第四話 魔法

 爆弾魔こと本名──浅野岳人は人口島、朧雲に収容された。話によれば彼は俺が元々入れられていたあの奥の牢屋に繋がれているらしい。犯人を捕まえた直後、俺はまたあのトンネルのような牢獄へと向かうことになり、そこで再び例の幼い少女と顔を合わせた。

 その子の名前は西園寺詩織(さいおんじしおり)と言って、秋夜の妹である事を自ら俺に伝えた。彼女の能力は触れた物を人形に変える能力で、その能力からこの監獄の看守を任されている、との事だった。

 そんな彼女と再び相まみえることになり、俺はどう接するべきなのか分からず無言で着いて来た朔夜に助けを求めるが、朔夜は呑気に昔の携帯ゲーム機で遊んでいた。

 それを取り上げてやろうかとも思ったが、報復として何をされるかわかったものではないのでやめておく。

 せめてもの反抗として朔夜の足を踏んづけると、朔夜はギャッという異質な悲鳴をあげて手に持っていたゲーム機を下げた。

「ちょっと今いいとこだったんだけどぉ」

 両頬を膨らませてハムスターみたいな顔をする朔夜に俺は極めて冷静に言葉を返した。

「知らないし、っていうかこの状況何とかしてくださいってば」

「君ちっちゃい子とか苦手なの?」

 無論そういう意味で口にしたのでは無かったが、ちっちゃい子という言葉に反応したのだろう詩織が朔夜を睨みつける。

「誰がちっちゃいって……っていうか報告書、持ってきたって言ったよね。あの人だけじゃ奏斗くんを解放してあげられないんだけど」

 それを聞いて朔夜ははいはいと少々面倒くさそうにコートのポケットにしまっていた封筒を取り出し詩織に手渡した。

「全く……一応確認するね」

 詩織はそう言うと封筒から数枚の用紙を取りだして内容を確認する。見た目は小学生くらいの幼い少女なのに、この様子を見せられると自分の目を疑ってしまう。

 そこで俺は好奇心から朔夜に尋ねた。

「詩織ちゃん、いくつなんですか?」

「直接本人に聞けばいいじゃないか。えっと確か九歳だと思うけど」

 その話を聞いていたらしい詩織が朔夜の後に続いて訂正する。

「私十六歳なんですけど。あとこの書類、一応目は通したし、奏斗くんはただ巻き込まれただけって言うこともちゃんとわかったから、これでおしまい。もうここに来なくていいよ。朧雲から出ても大丈夫」

 十六、という言葉に目と耳を疑った。開放された喜びよりそちらの疑問の方が勝っているのだが。

「十六?」

「何……私そんなにおかしい?」

 怪訝そうな顔で睨まれてしまい俺は慌てて否定する。

「いやいやおかしくはないですけどぉ……」

 ムッとする詩織の気迫に押され、半歩下がる。そんな俺の様子を見た朔夜はついに吹き出した。今まで両肩を震わせながらも笑いを堪えきっていたのだが、限界値に達したらしい。

「あっははは! いやいや彼女は本当に十六なんだよ……ただどうしてか成長が止まってるんだ」

「バカにしに来たならもう一回人形にしてやるんだからね!!」

 こちらもいよいよ地団駄を踏んで怒り始めたのでまだ笑い続ける朔夜の背中を引っ張りだして電車に乗った。

「朔夜さん……あのさ、ちょっとあれってどうなの……?」

「いやあ愉快愉快……ん? どうって、まあ秋夜さんには怒られるだろうね」

 朔夜は笑い涙を拭き取りながらも答える。それを見て俺はますます頭を抱えた。

「俺まで大目玉じゃん……」

 そんなショッキングブルーな俺の気持ちを裏切って、人口島の天気はとてもよく晴れた晴天の姿を見せていた。

 事件は解決したが、やはり個人的な懸念は残る。あの日、浅野が最後に残した言葉。その能力は能力ではないというあの言葉がずっと胸に残り続けていた。

「冗談はさておき、おめでとう奏斗くん。これから本部に着いたらうちの部隊の全員と顔合わせすることになると思うけど……ま、頑張って」

 またしても他人事の様に言い放つこの人の脇腹を軽く小突く。実は俺は今回のことでアビスから正式に認められた様で、これからの方針とメンバーからの自己紹介、それと謎の【おめでとう式?】に出席させられることになったのだ。

