第三話 自分の力

 ホテルの部屋の割り当ては、望月のわがままによって決められてしまった。ホテルの室内は仕切りがあるタイプで、ちょうど左右に一部屋ずつあるような感じだ。望月は部屋に案内されるや否や僕は篠山とにする、などと口にしだし、秋夜も何とそれに賛同したのだ。俺は秋夜と二人きりにされてしまった訳だが、正直何を話せば良いのか分からない。

 監獄から連れ出してもらったのはこの人、というのは自覚している。だが、初めて出会った時の印象とは大きく違いすぎて言葉が出ない。話題を提供しようかな、となにかかけるべき言葉を探していると……。

「ごめんね、みんなの前じゃどうしてもあんな口調になるんだ……。悪い癖っていうのはわかるんだけど」

 向こうから話を振られてしまった。それより今悪い癖と口にしていた様だが……。

「悪い癖って……どういう?」

「うん、顔を合わせなくていい時は……っていうか初対面の相手とかだとこういう感じなんだけど、顔を合わせるとなるとどうしてもあのきつい自分がね……」

 きつい自分、という表現に少し違和感を覚える。この人はそこまで自分を下に感じているのだろうか。

「初対面、というか付き合いの短い君にも多分さっきの対応になるんだろうな……」

「俺はいいですよ。みんなと同じで。特別扱い、みたいなのは……なんか嫌です」

 俺は自分なりの意見をそのまま口にする。それを聞いた秋夜は少し驚いた様子で目を見開いてこちらに聞き返す。

「え、そう……なのか!?」

 そのあまりの驚きように、俺は思わず笑ってしまい、謝りながらも答えた。

「す、すみません俺……。でも、はい。特別だとかそういうのは俺苦手です」

 その回答に何故か考え込む秋夜。やがてなにかに思い至ったのか話を続ける。

「そうか。なら、俺はこのままでしゃべらせてもらうぞ。その……気を遣わせて悪かったな」

 その謝罪に俺は首を振る。

「いえ、それはむしろこちらのセリフですから。あの時の……。監獄から出してくれた時のことは忘れません」

 慣れない笑顔を見せる俺に、秋夜も優しくほほ笑みかける。

 秋夜は今日一日中気難しそうな顔を浮かべたままだったので、少しでもその表情が和らいだことに俺は喜びを覚えた。

 このホテルはアビスの管轄下にあるものだ、と秋夜は以前口にしていた。そのおかげもあってか俺は数時間ぶりの安堵に包まれる。思い返せば今日だけで色々なことが起きた。それ以外にもヨガラスの存在を知った事、あの爆発の事、様々な事柄が脳裏を巡る。

 俺の見立てではおそらく人間を爆弾のような何かに変化、または爆弾そのものに変える能力者がいる、と踏んでいるのだが実の所人間の持つ特殊能力がどこまでできるのかを理解出来ていない。

 俺自身、俺の能力がどこまでできるのかをまるで把握しきれていないのだ。先の件で俺は完全に炎による火傷などは一切追わないことは分かったが、それ以上のことはまだ不明だ。

 こんな何も分からない、得体の知れない人間をアビスに入隊させるなど、正直話がよすぎる気がする。疑い始めればキリがないので一度目を閉じた。

「そうだ、寝るならベッドを使ってくれて構わないから──」

 という秋夜の気遣いを甘んじて受け入れようとした瞬間。部屋の仕切りが勢いよく開いた。その先には勿論望月が居る。と言うよりこれは……。

「ぶぎゃー!」

 と思い切りパンチを食らってこちらまで吹き飛ばされる望月。仕切りを開けたのは篠山だった。

「やっぱり俺は嫌です! 奏斗くん俺の部屋に来て!」

 目に涙を溜めてまで訴えかける篠山に、俺は思わず落ち着くように促した。

「ちょっと待って、何があったの……?」

 すると篠山は渋々説明した。

「最初は普通にしてたんだよその人。でも報告書とか書こうとしたら邪魔してくるし、怒ったら怒ったでニヤニヤしてくるし。最終的には遊ぼうだとか言ってくるしもううるさくて敵わないよ!」

