第12話 事件発生
「こちらの浴場で、女子は南側で男子が北側を使用していました」
浴場へ入ると脱衣所のカゴやマットが散らかり生徒達の使用後何者かが探し物をしているかのようだった。浴室内には異常がなくはそもそも何も置いていない。
「どこを使用していたかまでは聞いてないです」
「体調が悪化した方のお名前は?」
「石橋メアリさんです」
入り口からそっと羽田先生が入ってくる。あの時の人影は羽田先生だったのかと茶色は思い納得した。
「私が生徒を介抱したので説明します。生徒の騒ぐ声が聞こえて駆けつけました。石橋さんは浴室の一番端のシャワーを使っていて、私が来た時にはシャワーが出たまま床に苦しそうに目を瞑ってうずくまっていました」
「それは、一人一つのシャワーを使っていたという事で間違いないですか?」
「はい、彼女達の班は九人班で大人数で浴場にやってきましたが、それ以上にシャワーはあるので一人一つ使えます」
「出血や異臭はしなかったですか?」
「まったくないです。匂いもシャンプーやボディソープの香りぐらいです」
「わかりました。所轄に連絡しておこう」
二人の警察官は浴場の外に出ていった。
「石橋さんのシャワーの横にいたのは杢代さんですか?」と茶色が聞く。
「いや、たしか瀧さんが使っていて瀧さんに呼ばれて浴室に入ったの。杢代さんは仲良しだけど、もしかしたら遠慮して隣を避けたんじゃないかなぁ」
「広いからわざわざ隣を使わず離れたわけですね。石橋さんってどんな子でした?」
「あー実はね、石橋さんっていうよりお母さんの方が印象が強くて謂わゆるモンスターペアレントで抗議の電話とかしょっちゅうかけて来るから要注意人物なのよ。こんな事になって教頭はハラハラしてると思うわ」
「なるほど、だから警官より電話を優先せざるを得なかったんですね」
「昔は普通のご両親だったって聞いたけどお兄さんが病気がちで入退院を繰り返していて、メアリさんの事でも過保護になっていたみたい。去年の創作演劇会の時なんて毎日クレームの嵐だったわ。キャストはオーディションで公平に決められていくのに、主要キャストのオーディションに石橋さんが落ちちゃって学校への抗議がすごかったの。イルカやシャチやエビみたいなメジャーな役じゃないとやる意味がないって参加拒否するって言ったり、オーディションの見学に勝手に来たり、やりたい放題で結局人魚っていう役を勝手に作ってセリフも作って演じていたわ」
「人魚ですか。それなら主役級ですね」
「美谷野先生は他の生徒や親子さん達への説明や対応やらでげっそりしてたよ。昔はもうちょっとぽっちゃりしてたのになぁ」
「石橋さんは周りから反感や恨みをかってそうですよね」
「いや、そういうわけじゃないかなぁ。生徒同士は仲良くしていて石橋さん自身はいい子だと思うわ。人気者って感じね」
「じゃあ、今回のことは石橋さんへの嫌がらせではなく事故ですかね」
「えっ!そんな事起きてるの?」
「さっき教頭が、警官に説明した時には石橋さんが中毒になって集中治療室にいると聞きました。何の中毒かは検査待ちだそうです」
「えっ、知らなかった。体調不良かとばかり思っていたわ」
羽田先生のスマホが鳴り、教師講師は全員、教頭の部屋へ集まるようにとの電話がかかってきた。警察官にもその事を伝えて教頭の部屋へ四人は向かう。
扉をノックするとみことが帰ってきていた。替わりに病院へ行った東海林先生以外が集まった。
「また集まってもらってすみません。警察官の方も聞いてください。美谷野先生が石橋さんの容体を聞いたので皆さんにも共有します。石橋さんは集中治療室で毒物の中毒症状による意識障害と呼吸障害が起きているそうです。このままウィンタースクールを継続するか否か検討しなければなりません。私としては原因がわからない以上継続は不可能かと考えています」
「毒物って誰かが石橋さんを狙ったって事ですか?」茶色が声をあげた。
「石橋さんが生死を彷徨っているとしか答えられません」
「中毒といっても、アルコール中毒とか一酸化中毒とかカフェイン中毒とかたくさんありますけど、石橋さんは入浴中でした。そんな状況でどうやって、誰が何のために。なぜ彼女がそんな目に遭わなければいけないのですか?もしかしたら、これからまた誰かが被害に遭うかもしれないという事ですよね?」
周りの教師たちが考えても口に出さない言葉を茶色はすべて吐き出した。しかし、教頭に答えられる言葉なく、警察官は部屋を出てどこかと連絡を取り合っている。ウィンタースクールどころか十二月の寒い夜に一人の少女の命が消えようとしている。その子はまたしてもみことのクラスの生徒で、今度ばかりは警察の力を借りなければならない。
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