第18話 消火と炎上

火事が起きたのは宿泊棟の一部分だった。九人部屋として使っていた生徒の部屋が燃えていた。あのメアリの使っていた部屋だ。畳の大部屋は燃え易く二つ隣の部屋まで延焼した。生徒がいち早く気付いた事と初期消火も相まって全焼は免れた。風が無かったことも幸いした。毒を入れた犯人と同一人物による放火の可能性があると容易く想像できる。石橋の荷物を狙ったものか。教師も生徒も言葉を失う程の衝撃的な出来事だった。目前で火事を見る事が一生のうちに何度あるだろうか。みことは目に涙を溜め込み溢れそうなその眼差しのまま茶色のダウンジャケットを引っ張る。


「茶色君、危ない事しないで。火事の煙には有害物質が入っているから少し吸い込んだだけでもとても危険なのよ」


「すみません。急いで消火すれば消せると思っちゃいました」


「見てるだけでとても怖かった。茶色君が巻き込まれたらどうしようって、離れて!離れて‼︎って叫んでも私の声は届かないし」


「あっえっ!?そうだったんですか。心配かけちゃってすみません」


火事の炎は消えたがみことの炎は逆に盛り上がり、どうしようもない程に茶色を意識していた。茶色は照れ隠しに目を背けた時、ふとそれが目入った。ドラム缶の中に燃えきらない容器が入っている。トングで取りだすとそれは手のひらに収まる程の水色の細い容器だった。火事の騒動に紛れて処分しようとした物に違いない。茶色は確信をもってその水色の容器をハンカチの上に取り出しそっとポケットにしまった。


「雰囲気をぶち壊したくないのですが、みことさんを庇護する為にも大事な為事なので失礼します」と最大級にカッコつけてその場を離れ走り出す。




「弓削さん、探し物見つかりました」自信満々の声で弓削に連絡をした。


「そうか!よっし、急いで鑑識にまわす」


「僕もう躊躇しません。捨てた人物に心当たりがあるので確かめます」


火事によって部屋が焼け、生徒の荷物も焼けてしまった。しかしメアリの荷物は引き上げて保管していた為、放火犯の思い通りにはならなかった。


「こんにちは、少し話しがあるんだけど聞いてくれる?」茶色は一人の生徒に声をかける。


「はい」人気のないところを目指し歩き生徒が後ろに着いてくる。


「ずっと探していた石橋さんのシャンプーが見つかったんだ。誰かが炎の中に投げ入れたから焼けてしまったんだけど、中から毒物が検出されて指紋もとれたんだ」


「私じゃないです。毒もいれてないしドラム缶にも入れてない」


「おかしいんだよね。色からして女性用には見えなかったんだ」


「それは…」


「どうして、君がシャンプーを持っていたの?」


「私じゃないです」


「でも、杢代さん知ってたよね。ドラム缶にあった事を。僕は炎の中に投げ入れて焼けていたとは言ったけどドラム缶とは言ってないよ。炎といったら、あの火事を思い出すのが普通じゃない?なのになんで杢代さんはドラム缶だと思ったの?」優しくでも真剣に伝えた。


「…私が…捨てたからです」言ってしまったと後悔の表情の彩乃。


「そうだよね。でも何で杢代さんが持ってたのか教えてほしいんだ」圧がかからないように杢代彩乃の目線にしゃがむ。


「あの時、お風呂場で倒れた時にメアリが私にシャンプーをよこしたんです。目で隠してって言ってた。メアリは分かった上で私にそう伝えてきたからメアリの為に隠していました」





カッコ良くて優しい先生が好きで、今日も良い匂いですねって話をしていたら私にだけ内緒で先生の使っているシャンプーを貸してくれた。嬉しくて本当は内緒だけど彩乃は親友だからこっそり話した。それはすごいねやったねって言ってくれて二人の秘密にしてくれた。嬉しくていっぱい使って泡立てて使った。良い香り。先生と同じ香りが嬉しかった。シャンプーを流す時に滴ってきた液体が目に入ってたちまち具合が悪くなり、息がし辛くなり私は気付いた。あぁ、先生は私に悪意を持ってこれを渡したんだって。でもその悪意の原因はどう考えたって私なわけで。それを甘んじて受け入れないと私はいつまでも許されないんだからこれでいいと思った。シャンプーを隠さないと先生が困るから床を滑らせ彩乃に託した。先生を悪者にしたくなかった。




「石橋さんは誰からそのシャンプーを受け取ったの?」


「メアリから聞いてください」杢代はこれ以上喋らなくなった。

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