 今度はうわーんと泣き出す篠山に俺は仕方なく駆け寄った。よく整った顔立ちのせいで年齢については正直予想もつかないが、この様子を見るに彼はかなり幼いのだろうか。

「おい、年下を泣かせて楽しいのかこの穀潰し」

 冷酷な声で望月に問いただす秋夜。

「えー? だってさ、せっかく休めるのに仕事仕事じゃつまらな……」

 言い終えるか否かのタイミングで秋夜は望月の胸ぐらを掴む。そのまま望月を持ち上げて床に勢いよく叩きつけた。

「ブフゥ!」

「いい加減にしろお前はー!」

 そのあと望月は秋夜に馬乗りにされてしばらく拘束されていた。俺はその様子を遠目に見守ることにする。

「うぅ……」

 と、まだ涙ぐむ篠山の肩をさする。

「大変、そうだね……」

「大変どころじゃないよ……俺なんて最年少だからただでさえ周りからバカにされたりするのが多いのにあの人……」

 最年少、という言葉を聞いて先程の疑問を思い出す。

「そういえば篠山さんて」

「香でいい……」

「香さんっていくつ?」

 篠山はまだ赤い目尻を擦りながら答えた。

「十三だよ?」

 それを聞いて今度は俺が叫び声を上げた。

「俺より下だったの──!?」


*****


 これはあとから聞いた話だったが、アビスでは年齢はさほど重要ではないらしい。重視されているのは本人の意思と善悪の区別、なんだそうだ。いつも自分の行いが最善であるように行動する。それがアビスに必要な人間の特徴なのだと秋夜から聞かされた。

