第7話

 トキタさんは、集会で何度も殴られたり、蹴られたりした後、今度はだたっぴろい公民館の床に寝かされた。布団のようなものはなく、担架に乗せられたままだった。相変わらず、目を見開いて天井を見ていた。


 気が付いたら、俺はこの村に来てから何も食べていなかった。とにかく空腹になる暇なんかなかったのだ。ようやく小腹が空いて来たから、葬儀屋に夕飯はどうするかと聞くと、村人の家で食事を出してくれると言われた。それでほっとして、俺は霊きゅう車に乗り込んだ。


「さっきの子…何であんな目に遭ってるんですか?」

 俺は白々しく尋ねた。

「知るか。だまっとけ」

 Bはそっけなく言った。それ以上聞くなという雰囲気だった。


 俺は黙った。余計なことを言うと、俺も消される可能性がある。さっき、遺体をなぐったりしたのが、遺体損壊に当たるかはわからないが、警察に駆け込んだら、村人も事情を聴かれるだろう。いや…死姦は罪にならないんだ。小学生が遺体を殴ったことも、児相に通報されるくらいだろう。しかも、この村の児相がそんなことを問題にする筈もない。俺は黙ることにした。そして、その状況に興奮していた。


***


 その日、食事を提供してくれた家が、宿も貸してくれることになった。俺には個室が与えられた。和室で日当たりが悪く、黴臭かった。疲れてはいたが、興奮が収まらずになかなか寝付けなかった。あの子は今どうしているだろうか。俺は気になり始めた。もう一度、会いたい。今ここを抜け出して、公民館に行ってみたい。今、公民館はどうなっているんだろう。無人だろうか。それとも、誰か見張りがいるのだろうか。


 俺は一時間ほど悩んだ挙句、こっそり家を抜け出して、公民館に行くことにした。あの意地悪でかわいい子にもう一度触れたかった。俺は性格の悪い女に惹かれる。普通の女や、優しい人には退屈してしまうのだ。


 俺は暗がりをスマホのライトを頼りに歩いて行った。本来なら怖いはずなのに、性欲というのは恐ろしい物だと思う。それほど、俺は自分を抑えることができなかった。いっそのこと、女の子を連れ去って、何日か一緒に過ごしたいくらいだった。だんだん、腐敗が進んで、俺も持て余すようになるだろう。だから、冷静になって諦めることができた。


***


 俺が公民館に着いた時、そこには何人もの男がたむろしていた。俺を見たひとりが「あんたも来たのか。遠慮しなくていいぞ」と言って、俺を招いてくれた。俺は遠慮せずにその列に並んで待つことにした。


 みんな、公民館の床に座って、雑談をしながら順番を待っていた。俺も聞かれたまま自分の話をしていた。カメラマンで葬式の映像を取っていること、遺体を見てももう怖くないなどと言うことだ。

「この村ではこういう風習があるんですか?」

「まあ、人によるな。普通はここまでしないけど、悪いことしたやつとか、恨まれている奴は徹底的にやられる」

「あの子…今何歳ですか?」

「11歳だな。確か」

「すごい徹底してますね」

「うん。まあ、人を自殺に追い込むくらいのいじめをしてたんだから、仕方ないな」

「その子の親御さんもきっと悲しんでますね」

「いや、喜んでるよ。子どももやっと敵を討てたって」

「え?じゃあ、生きてるんですか?」

「うん」


 俺ははっとした。ちょっとやり過ぎなんじゃないか。俺は怖くなった。もっとやりようがなかったんだろうか。


 どうやって?

