第21話 雪山テラス2

雪山の頂上では電波が入らないことに気づき、ワークショップの合間に電話を借りに行くことにした。みことを探すも先ほどまでいたはずだが見当たらない。不審に思いつつ弓削に電話をかける。


「おはようございます。澁澤茶色です。今大丈夫でしょうか…」話し終わる前に食い気味に弓削が話し出す。


「全然連絡とれねぇじゃねぇかよー。焼け残ったシャンプーからヒ素がでたんだよ。今何してんだよ」


「山頂にいて電波が入らないんです。そのシャンプーを捨て人物はわかったんです。杢代彩乃さんです。石橋メアリさんから捨てる様にお願いされたと聞きました。石橋さんの意識が戻ったそうなので病院でシャンプーをもらった相手を聞いてきて下さい。僕は当てがあるのでぶつけてみます」


「おい、ぶつけるって大丈夫か?相手はヒ素を入れる様な奴なんだぞ」


「そうですね。でも急がなければいけない気がするんです」周りを見渡すがみことは何処にもいない。


「おぅわかった。おまえも気をつけろよ」弓削は心配そうに電話を切った。


朝から東海林の姿を見ていないのは自分が忙しくしていたせいかと思っていたが、先程までいたはずのみことの姿もないことに不安を覚え外を見る。窓から見下ろす景色には観光客がちらほらいるがみことはいない。すると不穏なブサー音がどこからか聞こえてきた。





みことはリフトにしがみつく様に乗っていた。心臓が痛いほどに早く脈打ち息が苦しい。何度も何度も振り返りあの黒い影を探していた。指先はすぐに冷え、山から噴き上がる冷気が体を襲う。リフトに乗れば追いつかれることはないし山を降りればスマホの電波が入るかもしれない。寒さよりも恐怖による心の支配に震えている。


「ブーーーーーーーーーーー」


突然大きなブサー音が鳴りリフトが停止した。みことを乗せたリフトは大きく前後に揺れ、振り落とされない様に必死でしがみついた。何かがおかしい、しかし後ろに黒い影は見当たらない。すると停止したリフトは急に逆回転に動き始めた。先程よりもぐんぐんスピードを上げはじめ、みことを引き戻すかのようにロープの擦れる音が聞こえる。誰かがリフトを操作していると思うと再び恐怖が込み上げてくる。このままではあの黒い覆面のところに引き戻されてしまう。みことは地上が近づくタイミングを図り意を決してリフトから飛び降りた。


「キャーーーーー!」


足をバタつかせながら落ち、ドスっという音と共に体が雪にめり込んだ。尻から落ちたのが幸いし深く沈み込むことなく自分の体で作った穴から這い出ることができた。みことが飛び降りたリフトの椅子は不規則に動き、先程まで乗っていたみことの動揺とシンクロニシティの動きを見せながら雪山を引き戻されて行く。雪のなかを一人歩いて降りなければならない。それでも後悔のひとつもなくみことは一人雪山を降りて行く。





石橋メアリは真っ白なベットの上で目を開けた。体は重く、言葉が喋れる気がしないが瞬きをすると目に潤いが戻ってくる。

 

あーそうだ、思い出した。私はお風呂で倒れたんだ。裸のままだったし、恥ずかしいな。皆今何してるかな。ウインタースクール終わっちゃったのかなあ。


看護師がバタバタと動いていて医師がかけつける様子を目で追いかけ無意識に見ていた。呼吸が整い医師の診察を受ける。


「ここは病院です。何が起きたかわかりますか?」医師がメアリを覗きこむ。


「はい、なんとなくは」声が掠れてうまく喋れない。


「そうですか、警察が来ています。話をしたいそうです。よろしいですか?」


「はい」警察と言われ内心ドキッとしたが本当の事言わなければならない所まで来たようだ。扉が開きスーツを着た二人の男性が私を見て近づいてきた。


「おはよう石橋さん、刑事の弓削と言います。こっちは二神です。起きたばかりの所申し訳ないけれど話を聞かせてもらえる?」


「はい」声はまた擦れている。





ブサーの音に導かれて茶色は雪山テラスを出た。山頂に上がってきたゴンドラに近づくがブサーは建物の裏で鳴っている事に気付き胸騒ぎがした。雪上を小走りで走るとリフトが見えブサー音がそこから発していた。周りの観光客も立ち止まり様子を見ている。リフトに近づくと物々しい雰囲気があり、人が閑散としている。


「お兄さん近づくと危ないよ。今警察呼んでるから」と中年の男性から声をかけられた。


「何かあったんですか?」周りを見渡す。


「刃物を持った奴が女性を追いかけてたんだ」観光客はリフトを指指す。


「その女性って、どんな人でした?」胸騒ぎが止まらない。


「どんなって20代くらいの若い綺麗な人だったよ。上着を着ていないから建物から出てきたのかもしれないな」茶色は耳を疑って早口で喋る。


「何処に向かいましたか!?」中年の男性の肩を掴み力が入る。


「リフトに乗って降りたんだよ。只事じゃない感じだった」走り出したい気持ちを抑えきれずお礼もせずリフトに向かった。




みことは一直線に下山する。大きな刃物を振り上げた時にあの目から殺意を感じた。なんでわたしがこんな目に遭わなきゃいけないの。手は冷たく感覚が無くなり、頭には粉雪が降り積もっている。私が何をしたっていうの。恐怖と寒さと孤独が押し寄せて頭がパンパンになる。目から涙が流れる代わりにまつ毛についた水分が白く凍ってきて重い。重いまつ毛のせいで瞬きが遅くなり眠気と錯覚する。こんな状況で目を瞑ってしまいたくなるのを堪えて、必死で目を開けて足を動かす。どんなに雪山を下っても景色が変わらない。心が折れそうな時に山から聞こえてくる。


「ゴーーーーーー」大きな機械音が遠くから聞こえてくる。走りながら振り返ると黄色いキャタピラーの雪上車が走っていた。


「やった、助かった」みことは走るのをやめ大きく両手を振り助けを求めた。


「おーーい!助けてー!」真っ白なゲレンデの中にポツンと雪を被った人間が立っているとは思わず雪上車はみことの方向に向かって走ってはこない。みことは上着を脱ぎ先程よりも大きく両手を振りアピールし続けた。すると、雪上車はこちらに向きを変え向かってくる。一つ孤独から解放された気がして胸を撫で下ろし安堵した瞬間、雪上車の運転席の中に黒い服の目出し帽の人間を見つけた。

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