 今となってはその特徴が、俺にとってはより曖昧なものに変わりつつあるのではあるが。

 というのも先程の俺の叫び声と、その数刻前の望月の騒ぎで苦情とまでは行かないが、もう少し控えめにして欲しい、との要望が秋夜に寄せられたらしいのだ。

 それに関してはとてつもなく申し訳なく思う。

「すみませんほんと……」

 少し深めに頭を下げて謝罪する俺に比べ、望月は悪びれる様子もなくこう口にする。

「君が気にすることないよ」

「お前にも原因があるんだぞ朔夜」

 ため息を着く秋夜にまたしても頭が上がらない。

「……あのぅ、奏斗くんと外に出ててもいいですか? 俺も着いてますからこんな時間でも大丈夫だと思いますし」

 そう言ったのは香だった。秋夜はしばらく黙り込んだあとおもむろに首を縦に振る。

「じゃあ、お言葉に甘えて行ってきますね。行こう、奏斗くん」

 俺はその提案に頷いて香と共に部屋を出る。部屋を後にする直前で、秋夜に一瞬頭を下げてから再び歩き始めた。

「ピリピリしてるの、苦手なんだよね俺」

 少し呆れた様子で香はそう口にする。

「うん、俺もあまり得意じゃない」

 年齢が近しいことがわかってから安心感はさらに増していく。やって行けるか不安であったのでその気持ちがだいぶ和らいだ。

 香はその年齢に反してとても整った顔立ちをしている。その上この仕事に就いているところを見ると、かなり大人に近い印象を受けた。

「そういえば俺、奏斗くんのことまだなんにも聞いてなかった。ね、ちょっと話そ?」

 それからしばらく雑談をしながらも東京の町をフラフラと歩いた。ずっと施設にこもりきりだった俺からすればこんな体験は滅多にない。

 気付くと日は落ちきっていて、街中は夜の顔を見せ始めていた。その中で俺達は街頭に照らされながら来た道を戻る。

 夜中でも人通りが一向に減らないところを見ると、さすがとしか言いようがない。

「もうそろそろ戻らないと怒られちゃうね」

「うん、それはちょっと避けたい」

 そう言って、早足で夜道をかける俺たちの間を何かが通り抜ける。それにいち早く気付いた香は後ろを顧みるが、そこには何も無かった。

「あれ、今たしかに……。ねえ、奏斗くん、君も見たよ……ね?」

 歯切れの悪い聞き方をする香。しかしそれに答える人影はどこにもなかった。ついさっきまでそこにいた奏斗の姿が跡形もなく消えていたのだ。

「えっ!? ちょっと待ってこれ、まさか……!」

 考えうる最悪の状況を想定する。先程通り抜けて言ってなにかの影が原因なのは明らかだろう。香はまず携帯で秋夜と連絡を取った。

「秋夜さんごめんなさい! 奏斗くんが連れさられちゃって……」

 怒鳴られるのを覚悟して目をぎゅっと瞑る香だったが、返ってきたのは予想外の言葉だった。

『……だろうと思った。今朔夜もヨガラスの一人と戦闘中だ。俺もそっちに行く。良いな、お前はそこから動くなよ』

「でもそれじゃ奏斗くんが!!」

『あいつはまだ自分の能力を把握出来てない。いい機会だろう。一人でやらせるんだ』

 その言葉に思わず固唾を飲み干した。それでもし命を落としたらこの人はどう責任を取るつもりなのか。

「わかり、ました」

 言葉だけでそう伝えて電話を切る。あの人はああ言ったが、放っておけるほど香は器が大きくは無い。

「行かないと、俺のせいなんだから……!」

 ぐっと息を飲み駆け出した香。記憶を可能な限り呼び起こし、黒い影の行方を追った。


──その一方で。


 一瞬の隙を突かれた俺はどこかの廃墟に連れ去られていた。相手は瞬間移動系の能力者だろうか。

 薄暗い建物の中に月明かりが差し込んでいる。この廃墟は所々ボロボロで僅かに空いた穴からも月明かりが漏れ出ているのが見えた。その僅かな光を頼りに周囲を確認しようとしたが、首にひんやりとしたなにかの感触があったために静止する。

「そうだ動くなよ。動けばこのナイフを……」

 脅し慣れていないのか、俺の首に突きつけようとしているナイフが小刻みに震えているのが僅かに視界の端に映る。思い返せば声も若干自信がなさそうに聞こえた。

 俺が首を動かそうとすると今度は小声で俺に語りかける。

「動くな。俺も……殺しなんて……」

 その言い回しに自分なりの仮説を立てる。この人はもしかしたら脅されてこんな事を?

「あんた一人なのか、ここにいるのは」

 誰にも聞こえないようにほんの少しの声量でそう聞くと。

「違う、まだいる……」

 そのまま情報を聞き出そうと唇を動かした瞬間だった。

「そういうの、勘弁してよ」

 首にあったひんやりとした感触が消える。代わりに俺の背中へなにか重いものが覆いかぶさった。その反動で俺は前へよろける。地面に手を着いたところで覆いかぶさっていた物が背中からずり落ちて床に落ちた。顔はよく見えないが、それは確かに俺の首にナイフを近付けた人物だということがはっきりと見て取れた。

