第28話 夢見る少女

児子のSNS投稿をみて、児子の受けるオーディション会場へ先回りし、スタッフを装いスタジオに潜入を試みる茶色。伊達メガネを掛けスタッフジャンパーを拝借し堂々と歩いていれば誰からも怪しまれない。緊張感のある待合室では、誰も喋らず振り付けの確認や歌の練習に勤しむ少女達。


「21番から30番の方スタジオにお入り下さい」

スタッフの掛け声で動き始める。昨今の韓国アイドルブームでアイドルを目指す若者が増えオーディションなどチャンスも増えた。10人が入った部屋から音楽が聞こえ歌声とリズムを刻むスニーカーの擦れる音が聞こえる。少女達の夢を掴む必至のステップが見えるようだった。




 オフ会の朝、BBQ会場には30人のファンが集まった。


「今日は集まってくれてありがとうございます。これから、オフ会を開催します。皆さんと沢山喋りたいです。でも運営者がいるわけではないのでそれぞれができることを見つけましょう。それではレッツ、スタート」


朝日の掛け声と共にそれぞれ動きはじめた。タープの下のテーブルには沢山の食材や飲み物、炭、BBQコンロ、椅子が置かれている。食材を洗いカットするグループとテーブルセッティングをするグループに分かれて準備にとりかかる。朝日は火起こし担当となり着火剤から火をつけ炭に移していく。火の番をしながら縦ノリ系の音楽をかける。


「この曲知ってる人いますかー?」


知ってるー。知らないー。ファンが少しずつ打ち解け喋りだしSNSライブのように自然と言葉のキャッチボールが生まれる。ボケたりツッコミを入れたり、ファンに反応し答えてくれるアーティスト宮代朝日の面白さと可愛らしい顔立ちが人気を押し上げている。このオフ会の開催も抽選となる程の人気だ。


「王子〜ダンス踊って〜」


「両手にトング持ったまま踊れるかい!

いや、踊れるわ〜」


女性ファン達が笑顔になる。はたから見ればダンスというよりトングを持ってリズムに乗っているだけであるが、ファンには楽しそうに踊る朝日が愛おしくて堪らない。軍手にトングの腰振り即興ダンスだ。

 児子は洗った野菜を切り焼きそばの準備に取り掛かる。30人のお腹と心を満たす為にはお腹に溜まる炭水化物も作らなければ満たされない。


「朝日君、今度のライブでは何歌うの」児子が聞く。


「洋楽をちょっとだけ歌いたいと思ってて〜皆さんからリクエスト頂いて練習したいと思ってるよ」と朝日が答える。


「マイケルがいい!ダンス付きで」ファンの一人からリクエストがでる。


「しっとり系のブルーノマーズとかはどうですか?」


「ハイトーン系聞きたい!」


「テイラースイフトのカラフルなMVのやつ」


「今聞いても、僕覚えきれませんよ」と手を横に振りリクエストを聞きながし茶化して笑いに変える。


「僕の投稿にリクエストしてくれると見つけやすいから今言ったの投稿して欲しいです。あと、マイケル踊れないよ。いや、踊れるな」と笑いながら小刻みに足を動かしてリズム良くダンスを見せる朝日。敬語とタメ口を上手く交えて距離を感じさせない子犬の様な甘い懐き方と笑いのセンスにファンは拍手喝采で料理はあまり進まない。

 焼きそばを作りながら朝日の声に耳を向けている児子。朝日の声が聞こえるだけで料理をしていても幸せな気持ちになれる。推し活が児子の生活にみずみずしい潤いを与えている。推しが幸せならより幸せであり、推しが笑えば3倍面白く感じ、推しが願い事をしてくれれば叶える為に精一杯努力する。1人対100人の会話であっても全て自分に向けられていると喜びを感じ、笑いかけてくれると心がきゅんと熱を帯びる。愛しくてかけがえのない人に出会えた事に感謝していた。

 SNSは1日2時間までと両親と約束した。本当は朝から晩まで色々なSNSを渡りあるき朝日の投稿を見つけてはいいねをしたり、コメントをしたり切り抜き動画を作る。この推し活が元気の源でSNSを唯一見れない学校の授業中は頭の中で朝日の歌声が聞こえ朝日の笑った顔を思い出しそれを糧にする事で人に優しくできた。朝日に追いつきたくて、必死で練習にくらいつき、幾つものオーディションを受けて夢に向かう勇気をもらい続けている。


「乾杯しますよー、出会いに乾杯!」朝日の掛け声で食事がはじまる。近くて遠い距離にいる朝日を見つめながらテキパキと手を動かす児子。話の輪に入ればより楽しめることは分かっている。でも目に映る朝日を心のアルバムにしっかりと保存し一人噛み締めてみるのも良い。

 ある一人のファンが写真を自慢げに見せて人を集めていた。


「何の写真ですか?」児子が問いかける。


「2年前の写真らしいけれど本人かどうか私にはわからないわ」


数年前に撮られたとある写真を見るファン達。冷める様子で離れていく人がいる一方で児子はとても気が気ではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る