 こんな田舎で転校なんかさせられないし、収容施設もないだろう。


「どういう生い立ちの子だったんですか?」

「まあ…江戸時代からの村八分の家ではあったな」

「江戸時代から?」

「うん。ここは代が変わってもそういうのを受け継ぐからな。俺から聞いたっていうなよ」

 その人は怖い顔をしていた。トキタさんからしたら、自分が受けた差別に対して村人に報復していたんじゃないかという気がした。村落で村八分になるということは、共同体での〇を意味するのだ。村の共有地などを使用できなくなってしまうからだ。共有地が利用できないと、水源を確保できず、肥料などを入手できないため、村落で

生活することが不可能になる。


 今は令和の時代だが、井戸を掘って、化学肥料でも買ってくれば何とかなるだろう。それにしても、なぜ出て行かなかったんだろうか。


「あいつは親に捨てられたんだ。両親が離婚して、置き去りにされたんだ」

「かわいそうですね」

「村八分の家だから仕方ない」

 いい人そうに見えて、決してそうではないことにショックを受けていた。


 俺はトキタさんの人生に思いを馳せて、彼女が完全な加害者なのかわからなくなって来た。


 じゃあ、さっきの湯かんの儀式はただの凌辱ではなく、制裁の意味もあったのだろう。民俗学の資料なんて俺は都合のいい解釈をしていたわけだ。


 いや、しかし、この時代にいまだに江戸時代の村八分の制度を引きずっているなんて、まさに無形文化財じゃないか。こんな場所は相当珍しいのではないか。あの子はそんな家庭に生まれてしまったのだから、やむを得ないとまで思い始めた。


 俺は彼女のことを愛し始めていた。そういう風に、恵まれない環境というのにも大層惹かれたからだ。美しい顔と体、心の底からねじ曲がった性格、今村人からいたぶられているという境遇。そうしたものにも俺は引き付けられた。


 三時間待って、とうとう俺の順番が回って来た。ステージの上に屏風のようなものが立てかけられていて、その後ろで女の子と二人で過ごすという風になっていた。もし、こういうことをやっていたら、公然わいせつの案件だが、警察もぐるになっているに違いなかった。


 俺はドキドキしながら屏風の後ろに回った。布団が敷かれていて、女の子が寝かされていた。その布団は本人のためにあるのではなく、男たちのためだ。女の子は相変わらず天井を見つめたままだ。俺は声を掛けた。


「どうしても会いたくなっちゃって、来ちゃった。君も人気者だから大変だな」


 俺は優しく言った。君のことを気にかけてくれるのは俺だけだ、とでも言いたかったのかもしれない。俺はトキタさんの隣に座って髪をなでた。彼女もロマンチックなシチュエーションでないと嫌だろうと思ったからだ。額を撫でた時ふと気が付いた。


 あれ、冷たくない…。

 暖かい。

 どうしてだろう。


 硬直しないように、温めているのかな。

 しかし、そうした装置があるようにも見えなかった。


 それに、遺体特有のにおいもない。


 なぜだろうか。

 さっき、湯かんをしたからか?


 違う。


 まさか…。


 まさか…。


 まさか…!


 そんな馬鹿な!


 彼女はまだ生きているんだ。

 俺はパニックになった。


「ごめん。さっきは。触ったりして」


 俺はトキタさんに謝った。


「君みたいな子がタイプでつい魔が差して…。必ず助けてあげるから待ってるんだよ…」

 

 しかし、今は屏風の外に何人も人がいて、この子を連れ去ることなんてできっこなかった。どうしたらいいのか。俺にはわからない。


 そうだ…。


 とっさに閃いたのは、次に車に乗る時に、葬儀会社の二人を脅して車ごと奪い去ることだ。一体いつ?


 そうだ。あの家の台所から包丁を拝借して、それで脅せばいいんだ。一人をロープで縛って、もう一人に都内まで運転させる。目的地まで着いたら、運転手もロープで縛って俺と女の子で逃げるんだ。


 俺の家に連れて帰って、二人で暮らすんだ。でも、家がばれるかもしれない。どうすればいい?乗り捨てできるレンタカーを借りてどこかに逃げるか?


 俺は女の子を抱きしめながら、必ず助けると約束した。女の子は何の反応もなかったが。

 

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