 理由として、その人の左手にはナイフが握られていたからだ。倒れたその人の背中から血液がゆっくりと流れ出ているのも見える。

「だから素人には無理だって言ったのに。そんで、次はキミを殺してあげたいとこだけどそれはボスが許さないだろうしね、どうしよ」

 それに対して俺は何とか声を絞り出して答える。

「ボスって……ヨガラスの?」

「うちの組織の名前くらいは知ってんだ。あーそれとも時間稼ぎかな」

 声の主は一向に姿を見せる気配がない。というか声から場所が特定できない。おそらく喋りながら移動をしているせいなのだろうが。

「でもやっぱただ待つだけなんてつまんない」

「なら上に逆らえばいい。どうせ死なない程度になら許されるんだろ?」

 俺も何故あえて挑発するようなことを口にしたかは分からない。

「ふーん、それじゃ遠慮なくいかせてもらうから」

 その言葉の直後、俺の目の前に突然小さな影が目に入った。それは見るからに子供の姿なのだが──。

「うちの能力、もう気付いてんでしょ」

 その発言と同時に俺の目の前で顔を見せる。やはりその顔つきも子供のそれだった。瞬時に姿を消し、背後を取られまいと後ろをむく、がしかし。

「遅い」

 背中に強い衝撃が走る。それは思い切り蹴り飛ばされた為だと気付いたのはその数秒後、無様に地面を何度か転がった後だった。

「カハッ……!」

 短くむせた口から出たのは血ではなく唾だった。それを見て内蔵はやられていないことを確認する。

「あのさー、大見得切っといてそれとかないんだけど。ていうか聞いたようち」

 にやりと不気味な笑みを浮かべた幼子はこう続ける。

「キミ、燃えないんでしょ?」

 俺はその言葉に反応して身を起こす。間に合わないことは十分承知の上だった。

「試しちゃおっか」

 どこからか漏れているのか月明かりが子供の姿を照らし出す。それは薄桃色の短い髪をした、少女の姿だった。少女はどこから持ち出したのかも分からないライターを、チラつかせてはこちらを見る。

「ここね、確か油が捨てられてるんだよ。うちが今からそこにこれで火、つけてみるね」

 俺は止めようとはしなかった。少女が消える。数秒ほどで何かが轟々と音を立てるのが聞こえた。

「燃えないんなら大丈夫だよね」

「ちょっと待……」

 俺の声が続く前に、炎が一瞬大きく燃え広がる。少女は既に姿を消していたが、すぐに近くでドサ、と何かが倒れる音を耳にする。音の正体を探ろうと周辺を見回すと、少女が倒れているのが見えた。

 やはりあの一瞬に巻き込まれたのだ。

「あんなことしたら自分だってこうなるって……分からないのか……!」

 少女に駆け寄るものの、すぐに足を止めてしまった。少女の服にも炎が燃え移っていたのだ。だが、それで尻込みする訳には行かない。

「っ、この火、一体どうしたら……っ」

 まだ全身が燃えているわけでは無いし、今なら確実になんとかなる。それは頭では理解している。

「くそっ、俺は燃えないんだろ、だったらこの火を何とかするくらいできるだろっ!」

 自分を叱り、炎を自身の手で振り払う。何度も払い除けているのに赤い光はまだ消えない。

「やっぱり……俺は……!」

 あのまま、あの場所に留まるべきだったのか。そう思い至った時、今まで以上に大きな爆発音が耳についた。

「る、さい……」

 脳内にこだまする自分の声。

「うる、さい……!」

 だんだん音量を増していく炎に対し。

「うるっさいんだよ!!」

 両耳を塞いで大声でそう叫んだ。するとまた爆発が起き、俺の身を包こもうと火の手を伸ばす。俺もその炎に負けじと右手を伸ばした。その掌に力を込めて、炎を握るように手の形を変える。そのまま握り込むようにしていると、炎は勢いを緩めているように見えた。

