キョウメイ

茉莉花-Matsurika-

第一章 不可解な愛憎コースター

第1話 振り向いて

社会人になって六年、地元の祭りに顔をだすことはとっくになくなった。今日は昔のバイト仲間の先輩がりんご飴の屋台を出すから手伝いを頼まれて渋々、新宿中央公園にやってきた。ガラの悪い地元の友達とテキ屋をやっている先輩の頼みを無碍に断ると後々面倒なことになりそうなので、言われるがままやってきた。店先に何時間か立ってれば帰れるだろう。祭りの雰囲気を楽しむこともできるし、タダ働きだがしかたない。日が沈むにつれ子供から浴衣姿の男女に客層が変わっていく。りんご飴といちご飴は真っ赤でかわいらしく下駄をカンカン鳴らした女性のお客がちらほら立ち寄って買っていく。りんご飴の甘い香りと汗臭い人々の体臭が入り混じった都会独特の匂いに慣れてしまっている自分が嫌になる。しかしその人はラベンダーの香りと共に僕の前に現れた。小さな顔に大きな瞳、童顔で小ぶり、唇は口角がきゅっとあがりりんご飴のように真っ赤な口紅でしゃべる口調は大人の雰囲気にスパイスをふりかけた様な美しい人だった。浴衣姿の彼女は困った顔つきで話かけてくる。

「ちょっと、お兄さんこの辺りに交番あるか知ってますか?」


唾を飲む音が聞こえてしまったかもしれない。高鳴る気持ちを抑えて質問に集中する。


「公園の角に熊野神社あるのわかりますか?あそこに交番があります」


「熊野神社?うーん、どっちの方向?私方向音痴で」


「じゃあ、行きますよ一緒に」


「えっ、でもお店平気ですか?」


「ああ、大丈夫です。すぐ先輩が戻ってくるので。行きましょう」


先輩が戻ってこようとこまいとどうでも良かった。今この人と一緒にいたい。ただそれだけでこの後はノープランだ。どーする俺。


「何かあったんですか?」


「外国人に付きまとわれて、その時にスマホを盗まれたみたいで友達とはぐれちゃったしもう、どうしていいかわからなくて」


「スマホにロックかかってますか?」


「うん、その辺は大丈夫だけど」


「そのアップルウォッチで、デバイスを探せば見つかると思います」


「ほんとに!?」


「はい、でも、相手が外国人とかなら一旦交番に行って協力を仰ぎましょう」


「ありがとう」


これはチャンスだ。スマホを見つけて俺の株が上がれば連絡先くらい交換できるかもしれない。焦るな、汗をかくなスマートに。交番に案内して、警察官に事情を話して一緒にスマホを探してもらえれば外国人相手でも一縷の望みがあるはずだ。


「ウォッチでデバイスを探すっていうアプリを開いてみて下さい。地図がでてきませんか?」


「うん、でたでた」


「それを警察官に見せましょう」


「あれ、近くにあるみたいですね」


タメ口と敬語が絶妙に入り混じった会話。これは距離を縮めてもいいよという合図だ。そう思う間に交番が見えてきた。人が集まっている。こちらに向かって手を降る浴衣の女性がぴょんぴょん跳ねている。


「みこと〜」


「うっそ〜栄子〜やっと会えた〜!」


「このスマホ、みことのじゃないの?」


女性二人の高いトーンの会話はお呼びじゃないのよっと言われた気分になり、喜ばしいことだが俺はナンパのチャンスを失ったと確信した。


「本当にありがとうございました。いい機能があっても使う人間がこれじゃあ意味がないですよね」


自分を卑下して見せる彼女の表情はにこやかで日本人女性の奥ゆかしさを一言添えてさよならを言ってきているようだ。ここでもたつくのはダサい、さらっと立ち去った方がかっこいいかとたし引きの結果「それじゃあ」の一言で退散しようと笑顔を作った。


「このイケメンのお兄さんが交番まで連れてきてくれたんだよ。本当感謝です」


こっこれは、相手を褒めて気のある素振りのやつか?もう一声プッシュしてよねの合図と捉えた。


「お友達もスマホも両方とも見つかってよかったですね。俺も美人のお姉さんに会えて良かった。」


二対一の不利な展開を気の利く一言で突破するんだ。どうする俺。とにかく喋り続けろ。


「この後は予定ありますか?りんご飴いかがですか」


いやいや違う、客引きがしたいんじゃない。


「お二人は何のお仕事してるんですか?お綺麗なんでフライトアテンダントとか」


いやそれも、的外れか。世の男は制服系の仕事が好きだと趣味嗜好を偏らせた印象を持たれちまうぞ。


「もしかしてモデルさんとか?」


これはいい質問だ。悪い気はしないはず。


「違いますよ〜まさか。私たち小学校の教員なんです。同じ学部の友達です。今日は新宿に遊びに来ててお祭り楽しみたいなって」


「お兄さんは何してる人?りんご飴屋さん?」


「いや、りんご飴は手伝いでたまたま店番してただけで、俺も実は教員になるんです」


「えーっ奇遇だね。じゃあ勝手に先輩気取っちゃおうかな」


プライベートと先生の顔を使い分けてくる辺りは年上のできる女感でコミュニケーション力のある人なのだろう。自然と連絡先の交換に近づいている。社会人を経験してから老後や年金の事を考えるようになり安定を模索した結果小学校教員になる事にした。転勤で遠くに飛ばされる事もなく男性の教員の減少から男手が有り難がられ運動会や学芸会など力仕事も多い小学校では大活躍だろう。しかし、あんな事件に巻き込まれるとは考えもしなかった。安定どころか身の安全も危ぶまれる。みことさんに誘われて小学校でバイトをすることにした。バイトといっても宿泊研修の補助員だ。

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