第2話 棘

「澁澤茶色と申します。今年採用試験に受かったばかりですが、三兄弟の長男で面倒見の良い兄です。スポーツはバスケットを小学校から大学までやってきました。一時はBリーグのユースチームに加入していました。根気、体力は学生並みに子供の面倒は母親並みにをモットーに頑張ります。よろしくお願いします」


「力強いアピールをありがとうございます。でもここは小学校なので先生目線で、一つ子供の成長を一歩引いて見守るくらいのスタンスで、もっと力を抜いて大丈夫ですので」


「恐縮です」


「ですが、ウインタースクールでは事故の起こらないように皆さん方の協力が必要です。目配り気配りフォローしてくださると助かります。澁澤先生はスキーもできるそうですが、実際はスキースクールの先生が教えるので雪山への引率はしません」


長野県東筑摩郡筑北村への宿泊研修に参加することになり小学校での面接を終えた。教職員試験に合格したが、配属先の小学校が決まるのは新学期直前の3月なのでみことの紹介で南麹町小学校のウインタースクールに張り切って参加を決めた。日当八千円の支給があるがその中から食費三千円が引かれて交通費も多少かかるため割りに合わないバイトだと思いながらもつい張り切ってやる気をアピールをしてしまう。前職の金融機関で働いている時の癖が抜けてないなと気づいてしまう。空っぽのやる気は最初の勢いのみですぐに失速してしまい重たく後悔が残る。仕事ができると思われたくて、なんでもできる人間になりたくてどんな仕事も受けてきた。仕事の出来ない人間には重要書類の作成や交渉も回ってこずそもそも期待されないので自分の仕事だけして退社する。そういう人間を見てこういうタイプにはなりたくはないが給与の格差はあまりないんだろうなと葛藤が生じた。出来ない人間には頼まず出来る人間が疲れ切るまで抱え込むそんな業務配分が気に染まないことに気づき心を壊す前に退職を選んだ。仕事への向き合いかたを変えたくてこの世界に飛び込んだ。正確にはまだ飛び込んではいないが飛び込むつもりだ。


七時集合の生徒達に対して教師は六時半に集合し最終確認を行う。茶色の役目は特になく引率らしく周囲に気を配る。早い生徒は親同伴でちらほら登校しそのほとんどがスーツケースを引いてくる子ばかりで現代的でバスの荷詰めの効率もよい。親の役目も荷物持ちからお見送りにシフトチェンジしていると感じた。茶色はみことのクラスのバスに乗りエンジン音の大きな高鳴りと共鳴して生徒の興奮のボルテージも上がっていく。

手を振るたくさんの親たちに見送られ生徒は大興奮の気持ちを抑えられぬまま出発した。車内で一番べちゃくちゃと騒々しいのは望月了と石橋メアリのコンビだ。体も背も大きく坊主あたまがトレードマークで一度会ったら忘れられないキャラクターの望月とツインテールに薄らピンクのリップを塗って白タイツに白スカート、白ダウンのホワイトコーディネートで決めてきた石橋。

「俺ねーUNOとトランプとポケカ持ってきたー」


「ポケカいらないし、誰と対戦するの?ちょっと見せて」


「超レアなカード引いたんだよ。ネットで売ったら六万するんだぜ」


「やばーい」


カードゲーム自慢やお菓子自慢が始まり席から身を乗り出すようにする生徒をみことがピシャリと収める。普段よりトーンを二つ程下げて発する声はベテランの先生だ。


トイレ休憩に寄ったサービスエリアでおしゃれ女子の石橋が友達を連れて東海林先生の周りを囲んでいる。東海林先生は低学年を受け持つ先生で昨年度にこの学年の受け持ちのクラスがあった為生徒をよく知っている為選ばれた先生だ。背が高くてスレンダーなスタイルで韓流スターの様な肌ツヤをしていて親からも評判が高いとみことが情報を補足してきた。


「先生いい匂いの香水つけてるー?」


「つけてないよ、柔軟剤かシャンプーかな」


「何使ってるのー?」


「何ってドラッグストアに売ってる普通の柔軟剤だよ」


「美谷野先生はねーランドリンの柔軟剤なんだけど、あんまり好きくない。先生の方がいいよねー」


「わかるー、東海林先生の方がいい匂いするー」


子供のストーレートすぎる言葉は大人には無い棘が多く残っている。たわいもない会話の中に中傷する棘が隠されることなく存在している。

子供社会の複雑さを皆経験して大人になっていくがこの生徒達には、一足も二足も駆け足で子供社会を抜け出そうとしている事にまだ僕は気づいていなかった。

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