 香は色々あった直後にそれは酷いのでは、と止めてくれたらしいが暴走する朔夜に負けてしまったらしい。

「そういえばアビスって何人いるの?」

「えっと、君を除くと……僕、篠山くん、秋夜さんと……」

 声に出しつつ指を折る朔夜。数秒ほどで数え終え、顔を上げて続ける。

「君を除いて八人だよ。ただこれはうちの部隊の人数だから。ほかのところとかも合わせるともっと多いかな」

 予想以上にいるんだな、と俺は思う。勝手にもう少し少人数なのだと決めつけしまっていたのだが、確かに少人数では手が回らないだろう。

「それと……今まで男しか見てなかったと思うけど、ちゃんと女子もいるよ。そこは保証する」

 そんな所を保証されても正直反応に困る。

「そうなんだ……えっと、ほかのみんなって俺のことは知ってる感じ?」

「だいたい秋夜さんが伝えてるはずだよ。あ、もう少しで着くね。ほら準備準備」

 この人に急かされるのは何故か癪に障る。だがそれを指摘してまた執拗にちょっかいを出されても困るので口にはせずに黙っておく。

「……また俺が入る時に爆発なんてしませんように……」

 無意識にそんな言葉を口にすると、間もなく電車は停車した。


*****


 あの日、初めて訪れた時のことが脳裏に浮かぶ。そのせいでまだオフィスのドアノブを回せずにいると、朔夜が後ろから手を伸ばして扉を開けた。心の準備もなしにそんな事をされ、思わずちょっと、と声を荒げようとした瞬間だった。

「おはよう奏斗くん! こっちこっち! みんな待ってるよー!」

 と、室内から香の声が響く。その声と後ろの朔夜に背中を押され、俺は室内へ一歩踏み出した。

「彼が奏斗くんですか」

「そうです、期待の新入りくんですよ!」

 と、香が言葉を交わした人物を見やる。それはスクエア型の黒縁眼鏡を掛けた男性だった。その人物と目が合うと、眼鏡をくい、と押しながら声をかけられる。

「どうも。諸橋と言います」

 その言葉の後でこちらに近寄り、名刺を手渡して来た。そこには諸橋京也(もろはしきょうや)と書かれている。

「こっちおいでよ、まだ会ってない人もいるんだから」

 諸橋を押しのけて香が俺の手を引いた。そのまま引っ張って俺を部屋の中央辺りまで引きずっていく。それに続いて朔夜も室内へ入ってくる。

 俺はどちらかと言うと人見知りなので正直ここからすぐにでも逃げ出したいのだが。

「えー、んじゃまず僕から。僕は望月朔夜です。で、あっちの方にいる赤い髪のツインテール女子が……」

「あたしから言うから朔夜黙ってて。あたしは栗倉乃々香。言っとくけどこれ以上喋んないから」

 ツンとした態度でそう告げる乃々香。なるほど、これがアビスの女子か。

「ちょっとノノちゃん……あ、どうもクロウって言います。私見た目がこんななんだけど一応日本国籍だよ、これからよろしくね」

 そう言って俺に笑いかけたのは長い金髪をした赤い目の女子だった。

「はい次僕!! ってまぁこの間会ってるけどね。僕は佐久間春告。能力とかは……いつか話すね、よろしく頼むよぉ」

 こちらは朔夜に似たゆったり口調でそう告げる。俺にはこういう人の方が性格的な相性では合っている。朔夜ほどふざけられるのは勘弁だが。

「んじゃ次は私。虚城ミヤよ。っていうかこれ挙手制じゃなかったわよね……?」

 そう自分や周りに問いかけるように周りを見るミヤを見て思わず苦笑する。なんだかこの子も苦労人に見えたのだ。

「んー全員終わったかな。秋夜さんとか篠山くんは要らないでしょ」

 なら何故自分は名乗ったのかと朔夜を見る。するといつもの笑顔で切り替えされたので俺はため息をついた。

「それじゃ自己紹介はこれで一旦終わりに。奏斗くんの席は俺の隣ね」

 そう言うと香は俺の手を再び引いて連れて行く。あまり周囲を見渡せていなかったのだが、よく見ればみな一様に自分の机に向かっていた。

 香にどうぞ、と手で合図されたので俺はキャスター付きの椅子に座った。このオフィスの机は四人用で、部屋の入口から向かって右側に設置されており、俺はさらにその右奥の席に座ることになった。俺の前に座っているのが乃々香で左側は香。香の前にクロウという位置関係だ。

