第20話 雪山テラス
火事から一夜明け東京に帰る朝がやってきた。スキーを満喫した生徒の体は乳酸が溜まりどの生徒も筋肉痛に悩まされていた。普段使わない筋力を使い全力で旅行を楽しんだ証だ。最後のイベントを楽しみにしている。ゴンドラに乗り山頂近くへ行き雪山の真っ白な世界を堪能する。そこでワークショップを担当する茶色は忙しく荷造りをしながら、刑事の弓削から連絡を待っていた。混雑の回避と気温が低い朝にはダイアモンドダストが見られる可能性もあるため早朝の出発となった。バスにそれぞれ乗車し出発する。雪の回廊と北アルプスの眺望を満喫しながら眠気を押し殺してバスに揺られる。下界とは違い雪をすっぽりと被った山々を見ているとより冷え込んでくる。東京では豪雪を見ることはない為圧巻の雪景色を楽しんだ。駐車場からゴンドラに乗り生徒の目が覚めるほどの景色が広がる。眼下に映るのは大きな北アルプスの大パノラマと雪を被った小さな集落。ぐんぐん山頂へ向かうゴンドラの逞しい音と共に高度が上がり耳が詰まった。
「耳が詰まったらあくびをしたり、唾を飲んでね」
「先生なんで耳が変になるの?」
「標高の高いところに行くと、耳管という鼻に繋がる管が閉じてしまうのよ。だからあくびしたり唾を飲み込む事で圧力を元にもどすのよ」とみことが説明する。
ゴンドラが頂上付近に到着すると、駆け出していく子や両手を広げて全身で喜ぶ子、ヤッホーと叫ぶ子など生徒の期待と興奮が歩く姿から見てとれた。最後のイベントを迎える事ができみことはホッとしていた。全員が施設に入った事を確認してワークショップがスタートした。
「まず林檎を大きめにカットして串をしっかり挿します。もうは一つの林檎は切らずにへたのあったところに割り箸を挿します。」エプロン姿の茶色が料理の先生となる。
「100ccのお湯に紅茶のティーバッグを入れて待ちます。お鍋担当の人は砂糖を240g測ってフライパンに入れてください。紅茶の色がお湯にしっかり付いたら砂糖と混ぜて火をつけます。ブクブクしてとろみがついたら大きな林檎から順に絡めていきます。鍋を傾けてクルクル回して満遍なくついたら、クッキングシートに置きます」
「りんご飴だね。しかも紅茶味」
みことは茶色と出会った時の事を思い返していた。新宿中央公園のりんご飴屋でアルバイトをしていた茶色に助けられて今一緒にいる。このワークショップはみことに向けて行われていた。みことと茶色しか知らない出会いを思い返す特別なワークショップだ。みことを見て微笑んでいる茶色と目が合う。紅茶の甘い香りと温かい鍋の熱気で頬が緩み赤くなるのを感じた。たくさんの生徒と一緒にいる空間であるはずが二人だけの思い出を作っていた。
夏の屋台でしか出会えないりんご飴作りを生徒達も楽しんでいる。
「先生、りんご飴の箸が足りない。もっとたくさん作りたいよ」
「そうね、箸ならもっと用意できるかもしれない」もっとりんご飴を作らせてあげたいと思いみことは部屋から出て箸を調達しに出かけた。
エレベーターに一人で乗り込み一階に降りようとボタンを押す。扉は閉まりエレベーターは静かに下り一階に着く。降りようと一歩前出るが扉が開かない。
「えっなんで!?」
みことは不審に思い開くボタンを押すが開かない。するとエレベーターは再び上昇しみことを連れ去る。想像しないエレベーターの動きに体がついていかずよろめく。エレベーターは三階に停まるがやはり開かず、焦るみことはボタンを連打する。
「あれ!?故障?」
ポケットからスマホを取り出すが圏外で繋がらない。
「誰か、いませんかー、扉が開かないんです!たすけて!」
全ての階のボタンを押すが扉は開かず両手で扉を叩く。みことの声は誰にも届かず次第にパニックになってくる。
「どうなってるの!?」
エレベーターは再びみことを乗せたまま下降したり上昇したり停止を繰り返し意図しない動きをする、エレベーターに意思があるかのようにみことの体は上下にもて遊ばれてふらついてしまう。緊急ボタンがある事に気付きを押すとようやく止まったのは地下だった。ふらつきながらも扉の間に両手をかけこじ開けようとすると、ゆっくりと扉に隙間ができた。靴の先を強引に差し込みこじ開けて外へと出た。
「やっとでられた。でもここはどこ?」
目の前には一面銀世界の雪景色が広がるが建物に戻る出入り口はあのエレベーターしかない。パニックになったみことの目に入ったのは黒い覆面の人物。助けてくれる人間には見えず後ろに一歩後退りする。恐怖で言葉が何もでない。しかし黒い覆面の男は確実にみことを見ている。その目は大きく開かれ目の中に冷徹な感情を感じる。片手に大きな鉈を持ちそれを振り上げる。
「キャー!!!!!」
叫ぶみことにゆっくりと近づいてくる。右も左も真っ白な雪山で逃げ場がなく、みことは一直線にリフトに向かった。走ると足元を取られ、より深く雪に沈み込むが走らずにはいられない。
「助けてーーー、誰かーーー!」
叫びながら振り返ると黒い覆面が追ってきたのが見えた。雪に足をとられながらリフトに乗り山を下る。どうにかして人のいる所に行きたい。怖くて振り向くことができなかった。意を決して降り向いてみたが黒い覆面の姿は見えなかった。
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