 その様子を見て今度は右手で炎を払いのけるような動作をすれば、炎は俺の手を動かした方向へ移動し、そして消えた。

「えっ……?」

 驚いて少女の方へ再び向き直り、少女に焼け付く炎にも同じ動きを見せれば先程と同じように消滅する。

 右手を開いたり閉じたりしてみるが、何かが変わったようには思えなかった。少女から離れた場所で腕を伸ばし、右手を開く。

 その上で力を込めて空気を握る。すると驚いたことに握った空気の中心には小さな火球がめらめらと燃えていた。力を抜くとその火球は瞬時に消滅する。

「い、一体、ど、どういう……」

 そこで酷い頭痛に襲われ俺はその場に倒れ込んだ。地面に耳が付く。その影響でいくつかの足音がこちらに近付いている事に気付いたが、その時には瞼が落ちていた。


*****


「だから言ったんですやりすぎだって!」

 声を荒らげる香。それをなだめるのは珍しく望月だった。

「でも、こうして僕達は間に合ったんだ。ついでにあの子も一緒に助けられてるんだし。これはいいことなんじゃないかい?」

「そんな訳ないでしょう!? いくら時間を戻せるからって、敵だからってこんな……」

 目を伏せていた秋夜だったが、やがて瞼を持ち上げてこう言った。

「今はまずここから離れるべきだろう。ホテルに戻るぞ。朔夜、その幼女はお前に任せる」

「はぁ!? なんでそう……。いいよわかった」

 そんな会話を交わしてホテルへと戻った一同だった。


──数時間後。


 気付くとホテルのベッドの上だった。真っ白な天井が目に入る。それをぼんやりと目にしていると望月が顔を覗き込んできた。

「気分はどうだい?」

 頭を抑えつつ答える。

「気持ち悪い」

「それは結構」

 思わずどこが、と口にしそうになったが気分が起きずにやめた。窓を見れば日が昇っている事に気付く。どうやらそれほど気を失っていたらしい。

「気付いた? 今、秋夜さんはあの子と話合ってる所だからもうちょっと待ってね。シャワーとか浴びるなら逆に今のうちだよ」

 優しい笑顔を向ける香にありがとう、と告げてベッドから起き上がる。気付けば服には所々焦げ付いた跡が残っていた。

 香の言葉に甘えてシャワーを浴びる。昨夜のことを思い出し、また右手で空気を握ってみるが、火球は浮かんでは来なかった。不思議に思い、今度は手に力を込めて握ると火球はすぐに現れた。つまり俺の能力は手に力を込めて空気を握ったりしないと発動しないらしい。

 体を洗い流して湯船に浸かる。その時には頭痛は幾らかマシになっていた。自分の手を改めてじっくりと見る。今度は空気は握らず拳を作ったり開いたりする。

「やっと居場所、見つけられたかも」

 その独り言を盗み聞いていたらしい望月は、シャワー室の扉越しに声をかけてきた。

「居場所ってなんのことー?」

 俺は慌てて湯船から上がり、シャワー室の扉を開ける。

「ちょっといつの間に聞いてたんだよ!?」

「わー怖い。ついさっきね、秋夜さんから話が終わったから呼んでこいって言われたから来たら君が何か言ってるからさ。つい聞いちゃった!」

 思わず目を閉じ眉のあいだを抑えて沈黙する。なんというタイミングか……。

「うん、分かった……準備するからもう少しだけ時間を……」

「はーい」

 準備を手早く済ませて部屋に戻る。そこには秋夜と昨日の少女が並んで立っていた。しかし少女の手には手縄がかけられており、もちろんその縄を握っているのは秋夜だった。

「もう大丈夫か?」

 そう最初に声をかけたのは秋夜だ。

「はい、お陰様で」

「そうか……。なら早速本題に入るぞ。まず今日の昼から例のデパートに向かう。そこはヨガラスの、一部ではあるが拠点にしている場所だそうだ。気は抜くな。それとこいつだが」

「こいつじゃない」

 薄桃色の少女がムッとした顔を見せる。

「うちにも名前はあるもん。みのり。みのりだから」

 それだけ言うと顔を背けてしまった。

「だそうだ……。あぁ、それと最後に大事な話がある。そのデパート、お前を犯人に仕立てあげた張本人がいるらしい。この……みのりからの情報だ。おそらく事実だろう」

「待ってください……それって……」

「ボスじゃないよ。そいつはただの下っ端。うちを捕まえたご褒美に教えてあげる。その下っ端の能力は【人間爆弾】。名前通り人を爆弾に変えられるの。起爆の条件は色々あるみたいだけど、うん。一番はその対象を取り押さえるか、一度でも刺激すること。刺激っていうのは、触れたりすることね。人間を爆弾に変える方法は、その対象に一度でも触ること。そうすればあいつの爆弾である印の数字が目の中に浮かんでくる。その数字は今まで爆弾に変えてきた人間の数だって言ってたかな」

