第5話

 病室はちょっと広めの部屋だった。ベッドは二つあるが、使用されていたのは一つだけだった。


 清潔な白いシーツのベッドに寝ていたのは、小学校高学年くらいの女の子だった。目を開けたままで、天井を見つめていた。俺はぎょっとした。まだ、生きてるんじゃないかと思ったからだ。しかし、近づいてみたらやっぱり死体だった。こんな若さで亡くなってしまうなんて、一体何があったんだろうか。俺は気の毒で仕方がなかった。真っ黒なおかっぱ頭で、色白のすごくかわいい子だ。ちょっと昔風なのは、ここが田舎だからだろうか。


 それにしても、亡くなった人の目が開いていたら、普通は閉じるものじゃないだろうか。もしかしたら、一回閉じたのにまた開いてしまったんだろうか。そういうのは、時々あるらしい。生きるのも死ぬのもすべて神の御心だ。


 俺は割り切って仕事を続行することにした。


***


 俺はカメラを肩に担いで、病院の玄関を開けた。中には打ち合わせ通り、院長や葬儀屋たちが待っている。無言のまま院長はドアを開けた。俺も中に続いた。葬儀屋(以下、A、Bとする)の一人が委員長に「今から湯かんの器具をお持ちします」と告げた。


 え?湯かんまで撮るの?俺はびっくりした。そうだ。確かに事前に聞いていたのは間違いない。しかし、お年寄りだと思っていた。こんな小さい子どもだとは…。俺は動揺した。俺はずっとその子の顔と医師と看護師の顔を交互にカメラに収めていた。写真も撮った。女の子がすごくきれいに見えた。


「目は閉じなくていいんでしょうか?」

「うん。こうした方が生きてるみたいに見えるから。いいんだ」院長は頑なに言った。その人が何を言っているのか意味がわからなかった。もしかして、ただの医者と患者の関係ではないのかもしれない。俺はひたすらビデオを回し続けた。


 すると、普段着姿の男女が二十人くらいがぞろぞろと集まって来た。


 誰も何も喋らない。年齢的には二十代から六十代くらいと幅広かったが、何だかおかしいと俺は感じ始めていた。こういうのは、親族だけが同席するものじゃないか。俺はその場にいた人たちを一人一人映して行った。


 しばらくして、AとBが金属製のフレームようなものを持って戻って来た。そして、目の前で組み立て始めた。湯かんというのを名前だけ聞いたことがあったが、亡くなった人を入浴させるのだと思っていた。病室のような普通の部屋で、そんなことができるとは全く知らなかった。


 俺は再び女の子をカメラに収めた。


「準備できました」Aが言った。車を運転していた男だ。俺と同世代に見える男で、Bより感じが悪かった。俺は湯かんの器具をビデオに撮った。

 もしかしたら、民俗学的な資料として保存したがっているのではないか。俺はようやく気が付いた。きっとそうだ。湯かんというのは、実はすごく長い歴史を持っていて、奈良時代に成立した日本書紀にも記述が残っているほどだ。俺は自分に言い聞かせた。


 すると、村の若い衆と見られる一人が女の子の方につかつかと歩き出した。イケメンだけど、茶髪でヤンキー風だった。夜の仕事をしていそうなタイプだった。俺はどうするのかと思ってカメラ越しに見ていたが、女の子の上に掛けられていた布団を剥ぎ、中に来ていた白いサテンのような着物の帯を解き始めた。中には当然、何も着ていないのだが、誰も気に留めていないようだ。


 いきなり女の子の裸を見せられて、俺は不謹慎ながらも反応してしまった。俺は誰にも言ったことはないが、ロリコンだからだ。SMが好きとか、露出や、乱交が好きだとか言うのは許されても、ロリコンは無理だ。社会通念上許されるわけがない。今まで犯罪を犯したことはないし、墓場まで持って行くつもりだった。


 その子は相変わらず天井を見つめていた。いくらロリコンだとは言っても、そんな場面で女の子の裸を見たくはなかった。


 ヤンキーは棒のように固まっている女の子の体を解しほぐ始めた。ああ、死後硬直を解くためか。なぜ、こいつがやるんだろうと俺は思った。しかし、もしかしたらお兄ちゃんなのかもしれない。しかし、女の子も兄にそんなことをされたら恥ずかしいし、気持ちが悪いだろう。それに、こういうのは葬儀会社の人間がやるもんじゃないのか。兄も遺体に直に触れるなんて気味悪く感じないのだろうか。


 次に、男は裸の状態で、女の子を湯かんのベッドに寝かせた。俺は硬直したままカメラを回し続けた。俺の全神経が女の子にくぎ付けだった。俺は平静ではないのだが、粛々とカメラを回し続けた。誰も俺には注目していない。そう思うことにした。


 Aが口上を述べ始めた。つまり、これから行う湯かんについての説明だ。しかし、短くごく適当だった。もう何度もやっているから、言うまでもないという感じだろう。


 Aは女の子にお湯をかけ始めた。すっぱだかで目を見開きながらお湯を掛けられて行く様は、あまりに惨く、残酷だった。この儀式は何だろう。俺は田舎の風習を恐ろしく感じた。これを老人にやるならいいが、小学生くらいの子にするのはあまりに酷くはないだろうか。しかも、こんな大勢の前で、カメラまで回っている。一体何なのかと俺はむかむかしていた。


 しばらくして、その子の親族と思われる、中年の男女が、遺体の傍まで歩み寄りシャワーのようなものでお湯を掛け始めた。母親は女の子に目元がちょっとだけ似ている気がした。


 そして、お湯である程度流したと思ったら、体を拭いて、またベッドに戻された。ここまでは何もおかしなことはない。これは田舎の風習なのだ。動画を取るのもきっと記念として残すためだろう。娘の成長を見て来た村の人たちが、その思い出を共有する目的に違いない。田舎だから、子どもが外で裸で水浴びをしていてもおかしくはない。裸なんて何とも思っていないのだろう。


 すると、ベッドの横にさっきの男がまた歩み出て、その場で服を脱ぎ始めた。俺はあっけに取られていた。そして、あろうことか、そいつが少女を凌辱し始めたのである。俺は冷静にカメラを回した。きっとこれは、冥婚の一種なのだ。独身のまま亡くなってしまった、その女の子に結婚相手を見つけてあげるという、古来からある風習だ。戦時中は、未婚のまま戦死した息子に人形を嫁がせたりした地域もあるが、令和の今でもそれに近い風習が残っているのだろう。処女のままだと成仏できないという言い伝えでもあるのかもしれない。


 俺は今までアダルトビデオの撮影もやったことがあったから、そのまま撮影を続行した。しかし、驚いたことに、他の男たちも服を脱ぎ始めて、順番に女の子を凌辱し始めたのだ。はっきり言って意味がわからなかった。


 そして、男たちの儀式が終わると、女たちは順番に並んで、女の子の足の裏をライターの火で焙ったり、遺体を傷つけるような真似を始めた。仕舞には血が流れていた。俺はその様子を見て、もう、さすがに興奮を感じてはいなかった。


 最後に、看護婦が女の子のオムツを穿かせて、さっき着ていた着物を再び着せた。俺は目の前で何が起きているのか、まったくわからなかった。きっとこれがこの村の習慣なんだ。女の子がもう亡くなっているのがせめてもの救いだった。


 もし生きていたら発狂してしまうだろう。俺も頭がおかしくなりそうだった。


 


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