第13話 刑事

矜持筑北旅館に刑事がやってきた。事件性も考慮しての為か小さな町だからか。


「弓削です。こちらは二神。たまたま近くにいたもので寄らせてもらいました」


弓削の方はベテラン刑事の風格のある50代で低音ボイスのイケおじ、二神刑事は刑事ににつかわしくないくりっとした二重の持ち主だ。今度はみこと、羽田、茶色の三人で浴場へ案内した。


「ここが浴場です」


と言って扉を開けてみことは首を傾げた。


「こんなに、荒れてたかしら…私が救急車に同乗した後どうなったか羽田先生知ってます?」


「残りの入浴中の生徒達は救急隊が帰った後に浴室から出て来て脱衣所を使用しました。でも、その時に何人かが具合が悪いと言って座り込んだりしていて、全員の着替えが済んだのを見計らって応援の先生を呼びました。その後は浴場は使われていないですし、具合の悪い生徒たちは教諭の部屋へ移動してもらい澁澤先生にも応援にきてもらいました」


「僕が最初に警察官を案内しに浴場へ向かっている時、浴場の方から誰かが歩いて離れて行く所を見たんです。その後浴場に行ってみるともうこの状態でした。羽田先生がその後来てくれたので羽田先生だと思っていました」


「いえ、私は澁澤先生と警察官のお二人が見えたので後を追って来ました。説明が必要かなと思ったので」


茶色も違和感を感じたがみことの記憶にも脱衣所が荒れていた記憶がない。最初に警官たちを浴場に案内したときに見た人影は誰なのか。浴場から離れて行くところだった事を思い出し羽田ではないだろうと茶色も思い直した。


「この脱衣所にはアメニティグッズがないんですか?それとも荒らされたから無いんですか?」と弓削が聞く。


「もともとありません、生徒がそれぞれ持って来て使用します」


「なるほど、具合の悪い生徒達が立ち去ってから澁澤さんが来るまでの間にこの様になった可能性があるわけですね。敷地内の為施錠されていなかったので誰でも入れたという事ですね。具合の悪い生徒は大丈夫だったのですか?」


「過呼吸の子がいて集団心理の一つで、自分も具合が悪くなるんじゃないかと思い込んでしまった様子で、どの子も比較的すぐに回復しました」と子供達の対応をした茶色が答えた。


「では浴室も見せてください」


羽田が先頭で浴室へ入り石橋が使っていたシャワーを指差す。


「ここです。頭を入り口に向けて倒れていました」


自分の体を使って横に体を倒すそぶりを見せながら説明する。


「原因に心当たりありますか?例えば硫黄の温泉の匂いがするとか」


「いいえ、特には。私はお風呂担当として脱衣所にいたり外で待つ生徒を時間通りに中へ入れたり声をかけたりする仕事だったのですが、硫黄どころか温泉っぽい匂いもしませんでした」


「倒れていた石橋さんは、鼻を押さえたりお腹を押さえたりしてましたか?」急に茶色が質問する。


「私は倒れた後しかわからないけれど、瀧さんなら直前の様子がわかるかもしれません」



生徒を刺激しないよう、みことが一人で瀧しおりを呼んでくる事になった。二人の刑事と茶色、羽田はそれまで待つ事になり。茶色が弓削に話しかける。


「ゆげさんって温泉みたいでピッタリの名前ですね」


「湯気じゃなく、弓削だ。下にイントネーションを下げた方だ。長野県じゃあ珍しがられるが宮崎県だとまぁよく見かける名だよ」


「宮崎県ご出身なんですねー。本物の刑事さんなんてテレビでしか見た事ないですから気になっちゃって」


「そうか」


本物の刑事と言われてまんざらでもない様子の弓削。


「ちなみに僕の名は澁澤茶色と言います」


「茶色?茶色ってチョコレートとかの茶色か?」


「そうです、ブラウンの茶色です。お母さんがイギリスのミステリー作家の作品にあるブラウン神父シリーズが大好きで僕に茶色という名前を付けたんです。ブラウン神父は小柄で頭の切れるユーモアのある人で事件を解決していくんです」


「じゃあ、今回の事件の解決にあやかれるかもしれないな茶色君」


「くくっ、僕も頑張ります」


そこに、みことに連れられて瀧しおりがやってきた。不安だと顔に書いてある様だった為、弓削は優しく話しかけた。


「こんばんは。石橋メアリさんの事で分からないことがあって聞かせて欲しいんだ。石橋さんが具合が悪くなる前は何をしていたのかな」


「何って、たぶん顔を洗っていたと思います。私より前にお風呂に入っていたから頭は洗い終わってて、シャワーを浴びてました。こうやって上を向いて」


上を向く仕草とシャワーを手にしているように見える。


「どちらかというと、顔を洗うっていうか顔にシャワーをかけてました」


「もしかして目が痛そうだった?」茶色が聞く。


「はい。倒れた時も目を硬くつぶっていました」


「瀧さん、ありがとうもう帰っていいわ」とみことが瀧しおりを部屋へ帰るよう促した。


瀧しおりが立ち去った事を確認して弓削は茶色に言った。


「シャンプーに毒が入っていると思っているのかい?」


「はい、なんとなく。皆それぞれアメニティを持ってきて使うので個人的に狙いやすいですよね。シャンプーなんてサラッとしてたら目に入りやすいですし、髪の長い石橋さんはシャワーで流すまで時間もかかるとなると怪しいです」


「石橋さんは髪が長いんですか?」


「はい、いつもツインテールで結っていますが下ろしたらかなり長いです」とみことが答える。


「シャンプーは今どこに?」


「もしかしたら、病院に持って行った手荷物にあるかもしれません」


浴室で使用されたかもしれない毒入りシャンプーを探しに刑事の二人は病院へ向かうことになった。茶色は連れて行ってもらうことができなかった為、弓削から連絡をもらう約束をして連絡先を交換した。


「あー、僕も病院行きたかったです」


「ブラウン神父登場ですね」


「何そのブラウン神父って?茶色君の事?」


「美谷野先生が瀧さんを呼びに行ってる時に茶色君の名前の由来になったミステリー作品の話を聞いたんです」


「えーそうなの。珍しい名前だから触れちゃいけないかと思ってたよ」とみこと。


「触れてくださいよ。気になりますでしょ?」


「いや、大丈夫」


「大丈夫ってなんですか?」


関西人の様なイントネーションになって大袈裟なリアクションをとる茶色だった。

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