 予想が当たってしまった。何となくその考えは外れて欲しいと思っていたのだが、珍しく予想が的中してしまった。

「爆弾にされた人の解除、とかはできるのか?」

「できるはずだよ。あの下っ端にならね」

 そう言ってふー、と息を吐いたみのりと名乗った少女はすぐにいつもの調子で続ける。

「じゃ、うちはこれで。機会があったらまた会おうね」

 その言葉を最後に姿を消す。消える寸前、彼女の笑顔が見えた気がした。

「やはりテレポート系か……」

「自分だけ移動して逃げれるみたいだね。すごいすごい……っと。んで? もうすぐお昼近いけど、行くんでしょ、全員で」

 そのセリフからはいつもの気の抜けた態度で話す望月とは違う印象を感じた。

「無論だな。奏斗、お前も心は決めたんだろう?」

 それに対し、俺は力強く頷き返す。

「はい。大丈夫です。まだこの力は不完全だと思いますけど……今回で完璧に自分のモノにしてみせます」

「そうか、期待してるぞ。香」

「わ、はい!」

 名を呼ばれた瞬間飛び出してきた香は敬礼なんてしている。

「一応お前の方が経験は上だ。言いたいこと、わかるな?」

「大丈夫です、しっかりリードします!」

「よし……作戦開始だ。今までだいぶやられてきたが今回で全て蹴りをつけるぞ」

 その言葉に全員は言葉を揃えて頷いた。

『了解!』


──デパート前。


 二手に分かれて行動した方が効率が良いだろう、ということで俺は朔夜と行動を共にすることになった。また秋夜としては朔夜と組んだ方が能力を一度目にしている上都合もいいだろうとの事だ。

 俺達は一階、秋夜達は二階を担当することになっているので、中に入ってすぐに別れて動く。すぐに攻めてくるのかと身構えていたがそうでは無いらしい。すでに廃墟と化し、様々な物が散乱しているこの中は良くも悪くも遮蔽物だらけだった。

 俺達はそれを利用して隠れながら周囲を警戒する。危険がないと判断すれば朔夜の後を追って移動。その工程を何度か繰り返したところで人影を確認した。

 これまでと同じように遮蔽物に身を潜めながら人物を観察する。これまで出会ってきたヨガラス達と同じ、全身真っ黒な服。ただ少し奇妙な印象を受ける。その人物はずっと棒立ちなのだ。

 俺はしばらく相手の出方を伺っていた。そんな俺をよそに朔夜はいつの間にか物陰から身を乗り出し、相手の前へ姿を現した。

「聞きたいことがある。人を爆弾に変える爆弾魔は一体どこだ?

 一向に口を開こうとしないヨガラスの一人。その様子を見て俺も影から飛び出した。

「おい、聞こえてるんだろ」

 しかし全く反応がない。瞳を覗き込むと確かに目は一点を見つめているように見えるのだが、その一点がどこかまでは分からない。ここまで近付いているのに無反応という事があるのだろうか。

 朔夜を見やると顎で先へ進め、という素振りをされたので俺はそれに従った。

「あれ、どういうことなんだろう」

「さあね。それよりさっきから人の気配を何も感じない。気を付けるべきはそこだよ」

 朔夜はそう言うと周りを目線だけで見渡した。今の所この階には俺と朔夜、そして突っ立ったままのあの黒服。その三人しかいないようだった。

「隅々まで一応見ておこう。手ぶらで秋夜さんと合流したらまたドヤされちゃう」

 やれやれとでも言いたげに首を振る朔夜に、先程まで感じていた緊張感が吹き飛ばされてしまった。誰もいない状況だからこそ注意しろと言ったのは朔夜の方だったはずなのだが。

 一通り見回ったところで朔夜は手頃な瓦礫に腰掛けた。俺はその傍で立ったまま腕を組み、朔夜の話に耳を傾ける。

「見込み違いだったのかなぁ、下も上もいっぱいいると思ったけど」

「そんなにいても困るのって俺達じゃ……」

「僕は困らないさ」

 余程自分の能力に自信があるのだろう。はっきりと言い放ったその言葉に少々呆れつつも俺は続ける。

「……どうするの、これ」

「上に行って合流。行くよ」

 そう言って立ち上がり、再び歩き出した。俺もその後に続いて移動する。やがて階段の前まで辿りく、という時に。

 まさに俺達が向かおうとしていた二階から僅かに赤い光が差し込んだ。一瞬で消えたかと思った次の瞬間にはその光はゆらゆらと蠢いていた。

「行くよ!」

 朔夜の上げたその叫び声に俺も反応し、階段を駆け上がる。その先ではやはり戦闘が繰り広げられていた。

 左側に秋夜、右側におそらく爆弾魔であろう黒服が居る。

「朔夜、手を貸せ!!」

 そう叫んだのは秋夜だった。しかし次の瞬間。強烈な熱風と共に耳をつんざく爆発音が俺達を襲う。爆音に怯む俺とは対照的に朔夜は秋夜の元へと向かった。

「無事!?」

 爆風で巻き上げられた土埃と煤が収まった時に朔夜が目にしたのは巨大な氷塊がバリケード代わりに秋夜と香を守るその様だった。

「何とか。でもあと何発持つかわからない」

「さすがに君の氷だけじゃあの爆弾魔とは相性が悪すぎる、ってことね。ていうか下には誰もいなかったけどそれって……」

「おそらくお前の推察通りだ。この建物内にいる人間は全て人間爆弾に変えられてた。さっきの爆弾もその人間爆弾のだ。ただ……」

 秋夜は一呼吸置いてから続けた。

「あいつの能力だが、爆弾にできるのは人間だけじゃない」

 その発言の直後。氷塊の壁の中にこぶし大の石が投げ込まれた。それを見るや否やその石を秋夜は思い切り蹴り飛ばす。次の瞬間──。

 空中でその石は爆発した。

「ちょっと厄介だね……」

「それより奏斗のやつはどうしたんだ」

 それを聞いて俺も秋夜の元へ急ぐ。

「す、すみませんちょっと……」

「いるならいい。それよりあそこにいる爆弾魔だが……奏斗、お前と香が前に出て止めろ」

 その言葉に理解が追いつかず俺はまた黙り込んだ。俺が前に出ろ、という言葉の意味は分かる。俺が炎による効果を一切受け付けないからだ。しかし何故香まで……?

「良いですけど……また石爆弾が投げられても俺防げないですよ、姿を消せてもその空間にいる限り熱さとかは感じますし……」

 その反論を聞いた秋夜はこう答える。

「またあれが飛んできたら俺が防ぐ。三つ数えたらお前は奏斗と一緒に透明化で爆弾魔のところまでいけ」

 正直そう言われても俺には不安しか残らないのだが、秋夜は極めて真面目な顔で告げるので言い返せなかった。

「わかりましたよ……奏斗くん、俺の手を握って」

 一方で香はそう言うと、俺に右手を差し出した。

「一つ」

 秋夜のカウントだ。どうやら従う他道はないらしい。俺は差し出された香の手を取った。すると段々俺と香の姿が薄く透けていく。

「二つ」

 やがて完全に俺と香の姿が消える。それでも秋夜や朔夜の姿は視認できている。これが香の透明化、ということなのだろう。香は声だけで俺に耳打ちした。

「最後のカウントがされたら、前に出るよ。俺のことは気にしなくて大丈夫」

「三つ!」

 その声を聞いて俺は爆弾魔の方向へと飛び出した。すると二つ同時に石爆弾、と名付けられた小石が頭の上を通過した。思わずそれを凝視して目で追ったその時、後方から小さな氷のつぶてがその石を砕いた。そのおかげか小石の爆発は不発に終わった。

