第25話 分かれ道
冷たく澄んだ空気とほのかに暖かい日差しが雪に反射し輝く。生徒達は思い出の旅館を後にしバスに乗り込む。石橋メアリの回復力はとても高く自宅近くの総合病院へと転院が決まった。
雪山テラスの事件後、東海林達成はいまだ見つかっていない。こうなる事を予想していたのか、荷物はきちんと整理され特別目立つ物は出てこなかった。着替えや身の回りの持ち物や本といった生活用品だ。警察官が全て押収したが彼の居場所に繋がるものはなかった。
帰宅のバスの中はとても静かで旅行の疲れから生徒は全員眠っていた。誰も見ていないがDVDの映像が流れ懐かしい映画が映し出されている。運転席の後ろでみことと茶色が相席している。
「来てくれてよかった」
「そうですか?役に立ちました?」
「うん、もちろん。凍傷になる所だった」
「怪我がなくて良かった」
「でも辛い思い出になりそう。一生忘れられない」
「忘れても旅行行くたびに思い出すかもしれないですね。それならいっそのこと事件の事じゃなくて僕の事を思い出して下さい」
「そうね、やってみる」
カバンの中からカットりんごの林檎飴を取り出してパリっと一口食べ始める茶色。
「食べます?」
「ううん、いい」
「結構、紅茶の香りが強くて美味しくできたんですよ」と口の中で飴を転がす。
「じゃあ…頂戴」と照れた口元で言い、茶色の口をそっと指差すみこと。
「ん?あぁ、これね」一瞬、間が空くがそう言って舐めていた林檎飴を口うつしでみことの口に差し入れた。柔らかい唇、甘い飴、角ばったりんご、紅茶の香り、五感を全て使ってこの一瞬を感じた。見つめ合ったままの二人の距離が離れまた近づいてもう一度、唇を交わした。
誰も見ていない映画の主役少年は小さなテレビ画面の中で元気に走りまわっている。バスは一路東京へと走る。
ニ週間後、澁澤茶色は自由が丘を訪れていた。九品仏川緑道で開花前の花の蕾を目で追っていた。開花までは一ヶ月程先だが、いくつものベンチが設置され街並みを楽しめる憩いの場として好ましい場所だ。緑道から一歩路地を進み駅から離れる様に歩く。土地勘のない所へ行くので予定時間に余裕を持って家を出たが、時間を調節するのに困らない程素敵なお店が立ち並んでいる。本当なら、みこととこんな街並みを二人でデートしていてもおかしくない。ウインタースクールでのアルバイトが終わり疲労困憊の体を更に冷やしてしまい風邪をこじらせた。熱が下がった時には恋の熱も冷めてしまっていた。今ならまだ間に合う、「風邪を引いて連絡ができなかった」と素直に伝えて連絡を取れば彼女を繋ぎ止められると自分を鼓舞するが、一度消えた火はもうつかなかった。火がつかない理由は自分にあると薄ら気がついている。東海林達成を取り逃した事が茶色の中で消化しきれずにいた。自分の立ち回り一つで逮捕できたのではないかと悔やんでも悔やみきれない。あれからテレビをつける度、ニュースで東海林が見つかったと報道されていないかチェックを欠かさない。現れていないということは雪山で遭難した可能性もある。しっかりと捕まえて罪を償う機会を与えたかった。逃亡や自死を選んでしまうとも限らない。茶色は自分の行いを一度離れて振り返りをする為にもみこととも距離を置いてしまっていた。
ウインドウショッピングをしながら二階建てアパートの外階段の前にたどり着いた。目的地である。約束の時間には十分早いが迷惑にならないだろうかと、考えていると二階の窓が開き男が顔を出した。
「こんにちは、もしかして澁澤君?」
「はいそうです。早く来すぎてしまいました」
「嫌いじゃないよ、そういうの。上がっておいで」そういうと男は満面の笑みで親指を突き上げ上へこいとジェスチャーをする。外階段を上がっていくと小さな看板がみえた。
『恋墨探偵社』とある。扉が開き童顔の男性が満面の笑みで茶色を迎え入れた。
「恋墨探偵社へようこそ。代表をしています恋墨真保呂です」
不覚にも恋墨の透き通る瞳に釘付けになった。
この人との出会いが茶色の人生を大きく左右することになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます