第6話

 俺は何とか湯かんの撮影を終えた。誰もねぎらいの言葉をかけては来なかったが、俺は自分で自分をほめてやりたかった。


 それから、女の子はストレッチャーに乗せられて、俺が乗って来たワゴン車に移された。俺は遺体の横に立たせられて、女の子の姿を記録し続けなくてはならなかった。ただ横になっているだけだし、何のためなのかはわからなかった。女の子は相変わらず車の天井を見つめていた。俺は可哀そうになって、女の子の髪を撫でて、額にキスをした。すると、次第に口が緩んで次第に開いて来たので、俺は唇にもキスをした。


 かわいい子だなぁ。きっと大きくなったら美人になっただろうに。人生は過酷だと俺は思っていた。さっき、あんなに痛めつけられて、きっと苦しかったんじゃないだろうか。


 そんな筈はない。そう思うのは生きている人間が、遺体にも感覚がある錯覚をしているからだ。もう、そこに生命はない。ただの抜け殻に過ぎないのだ。


 俺はしばらく女の子と一緒にいて、不埒な心がむくむくと湧いてしまった。そして、着物の中に手を入れて触り始めた。こんな機会は一生内に違いない。しかも、好みとしてもドストライクだ。俺は一生のうっ憤を晴らして、車が止まった時には涼しい顔をして降りて行った。


 ストレッチャーを使って下す様子も動画で撮った。どうやらそこは公民館のような場所だった。そこには、大勢の人が集まっていて、子どもも多かった。この集落の人はずいぶん人の〇に対してオープンなのだと思った。さっきの奇妙な湯かんの儀式と言い、この死者のオンステージと言い、隠そうという所がまるでない。


 女の子はステージの上に上げられた。


 俺は変わった風習だと思いながらも、ビデオを回し続けた。これが本当なら、民俗学の資料としては貴重かもしれない。一瞬日本にいるのを忘れるくらいだった。


「トキタマ〇コの葬儀を行いたいと思います」

 小学五年生くらいの男子が司会をしていた。クラスに1人はいる、面白くて、目立ちたがりの子という印象だった。その子はトキタさんというらしい。そのままステージの上に投げ出されているかと思いきや、ストレッチャーのような台に固定されて、真ん中に立たされた。

「故人は生前、様々な悪行を行い、村人から総スカンを食らっていましたが、今日は今までマ〇コがどんなことをして迷惑をかけて来たかをみんなで思い出したいと思います」 


 遺体を前にすごい光景だと思ったが、さらに酷かったのは、そこから繰り広げられた中傷合戦だった。

「マ〇コは教室のカーテンに火を付けました」

「マ〇コは〇〇さんの財布からお金を盗みました」

「マ〇コは万引きをしていました」

「マ〇コや〇〇さんの畑からよく野菜を盗んでいました。うちもブドウを盗まれました」

「マ〇コは三年生をいじめていました。お金も取っていました」

「マ〇コは学校で買っていたウサギの餌に毒を入れて殺しました」

「マ〇コは〇〇マートのものをよく盗んで、自慢していました」

「マ〇コは幼稚園の頃からいじめをしていました」

「小学校の時、マ〇コにいじめられて不登校になった人が5人もいます。一人は自殺しました」 


 俺はびっくりした。さすがに動揺してカメラがぶれてしまった。あんなかわいい顔をして、いじめをしていたなんて。そんな子なら、こういう目に遭っても仕方ないなと俺は納得した。だからと言って、遺体を損壊していいわけがないのだが。ただ、彼女に対する同情の気持ちは薄れて行った。


 俺もいじめに遭ったことがあり、中学時代のいじめの傷を乗り越えるのに何年もかかってしまったこともある。あの時の連中は、〇ねばいいと今でも思っている。例え、どんな〇に方をしても俺はいい気味だと言ってやりたい。


 やはりこの集会には合理的な意味があるのだ。


 こうやって村人の前で断罪することで、いじめは本人が〇んでもなお許されない大罪であることを、住人たちに知らしめているのだ。江戸時代は公開処刑があったが、庶民の娯楽でもあった。勧善懲悪のわかりやすい世界。悪い物は罰せられて当然であるという一方的な正義により、観客はスカッとする。俺は見てないけど、「ざまあ」とか「スカッとジャパン」なんて動画が、YouTubeにはたくさん上がっている。みんな、報復を楽しみにしているのだ。


 こうして、史上最悪の中傷合戦が終わると、司会がトキタさんを殴りたい人は手を挙げてくださいと言い出した。


 十人くらいが手を挙げた。みな、同年代の女の子ばかりだ。


「壊れてしまうと困るので、一人一回だけにしてください。あと、顔はやめてください」

 司会が笑いながら言った。最初の子がマイクを手渡されて名前を言った。

「〇〇〇〇です。一年生の時にクラス全員から無視されました。マ〇コの指図でみんな口を利いてくれませんでした。今は引きこもりになって、今日は一カ月ぶりに外に出ました」

 すると、その子は「◎ね!」と叫びながら、トキタさんの腹を思い切りパンチした。


 その後も似たような感じだった。

「学校で毎日ものを隠されて、困りました。今も誰も信じられません。マ〇コがいなくなって嬉しいです」

「ランドセルにうんこを入れられて、教科書もみんな臭くなって、買い直しました」

「マ〇コが、中学生に言って私のことを襲わせました。今はどこに行くときも家族について来てもらっています」

「みんなの前で服を脱がされました」

 その他、書くこともできないような、おぞましいいじめをその女の子一人が行っていたらしい。きっと、精神的な問題があったのだろうと思う。もっと長く生きていたら、凶悪事件を起こしていたに違いない。


 それにしても、どうして亡くなったんだろうか。


 もしかしたら、他殺なのではないか…。


 村人全体に恨まれている。もしかしたら、あの医者にもだ…。あの病院は、▲▲診療所だった。書けないほどのいじめを受けたその子は、同じ苗字を名乗っていた。ああ、きっとあの院長の孫か何かだ…。引きこもりでカウンセリングに通っているが、何度も自〇未遂とオーバードーズをしていると言っていた。いじめというのは、その人の人生を長い間に渡って停滞させてしまう。

 

 いじめで一番問題なのは、加害者に自覚がないことだ。このトキタさんもそうだったのかもしれない。


 もう、仕方ないのではないか。俺は感じ始めていた。その子のせいで、残された同級生はこれからも地獄を味わい続ける。しかも、ある程度大きくなるまでは、自力で引越すこともできないだろう。

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