリウスは、期待に胸を弾ませていた。

 婚約者のミレディアは18歳を過ぎ結婚適齢期を迎えている。そろそろ婚姻の日取りなどを決めてもいい頃だ。

 そうなれば正式に婚約も発表され、マリウスの境遇も劇的によくなるだろう。


 マリウスが通された謁見の間には、ベルーナ伯爵と妻のエリザベータ、そしてミレディアとその妹のアンジェリカの2人の娘がそろっていた。4人とも和やかな笑みを浮かべている。

 周りには警護の騎士も控えている。

 マリウスの後ろにも2人の騎士が立っていた。


 ベルーナ伯爵は笑みを浮かべたままマリウスに声をかけた。

「良く来たな。マリウス。今日は嬉しい知らせがあるのだ。

 実はようやくミレディアの婚約が決まった」

「え?」

 マリウスにはその言葉の意味が良く分からなかった。

 ミレディアと自分の婚約は、2年近くも前に決まっていることだ。

 正式に発表する事が決まった、という主旨なのだろうか?


 困惑するマリウスに向かって、ベルーナ伯爵は言葉を続けた。

「相手は、何とブレンテス侯爵家の次男レオナルド殿だ。レオナルド殿は歳も18歳でミレディアとつりあう。実に良縁だ。

 実を言えば、やはり格上の侯爵家との縁談は難しいかと思っていたのだが、我が娘ミレディアの美しさと、我が領の繁栄を考えればけして高望みではなかった。

 ミレディアに惚れ込んだレオナルド殿は、前の婚約を破棄までして当家との縁を望んでくれた。光栄な話ではないか」


「な、何を言っているんですか? ミレディアは私と……」

「気軽に名前を呼ばないでくれるかしら。私の名は、あなたのような下賤の者が呼んで良いものではありませんのよ」

 ミレディアがそう告げた。その声も表情も、マリウスが一度も見聞きしたことがない冷たいものだった。

「は? いや、私はあなたの……」


 マリウスを無視して、ベルーナ伯爵が更に言葉を続ける。

「ブレンテス侯爵様は、南の砦や迷宮への軍事支援も行ってくれることになった。つまり、お前の役目は終わった。という事だ」

「な!?」

 そこまで言われて、やっとマリウスは自分が騙されていた事に気がついた。


「ミ、ミレディア! なぜだ、私を愛してくれていたんじゃあないのか!」

 マリウスはそう叫びながらミレディアに詰め寄ろうとした。しかし、背後に立っていた2人の騎士に止められる。

 激昂して周りを見ていなかったマリウスに、騎士の動きを避けることはできず、左右の腕と肩を押さえられてしまった。


 ミレディアは動けなくなったマリウスに、また冷たい声をかけた。

「気安く名前を呼ぶなと言っているでしょう。何度も言わさないで。

 あなたには、魔物から助けてもらった時はちゃんと感謝していたわよ。その延長での好意もあった。

 でも、そんなものは、あなたが身の程知らずにも私と結婚したいなどと言った時に全て吹き飛んでしまったわ。

 当然でしょう? まさかこの私が、あなたごとき下賤な魔術師と結婚する可能性があると思われていただなんて、それだけでも耐えがたい侮辱よ。

 だから、そんな酷い侮辱行為を行ったあなたを、罪滅ぼしとして領地で働かせることにしたの」


「ふ、ふざけるな。私はあなたを、あなた達を信じて今まで……」

 そう叫ぶマリウスに、今度はエリザベータが話しかける。

「人聞きの悪い事を言わないでください。

 確かにあなたは当家の為に多少は役に立ったわ。けれどその代わり、3年間以上もの間、私達の家族になれるなんていう、余りにも身の程知らずな夢を見せてあげたでしょう?

 それだけで、あなたの人生全部を捧げてもまるで足りないくらいの十分な報酬なの。そのことをちゃんと理解なさい」


 更にアンジェリカも続けた。

「そうよ。私もあなたなんかに、『お兄様』なんて声をかけてあげたのよ。

 それが私にとってどれほど苦痛だったか分かる?

 私達を恨むなんてとんでもない話よ。むしろこちらが謝罪して欲しいわ、無理な事をさせてしまってすみませんでした、って」


「だ、騙したな! 貴様ら皆して、私を騙したな!! お前ら、絶対に、絶対に許さないぞ!!」

「無礼が過ぎるわよ」

 絶叫するマリウスにミレディアがそう告げ、近くに控えていた騎士に声をかけた。

「あの男に罰を与えて。その罪の印に顔を切り刻みなさい」


 命を受けた騎士は、一礼するとマリウスの前に進んで、短剣を抜いた。

「や、やめろぉ!!」

 マリウスはそう叫んだが、背後の騎士たちの拘束され抵抗する事ができなかった。

 いや、もしも拘束されていなくても無理だっただろう。

 マリウスは魔術の発動体を携帯しておらず、魔術を使う事が出来なかったからだ。


 騎士は無慈悲にもマリウスの顔を何度も切りつけ、その顔を傷だらけにした。


「ついでに例の毒を飲ませろ。これ以上無礼な事を口走らないようにな」

 そのベルーナ伯爵の声を受け、騎士は懐から小瓶を取り出した。

 そして、「やめろ! やめろぉ!!」と叫んで必死に抵抗するマリウスの顔を乱暴に上に向け、小瓶の中身を無理やりマリウスに飲ませた。


 マリウスの喉を焼けるような激痛が襲う。

「ぐがあぁぁ」

 マリウスはくぐもった叫びを上げた。

 必死にその毒を吐き出そうとするが、屈強な騎士3人に拘束されてはとても無理だった。

 そうして、マリウスから言葉が失われてしまった。


「しゃべれなくしても、字でいろいろ書かれても面倒でしょう」

 エリザベータが夫にそう指摘してから、騎士に指示を出した。

「両手の指を全て切り落としなさい」


 騎士たちはマリウスを床に引き倒し、言われたとおりその指を1本ずつ切り落としてゆく。

「ぐっ! がぁ! ぎゃ!」

 マリウスは言葉にならない苦痛の呻きをもらす事しかできなかった。


「それじゃあ、わたしはね~」

 アンジェリカがそう言った。家族が次々とマリウスに罰を与えるのも見て、自分もと思ったようだ。

「右足を折ってしまって」

 そして、しばらく考えてからそう告げた。

 騎士たちはこの命令にも忠実に従った。

「ぐぅぅ」

 マリウスはまた呻くことしか出来なかった。


「こんなところでよかろう」

 最後にベルーナ伯爵がそう告げた。

「度重なる無礼にも関わらず、命だけは助けてもらえる幸運に感謝するんだな」

 マリウスにそう言い、そして騎士たちに命じた。

「それを領都の外に捨てて来い。これ以上に目にしたくもない」

 そして、伯爵一家は謁見の間を後にした。




 マリウスは領都の大通りを引っ立てられて行った。

 民衆達は、お嬢様に度重なる無礼な物言いをしていた、頭のおかしな魔術師が、ついに罰せられた。と噂し、「清々した」とつぶやいたり「二度とここに帰ってくるな。くずが」などと罵声を浴びせたり、中には石礫を投げる者もあった。


 領都を囲む城壁の外に突き飛ばされたマリウスは、這いずってそこから離れ、落ちていた木の枝を拾うと、それを杖代わりにどうにか立ち上がり、足を引きずって領都を立ち去った。


 その目には、激烈な怒りの炎が燃え盛っていた。

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