第24話 雪山テラス 愛

山へ噴き上げる風で舞い上がる粉雪が体中に張り付き、熱した脳内まで冷やされる。東海林の思い描いたラブストーリーが痛々しいものに変わろうとしている事に気付き焦る茶色。スノーモービルを飛ばして黄色い雪上車にたどり着き窓越しに中を伺う。誰も乗っていないが鍵はつけっぱなしのままだ。周りには雪を踏み固めた足跡がくっきりと残っている。その先へ視線をたどるとそこには二人の人影が対峙していた。穏やかではない空気が漂い東海林の手には刃物が見えた。茶色はスノーモービルに再び飛び乗り、東海林めがけてスピードをあげる。スノーモービルのけたたましい音と共に大声で叫ぶ。


「みことさん、逃げて〜」何度も叫びながらスノーモービルは躊躇なく東海林めがけて突き進む。直前でようやくハンドルを切りブレーキを握りしめた。スノーモービルから波のように大量の雪が東海林に押し寄せた。それと同時に茶色の体も投げ出され転がり続ける。


「茶色君、大丈夫!?」駆けつけて雪にめり込んだ茶色を引っ張るみこと。


「みことさんこそ大丈夫でしたか?」体を起こしながらみことの頬に伝う涙に気付きとっさに手が前に出た。頬にそっと触れ指先を動かして涙を拭った。


「こんな危ない事したらだめじゃない、怪我する所だったのよ。いつもいつも危ない事するんだから」と、鳴き声のみこと。頭の雪をはらうみことと茶色の間のごく狭い限られた空間には太陽に照らされたような暖かさがあることに気づいた。

 一人立ち上がろうとしていた東海林を茶色は見逃さず、向き合う二人。


「すべて、あなたが企んだことですね。シャンプーの事も火事の事も。あなたが一つ一つ拾い集めた辛い出来事は目を背けたくなるものばかりだったのかもしれない。けれど、それを乗り越えるのは彼女であってあなたではない」


「俺は彼女の為にやったんだ。お前に何が分かるっていうんだ。心も身体も傷つけられて見ていられないんだ。好きな人にただ笑っていて欲しかっただけだ」思いを吐露する東海林。


「その独り善がりが狂ってるって言ってんだよ。みことさんの為に行動していると思い込んだあんたは、ただのエンパスだよ。人並み外れて共感力が高く自分も同じ感情に陥ってしまう体質なんだよ。だから、これは恋でも愛でもない、あんたの犯罪だ」言い切った茶色は東海林に一歩ずつ近づき強い口調で続ける。


「自分のクラスの生徒が辛い目にあって平気なわけないだろう。そんな冷淡な彼女が好きなのか?」


「それは…。」言葉が出てこない東海林はみことの事も目視できずに唇を噛む。


みことに起きたつらい出来事がもし自分に起きたらと重ね合わせ、更に自分の好意が膨らんで石橋メアリに憎悪を抱いた。東海林は独り善がりのラブストーリーに溺れていた。みことの想いを理解したつもりでいて、それに共鳴する事で愛を表現していた。邪魔な人間を殺してでも彼女を笑顔にできれば思いが伝わると信じていた。みことと東海林の世界線は相容れず決して交わらない。


 東海林は振り返る事なく地続きの雪原を歩きでした。逃げるでも無く歩き続ける。

立ち去っていく東海林よりも、みことの体が気にかかり茶色はダウンジャケットを脱ぎみことに着せた。そこに、パトカーが到着し弓削と二神と合流できた。


ぶつけると弓削に宣言して物理的にぶつける事になってしまい、スノーモービルは横転したままだ。弓削に経緯を説明したが東海林はもう見当たらない。


「名探偵ブラウンは犯人を目前にして、逃がしちまったのかぁー!?」


「すみません。状況的に刃物を持っていたので深追いしませんでした。それに、この通り軽装でして」と警察官らが駆けつけ毛布に包まることができやっと二人は暖がとれた。弓削が怒るのも無理もない。肝心な犯人を逃がし、更には拝借品のスノーモービルは壊れていた。罰の悪い顔をしたまま茫然と警察に叱られることになった。

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