 防ぐ、と言ったのはこういうことだったらしい。俺は止めた足を進めて爆弾魔へと距離を詰める。その間にも投石は行われ続けたがその全てを秋夜の氷が粉砕し続けた。

 やがて透明化を解いた香が爆弾魔に殴りかかる。それを爆弾魔は受け止めてこう言った。

「忘れたのか、私の能力は触れたものを……」

 そう言いかけた爆弾魔はいつの間にか空を掴んでいたことに気付き目を見開く。

「何も触れてないでしょ?」

 香は拳を止められたその瞬間に透明化させ自分に触れないように手の一部を消していたのだ。それに気付いたのか爆弾魔は香を掴もうと何度も手を振るうが全て無意味に終わった。

 俺はその様子を少し離れた距離から目にしていたが、やがて香が俺に対してこう言った。

「炎を使え!」

 この爆弾魔を燃やせ、という意味で使われたように思えたその言葉を、俺は聞き逃さなかった。爆弾魔の近くまで既に駆け寄っていた俺はあの時を思い出しながら右手に力を込めて空気を掴む。小さな火球ができるのを目にしたところでそれを爆弾魔の方向へ、ボールを投げるように放り投げた。

 火球が爆弾魔に着弾すると、みるみるうちにその火の勢いを増していく。気付くと火達磨になりかけていたので俺は急いでその炎を消滅させた。人殺しとはいえ死なれてしまえばこちらの冤罪を晴らすことが出来なくなってしまう。

 炎が完全に消失したあとしばらく爆弾魔はもがき苦しんでいたが、朔夜がその体に触れることでその動きが段々と収まっていった。

 このまま逃走させる訳には行かないので完治させる前に両腕を拘束して逃走を防いでから話を聞く。

「どうしてこんな事を続けたのか……いや、そもそも……」

 爆弾魔の傍でしゃがむ朔夜は一度俺を見やってから言葉を続けた。

「どうして人を爆弾なんかに変えてこんな事件を起こしたんだ? 彼、奏斗くんを犯人にまで仕立て上げて……」

 俺はそれを聞き届けてから爆弾魔の近くへ移動した。正直顔も見たくはないのだが、何も分からずに終わる、という事態も出来れば避けたかった。

 見ないようにしていた顔を改めて見る。そこで初めて爆弾魔が男性であるという事を知った。それまで無言だった男はやっと口を開く。

「そいつを犯人にしようとしたわけじゃない。私達が欲しいのは彼のその力だ」

「炎を操るあの能力か……でもあれは能力者の割合で言えば珍しいものでは無いだろう?」

 男はその朔夜の問いかけににやりと笑って答えて見せた。

「お前にはあれが能力に見えるのか?」

 それを聞いた朔夜は一瞬眉を潜める。それを気にせず男は続けた。

「あれは能力とは違う力だから上が欲しがってるんだよ」

 能力とは違う。そう口にされて俺は自分の右手を見た。

「能力だけで炎が無効になんてなるわけがないんだ」

 その言葉を最後に男は秋夜達と共に例の監獄へ連行された。この建物内にいた他のヨガラスのメンバーはと言うとそちらはアビスの別部隊によって同じく同伴されて行った。

 これで犯人は逮捕されたのだから事件は幕引きであり、俺は晴れて自由の身である。そのはずなのに、胸に出来たわだかまりは一向に消えそうになかった。

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