 対して朔夜達は入口から入って左側奥に置かれた四人用のオフィスデスクに腰掛けている。しかしそれだと一人余る事になるような……。

「じゃあ、僕はこれで」

 もう何もないだろと言いたげにそう発言すると佐久間は部屋の奥の扉を開けて入って行ってしまった。なるほど、あの奥の部屋が佐久間専用なのか。

 席に着いたはいいものの、備え付けのパソコンを弄る気にもなれず戸惑っていると香がぐいぐいと俺の服を引く。

「ね、ちょっと外に行かない? このままここにいても息苦しいでしょ、それに今日は仕事の依頼は全部断ってるからサボっても大丈夫」

 それを聞いたのか朔夜は奥の自分の席から猛スピードでこちらに向かってきた。

「ずるいよ抜けがけは!」

 その朔夜の頭を諸橋が思い切り叩く。朔夜は痛っと小声で喚いたあと目に少量の涙を貯めて諸橋を睨みつける。それに構わず諸橋は続けた。

「朔夜さん、報告書がまだでしょう。特に半年前の……」

「奏斗くんの報告書はあれでいいって言ったじゃないか!!」

「半・年・前と言ったんです!」

 まるで何かの漫才を見ているような気分だった。朔夜はぐぎぎと歯ぎしりをした後で諸橋にキッパリと言い放った。

「もうわかったってば! 今日帰ったら続きを書くから今日だけは見逃してもらうからね!」

 べーと舌を出してそのまま出て行く朔夜を見て思わず立ち上がってしまったが、よく良く考えれば引き止める理由はない。

「あれに続いて俺達も出なきゃ行けないのはすごく嫌だなぁ……」

 目を細めて朔夜の後を目線で見送った香のその一言に俺も同意を示した。

「ほんと嫌だわ……」


*****


 結局朔夜の後を追う形で出てきた俺達は浮かれない気分のまま人口島を歩くことになった。香の気遣いのお陰で息苦しいオフィスに留まる事態は避けられたが、朔夜のせいで重苦しい空気の中を行くことになってしまった事に対しては非常に形容しがたい感情を抱いてしまう。

 ずっと口を閉ざしていると朔夜に対するヘイトが募る一方なので俺は気を紛らわせるために空を仰いだ。

「今日はよく晴れてるよねー、さっきのが無ければ気持ちよかったのに」

 と、香は朔夜に対して容赦なく愚痴をこぼした。それに続いて俺も言葉を繋げる。

「朔夜さんっていつもあんな感じなのか?」

「諸橋さんがいる時はね……なんかごめん、君には迷惑ばっかりかけちゃってる気がする」

 あはは、と乾いた笑いをする香に大丈夫と断りを入れる。むしろ香にばかり気を遣わせてしまい申し訳が立たない。

 香は気付くと口笛を吹きながら歩いていた。やはりこの仕事をしていても根は子供なのだ。

「そういえば、さ」

「うん?」

「ここの人達って学校とかは?」

 その質問に香はうーんと唸り声を上げてから答える。

「ミヤちゃんにクロウちゃん、それと乃々香ちゃんは通ってる。けど俺は行ってない」

 その理由について俺は深く追求はしなかった。かくいう俺もいじめが原因で不登校だったからだ。授業の内容は施設で教えて貰えたし、学校側もそれで許容してくれた。

 もしかしたら香にもこう言った事情があるのかと思うと同情の念を抱いてしまう。そういえば施設には俺の扱いはどう伝わっているのだろうか。そんなふうに思いを馳せていると……。

