第29話 海の匂い

「お肉焼けてまーす。みなさん持って行ってください」児子が声をかけて人を集める。写真の話題を打ち消す様に大声で声をかけた。


「お手伝いしてます感だし過ぎよ、あんた」

小声で、しかし児子に聞こえる様に呟いたのはヨッシーと名乗る古参のファン。児子を睨みつけている。


聞き違いかと耳を疑い見上げると鋭い目つきで目が合い憤りが伝わってくる。


「今日は真実が聞きたいのよ。私達は朝日君の事をずっと思って惚れ込んできたの。説明してもらうわよ」


「守りたいものがあったっていいじゃないですか。何もかも晒さないといけないですか?」


「あなた知ってるわ。朝日君に付きまとう女子高生って有名よ。あなただってオーディション落ちて朝日君に縋り付こうとしてるから認めないだけでしょ。むかつくのよね貴方みたいな純粋無垢な女ですみたいな…」


スパーン

児子が古参のファンの右頬を平手で打つ。


「自分の正義を押し付けないで」


「何するのよ!」


言い争いから掴み合いの喧嘩に発展し、古参のファンは児子の髪を引きちぎるかの様に後ろに引っ張る。児子は近くの包丁を持ちだし引っ張られた髪を自分の持つ包丁で切った。長い黒髪が辺りに散らばり周りから息を呑む音が聞こえる。


包丁が古参のファンの手にあたり出血する。

それを見て更に頭に血が上った古参のファンは交戦をやめようとしない。


「何するのよこの馬鹿女」


「おばさんが勝手に妄想して突っ走ってるだけなの分かってないの?」大声で罵る児子。包丁の先には血がついている。


「何もわかってないガキはあんたよ。朝日君を信じて幾らつぎ込んだと思ってるのよ」


「はぁ!?お金の問題!?まじクソダサいんですけど!好きでつぎ込んだおばさんでしょ。そんなはした金なんてなくたって朝日君は自力で芸能界渡っていけるんだから」


「こっちは協賛金払って応援してきたの。はした金なんかじゃないのよ!スポンサーなのよ!タダで近づいて彼女気取りか、馬鹿女」



茶色と真保呂がBBQ会場に着くと、二人の女性が睨みあい、蔑み合う異様な光景だった。児子は包丁を握ったまま。『すごいもの見せてやる』という投稿はこの事だったのかと推察する。


茶色は児子を落ち着かせようと二人の間に近づいていく。


「児子ちゃん、言いたい事言ったのなら一旦包丁をおこう」

児子はどうしていいのかわからない様子で達つくしたまま返事もしない。


朝日の側に近づき真保呂は問いかける。

「この場を収集できるのは君だけだよ」


朝日は下を向いたまま動こうとはしない。やっと決意の固まった表情で顔をあげる。


「もういいんだよ児子ちゃん」


「でも朝日君」


「みなさんを期待を裏切ってしまったのなら、僕は謝ります」


「そんな事ない!何も言わなくていい」児子が反論する


「いや、大丈夫。皆さんに知ってもらいたい」


涙を流しながら抵抗する児子に近づいて朝日が話し始めた。


「人と違う事に気づき始めたのは中学生の頃でした。周りが女性に興味を持ち始めたのに自分にはまるで共感できなくて、それがどういう意味かを知るのは随分経ってからで。

その頃から始めた動画投稿が楽しくて華やかな芸能の世界に憧れている所も皆と違ったから別にこんなもんかって思ってたし。

色々な価値観があっていいなって思うから僕は好きな物や好きな人を素直に自認することにしたんだ。


ジェンダーレスの時代だよ。男が稼ぐとか女が家事をするっていう文化的意識を僕は持っていないんだ。LGBTQ色々な性自認があっていいじゃない。僕にとってはボーイズラブは当たり前なんだ、僕の個性だよ。悩んで辛くなることもあったけれど認めちゃったらすごくすっきりして悩んでた事が馬鹿みたいだった。ピンクが好きな男がいてもいいでしょ。


あーー。海の匂い好きだなぁー」



「磯臭いという人もいるけど私も海の匂いは好きです。感じ方は人それぞれでいいですよね」真保呂が朝日の隣でにこりと微笑む。


「ん?あれ!?どちら様でした?ファンの方ではなさそうだし」


「申し遅れました。児子さんから依頼を受けて伝説のボイストレナー三浦肇さんを見つけ出した恋墨探偵社の恋墨真保呂といいます」


「えーーっ!三浦肇さん知ってるんですかー!」


「はい。お探しの方見つかりましたよ」


「やったーー!すごいや!」体全身で喜ぶ朝日

その姿を見て古参のファンも落ち着きを取り戻し、児子も包丁を置いた。


毎日SNSで朝日の喜ぶ顔を追いかけて元気をもらっていたのに、知らない一面を見つけて拒絶してしまった事に反省した。

自分が思う以上に恋をしていた。息が苦しくなるほどの熱い思いを伝えたくて受け止めて欲しくて追いかけ続けた。

ファンと共に朝日は新しい扉を自ら開けたのだ。


「朝日君、私も発表したい事があるの。ガールズグループのオーディションに、実は合格したんだ」


「おぉーーっ、頑張ったなぁ」笑顔の朝日は児子に近づき頭を撫でてよくやったと褒めている。



「『すごいもの見せてやる』っていう投稿をしたのは事件を起こす予告ではなくオーディションに合格してやるぞという決意だね。ボイストレナーを探す口実としてお金を貸していると嘘をついてまで伝説の男三浦肇をどうしても探したかった。最近歌に自身がない朝日君のためにボイストレナーを探していたんだね。すべて朝日君のために」


まぁ、最初の仕事としては一件落着としよう。

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キョウメイ 茉莉花-Matsurika- @nekono_nomiso_

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