第10話 浴場
夕食を食べ終えた女子はそれぞれ部屋に戻っていく。石橋メアリの部屋は九人部屋で広々としていてむしろ広すぎてどこで寝るか迷うほどだ。九人は一箇所に布団を固めて敷き始めた。風呂の支度をする為にバッグをかき分けてあちらこちらに荷物が出されて部屋はあっという間に物であふれた。区所有の簡素な宿である矜持筑北旅館はドライヤーなどは無く、ご飯は出るものの何もアメニティグッズがない分個人の荷物が多くなってしまう。九人は時間通りに浴場に着き、服を脱ぎタオルで体を隠しながら次々に浴室へ入って行った。
「モタモタしないで急いで入ってねー、十五分しかないから以外とあっという間よ」
「はーい」
お風呂担当の羽田先生が脱ぐ事を恥ずかしがり残っている生徒を急かし促す。浴場に入っていった生徒はシャワーの前に次々に座り恥ずかしさから解放された楽しそうな声があちこちから聞こえ始めた。
しかしたった十五分しかない風呂の時間に事件は起こった。
「あっ、うっううっ…ガタン」
「どうしたのメアリちゃん?メアリちゃん大丈夫?羽田先生ー大変ですメアリちゃんが倒れました」
出しっぱなしのシャワーの下に石橋が倒れている。周りの生徒はどう手を出していいかもわからず心配そうに見つめる。
「石橋さん。大丈夫?気持ち悪い?」
「…」
全く反応が無い。気を利かせて生徒が石橋のバスタオルを持ってきて石橋の体を包んだ。呼びかけても返事がなく脱力した濡れた体は子供でも重く両脇を持ち引きづるように脱衣所に運び込まれた。連絡を受けたみことが駆けつけると石橋は口から泡を吹いていて深刻な状態であることは一目瞭然であった。
「救急車を呼びます。他の生徒達は速やかにお風呂を済ませて部屋に戻らせましょう」
「そうですね。浴室の子供に伝えます」
みことは救急車を呼び石橋に声をかけ続けた。濡れた体を拭きタオルで濡れた長い髪をまとめた。みことが慌ただしくしているので石橋と一番仲の良い杢代彩乃も一大事なのかと気にして脱衣所に戻ってきた。
「先生メアリは大丈夫?」
「救急車で病院に行くから石橋さんの洋服とか荷物を取ってもらえる?」
「わかりました」
石橋の洋服をランドリーバッグに詰めてみことに渡し杢代も着替え始めた。待っていると救急車はとても遅く感じる。サイレンの音が聞こえ始め近づいてきた。お風呂担当の羽田が外に出て救急車を呼びに行く。寒い外の空気の合間をぬうように浴場の換気口からは真っ白い水蒸気がもくもくと出て空へ散っていった。鳴り止まないサイレンを聴いて生徒達もぞくぞくと集まっている。救急車から降りてきた救急隊が石橋を担架に乗せて目隠しの為のシートで全身を覆い、みことが付き添いとして救急車に乗り込んで出発した。
車内では意識のない石橋の顔に酸素マスクがつけられている。
「心停止」
救急隊がそう叫ぶと石橋の胸の上に手を置き心臓マッサージをはじめた。一刻の猶予もないが病院までは遠い。みことは何もできずただ石橋の手を握っていた。
浴場からでてきた生徒の数人が具合を悪くして介抱が必要との連絡をうけて茶色も浴場へやってきた。石橋が倒れた所を見ていた為にパニックになり過呼吸になっている。
「杢代さん大丈夫?ゆっくり呼吸しよう。吐く息をできるだけ長く、吐くことを意識して呼吸するんだ」
「はぁはぁぁはぁぁはぁぁぁ」
「落ち着いてきたら、何が起きたか教えてくれる?」
「はい、もう大丈夫です。さっきお風呂場で頭を洗っていたらメアリが倒れたって声がして救急車で運ばれました」
「お風呂に入ってすぐ?」
「一緒にお風呂場に入って、私は頭を洗ってシャンプーを流す時だったのですぐです」
「のぼせたにしては早すぎるか、音とか匂いとか変な事無かった?」
「うーん、特には」
石橋は夕食の時は元気そうに友達と会話を楽しんでいたし、食事も残さず食べていた。これといって変わって様子がなかったので体調不良よりも食事の影響が疑われた。
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