第8話 蕎麦

行方不明の生徒望月了を見つけ出した美谷野みことと澁澤茶色は三人でタクシーに乗り他の生徒達がいる旅館へと向かう。望月は窓から景色を眺めるだけでみことが何を聞いても話そうとはしない。


「望月君、お腹空いてたらお弁当食べたらどう?」


「…」


「クラスの皆、望月君の事心配してたよ」


「…」


悪びれた様子もなく無視をつづける。再会した時の涙の理由は何だったのかと茶色は頭をひねる。あの時、確かに涙を流していたが心臓がバクバクとしている様子はなく無感情な顔から涙が溢れているかの様で不思議に感じた。もう四時過ぎだというのにお腹も空かせていない。


「望月君、安心した?」


頭をコクリと動かした。どうやらみことより茶色の方が話しやすい様だ。


「人ってね、焦ったり競ったりする時は交感神経が有利に働いてお腹が空かないもんなんだ。例えば、喧嘩してる時にお腹がぐーぐー言わないだろう。でも逆にリラックスして副交感神経が有利になると眠くなったりお腹が空いたりするんだよ。」


「ふーん」


「もしかして望月君、お蕎麦食べた?」


「なんで知ってるの?」


「二杯食べた?」


「なんで?知ってるの?」


茶色は突然、望月の行動を知っているかの様に話しだす。


「君を見つけた時、和麺コーナーのテーブルにつゆの残ったどんぶりが二つ並んで置いてあったから、でも所持金は減ってないみたいだから不思議だなって。こんなに喋らない君に誰かがご馳走してくれるのもおかしいよね。誰かいたの?」


茶色に見透かされて驚きが隠せず望月は瞬きを繰り返す。


「こっちは誘拐事件かも知れないって大騒ぎだったんだぞ。美谷野先生は優しく聞いているけれど君の安全を守るのが僕らの務めだから、すごい心配したんだ。ご家族や学校に説明しなくちゃいけないし何があったか教えてくれないと困るよ」


「誘拐じゃないよ、僕がここに居たくて居た。それだけ」


「じゃあ蕎麦は誰が?」


望月は茶色の目を見て話すが蕎麦についてはまた口を閉ざした。茶色とみことはやれやれといった表情で車窓に目を移すと薄らと雪が積もっている景色が流れている。他の生徒達がすでに到着している旅館へ三人は静かに向かう。旅館へ向かう道中、望月と東雲の間に起きた事を推察していた。以前望月にいじめられていた事があり、それを咎められ腹いせにみことをカッターで襲っている。東雲はその後望月と友達になっていて今まさに、新たな局面を迎えている気がした。三人の間でどんな感情が動いていたのか茶色はまだ気づいていなかった。


針葉樹と紅葉樹が交互に植えてあり下草の育った生き生きとしている山が見える。水を吸いあげ空気中に水蒸気を放出し太陽光の差し込む人の手入れが行き届いた保水林の山はみことの理想だ。保護者の目や教師の目が行き届いたのアグレッシブなクラスを作りたかった。それなのにどうだろうか。期待通りに運ばないどころか

みことの不甲斐なさが目立つ事態ばかり。生徒の前で弱音は言えず言葉を飲み込み到着をじっと待った。

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