第23話 雪山テラス4 ヒーロー

弓削と二神はパトカーを走らせ雪山テラスに向かう。石橋メアリの説明通りだとシャンプーを渡した教員の東海林達成に事情聴取の必要がある。毒物及び劇物取締り法違反の疑い、更には

母校の大学からは毒物が盗まれた被害届もでている。窃盗の容疑もかかっている上、更なる事態を想定して今すぐ生徒の元から離さなければならない。


「なんか、起きそうな気がしてならねー」


「茶色君が東海林達成にぶつけるっていうのはどう言う意味ですかね。東京で流行ってる言葉ですか?」と運転中の二神。


「俺が知るわけねーだろー。ただ当たって砕けちゃーこまるからよ、とにかく急げ」




東海林達成は控えめな性格、陰キャではないが出不精でハマり症。パソコンの前に一日中座っている事はしばしば。それでも子供と関わる仕事に就きたいと思ったのは何不自由なく育った幼少期の影響だ。春生まれで体が大きく勉強もスポーツもこなせる、小学生時代は一番のモテ期でもあった。バレンタインには両手に抱えきれないほどチョコレートを貰う人気者。中級階級の暮らしで自分の欲しい物は何不自由なく手に入れてきた。

 しかし今、手に入らないものがある。美谷野みことその人だ。彼女に初めて会った時に一瞬で恋に落ちた。ドキッとして意識しすぎて自己紹介がうまくできなかった。眉間にシワを寄せてくしゃっと笑う所がとても可愛らしい。まさにタイプど真ん中の女性だ。そんな彼女に襲う魔女の様なモンスターペアレントが石橋メアリの母だった。無理な要望を通そうとするとき、みことの人間性も否定する様な言葉を幾度となく投げつけてきた。『メイクが下品』『服装がいやらしい』『男子に好かれようとしている』『教師以前の問題』『田舎育ちの下級階級』

 保護者との間のトラブルを教頭からも厳しく咎められトイレでこっそり泣く姿や食事が喉を通らず元気のない姿を見ていられなかった。

心も体も痩せていくみこと。見ているだけで何もできずにいる自分の不甲斐さ。このままではいけない、行動に移すべきだと次第に考える様になっていた。ヒーローの存在を待っているんだ。





黄色い雪上車の中にあの黒い覆面が見えた。まだ遠くにいるのに目があった様に思えて恐ろしい。恐怖と共に脱いだ上着が風で飛んで行くが取りに行くこともできず再び山を降りて行くしかできなかった。走って行く先にたくさんの子供達が整列している。近づくほどに安心でき、足が動く。しかし近づくほどに違いに気づいた。


「うちの学校の子じゃない。この子達を巻き込めない」


子供に助けを求めるわけにもいかず、辺りを見回して建物を目指す。ポケットに入っていたはずのスマホは上着と一緒に飛ばされてしまった。雪山を降りてきたはずなのに見たこともない場所に降り立っていた。


「ここは何処なの?」見たこともない街並みを目の前にしてパラレルワールドにきてしまったかの様な気分になり頭が混乱する。ほぼ人通りはなく、辛うじて車の窓の雪かきをしている女性を見つけた。


「すみません。交番か矜持筑北旅館を知りませんか?」


「この辺りにはそんな旅館はないよ。交番すらないさ」というと車に乗り込んで行った。みことが不審者に見えたのか、よほど急いでいたのか振り返ることなく車を発車させた。


絶望しているみことに、黒い覆面が追いついく。


「君がいるべき場所に連れ戻してあげる」叫びながら近づく黒い覆面


「あなたなんて知らない」もう動くことができないみこと


「君を闇から引っ張りだしてあげたのは僕だよ」そういうと黒い覆面をとる。


「東海林先生、なんでですか」


「ダメになってしまった君でも僕ならすべてを愛してあげられる。僕が石橋メアリを懲らしめたんだよ。君の為に、君もそう望んでいただろう?」


「私は何も望んでない」全身で否定する。


「僕は君のヒーローだよ。何で怖がるんだい」

恐ろしくて言葉が出てこないみこと。


「僕らはお似合いだって噂になってたよ。君は僕の心で君の痛みは僕の痛みそのもの。僕は離れない運命共同体そのものだろう。風邪を引いてしまうよ、さあおいで」


手を差し出し愛を語るその男の目は子供の様に純粋にキラキラとしてみことを見つめている。石橋メアリに毒を盛り、旅館に火をつけたこの男がヒーローだと言うのか。

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