第4話

 今回、俺が持って来たのはシネマカメラという、CMや映画を撮るための一眼レフを搭載した機種だった。羽振りのいい時に購入したから、百万円以上した。脱線するが俺は映画を撮ったこともある。それをYouTubeで公開もしている。五十年の人生で映像に関するありとあらゆることをやって来たと言っても過言でない。ただ、どれも日の目を見ることがなかったのだが。


 カメラマンとしては、カメラは商売道具だ。命、体の次に大切なのはやはりカメラになる。これが壊れたりしたら、商売に支障が出るからだ。しかし、最近ではこのカメラを、映画を撮りたがっている学生や知人に貸し出したりもしていた。


「荷物は…車に置かせてもらっていいですか?」俺は一抹の不安はあったため、財布やスマホなどの貴重品はポケットに入れた。やはり、そいつらのことは信用できなかった。


***


 俺は社員二人の了解を取って、病院の門の所から動画を回し始めた。ドキュメンタリー風にしよう。頭の中で動画の方向性を決めた。よし。NHKスペシャルをイメージした作りにするんだ。


 金のことやクライアントの機嫌どうこうより、よりよい作品を作ることを目指すことに決めた。もともと映像作品が好きだから、人が亡くなった後でどう葬られるかについて記録を残せるとしたら面白いと思う。ここまで踏み込んだ作品は聞いたことがなかった。もしかしたら、映画祭などに出品する機会があるのではないか…俺の脳内は飛躍していた。もちろん、遺族の許可を得るつもりはないから、俺が遁走してもいいというくらいいなったらやるつもりだった。


 しかし、そうやって、自分を鼓舞する以外になかったのかもしれない。


***


「すみません。いきなり撮影するとうまく取れないので、病院の中がどういう構造になっているか、一度見させてもらえませんか?失敗するといけないので…」

「ああ。じゃあ、今から院長に紹介するから一緒に来い」

「はい」


 その古い診療所は、昭和の頃に建てられたと思われる、白い壁にえんじ色の屋根をしていた。診察室に入ると、七十を過ぎた高齢の看護婦がセーター羽織っていた。こういうのは外来ではなかなか見ない。院長の愛人だろうかと俺は想像した。院長と看護婦の不倫は多い。こんなに長く雇用してもらっているということは、恐らくそうだろうと思った。


 葬儀会社の人たちが院長に挨拶をしていた。二人はいきなり愛想がよくなった。どうやら前から知っている間柄のようだった。

「カメラマンの江田です」

「はじめまして。よろしくお願いいたします」

「すごいカメラだね。TVの撮影みたいだ」

 笑顔がないが、まともな人のようだったからほっとした。


 院長は八十歳くらいで、白髪で腰が曲がっていた。運転免許と同様、医師免許も生涯有効のようだ。


 その診療所は、建物だけでなく設備もすごく古くて、血圧を測るのも家庭用に見える古い血圧計だった。びっくりしたのは今時パソコンがないことだ。どうやらカルテは手書きらしい。昭和にタイムスリップしたようだった。

 俺は偉そうにこれからの流れを説明した。

「これから一部始終をドキュメンタリー風に撮影したいと思いますので、玄関から入って来て、故人の亡骸のある部屋まで行きたいと思います。故人はどこにいらっしゃるんでしょうか」

「あそう。けっこう凝るね。いいんじゃない?」

 気さくな感じの先生だった。

「個人はどうこでしょうか?」

「病室に寝てる。突き当りの部屋」

 葬儀会社の二人は微妙な顔をしていた。そこまでしなくていいのに…という感じだった。でも、そうした段取りがないと、俺はどう撮影を進めて行っていいかわからなかったのだ。


 結局、俺は一人でその部屋を見に行くことになった。


 そう言えば、故人がどういう人なのか全く聞いていなかった。多分、地元の農家の人なんかだろう。年齢的には八十くらいだ。田舎で生まれて人生を送り、ほとんどそこから出ることがない人生。悪いけど俺には理解できない。実家を告げと言われたら、俺なら家出する。


 俺は静かにドアを開けた。目の前には亡くなったお年寄りが寝ているはずだ。死体は見慣れている。


 しかし、そこにあったのは意外なものだった。


 

 

 


 

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