「やあ、奇遇だね」

 俺達より先に出ていた朔夜と出くわした。思わずゲッと声を漏らしてしまい、朔夜は唇を尖らせる。

「ああーどうも朔夜さん。こんなとこで何してるんですか?」

 こちらも引きつった表情で問う香。隠しきれてないよ、と小声で耳打ちすると香は慌ててこれまた下手くそな作り笑いを見せる。

 その様子にはあえて触れずに朔夜は続けた。

「いやあ実はね、奏斗くんのことが気になって少し知り合いに聞いてきたのさ」

「俺のことが……?」

 うん、とほんのり笑顔を見せる朔夜。彼はやがてその笑顔を少し崩してこう続ける。

「どうかな、君も気になってたんじゃない?」

 俺はその質問に少し悩んでから答えた。

「うん。俺も知りたい」

「……奏斗くんとは長くなりそうだし、俺もついて行っていいですか?」

「もちろん。二人とも付いてきて」

 朔夜のあとを着いていくと、段々人通りの少ない裏路地へ通されていく。誰が捨てたかも分からないゴミが散乱した道を足でかき分けながら進む。

 そうやってしばらく進んでいると朔夜がやがて足を止める。朔夜の目線の先を辿ると今時珍しい木製の大きな扉があった。周りはコンクリートの壁で覆われている中、ポツンと聳えるその扉からはかなり異質な雰囲気を覚える。

「お店ってわけじゃなさそうですけど……ここ普通に人の家なんですよね?」

「当たり前じゃないか」

 含み笑いをしながら朔夜はその扉を二、三回ほどノックする。すると間もなくガチャ、という音と共に扉が開いた。

「げ、また来たの?」

 開いた扉の奥から出てきたのは、驚いたことに猫耳のカチューシャっぽいものを頭に着けた少女らしき人物だった。

「そうだけど……あ、そうそうさっき話してた奏斗くん。連れてきてあげたよ」

「……そう言ってまた強引に引っ張り出したんでしょ? もう……三人とも入っていいよ」

 やや呆れた様子でそう言われ、俺たちは申し訳なさそうにその扉をくぐった。

 中はさほど広くはなく、人一人廊下を通るのがやっとだ。そんな狭い廊下の先に、またしても扉が見える。しかしその扉は開けっ放しになっており、若干中の部屋が見えてしまっている。

「あー、中散らかしたままだった。えっと……そういうの気になる人だったりする?」

 そう言って俺と香の両方の顔を見る猫耳少女。俺は首を振って答える。

「大丈夫だと思うけど……」

 香もそれに続いてうんうんと頷く。

「じゃあ奥にどうぞ。って言ってもこれじゃ一人ずつ入るしかないけどね」

 そんな事を口にして猫耳少女は先に奥の部屋へ向かう。俺達三人もそれに続いて部屋へ入った。

「さて、と……じゃあまずボクの自己紹介から。ボクは猫田ネル。あ、ちなみに男だよ」

「その顔で!?」

 思わず大きめな声で驚く香。それに対し少し眉を動かすネル。

「悪かったね……この顔で男で」

 俺的には性別よりその猫耳が気になるところだが、これは触れてもいいものなのだろうか。

「長くなる前に簡単に説明しちゃいなよ。どうせ君、容姿だとか他の事とかで話長くなるんだから」

 そう朔夜に急かされたのが気に入らないらしく、チッと短く舌打ちをする。しかしその後すぐに咳払いをして続けた。

「ゴホン、じゃあまず奏斗くん。君からなにか質問は無い? 能力のことメインでね」

「は、はあ……」

 そう言われて急に思い浮かぶ訳もなく、しばらく黙り込む。しかしあの時言われた言葉がふと脳裏に浮かんだ。

「……あの、浅野がいってた言葉なんですけど……俺のコレが能力じゃないって、どういうことなんでしょうか」

 そう言っていつも通り右手で空を握る。その中心に生まれる小さな火球を目にしてからネルはニヤッと笑って答えた。

「それ、ねえ……うん。まだその火を作り出せる所までは君の能力だよ。けど……」

「けど……?」

「君、その火至近距離で……持ってる訳じゃないにしろ、近くで燃えてる訳だけど、熱さとかは感じないでしょ?」

 そう聞かれて思わず右手に意識を傾ける。確かにこうして火を燃やしてはいるが、熱さは全く感じない。

「あ、あれ?」

「やっぱりね。ちょっと外に出てお話しようか。朔夜にも改めて説明しないと」

 そう言ってネルは左手の指を鳴らす。すると直ぐに視界が暗闇に包まれていく。足元から広がるその影に全身が包まれたかと思うと一瞬で視界が開く。周りを見ればさっきまで歩いていた裏路地まで戻されている。

「ここでも狭いね……んーもっと広くて人目のないところの方がいいんだけど」

「ならいい場所がある。僕に着いてきて」

「え、またですか?」

「文句言わないでよ。じゃあ香はいいとこ知ってるの?」

「知りませんすみませんでした」

「よろしい」

 そんなやり取りをしたあとで、俺たちはまたしても歩き出した。


*****


 朔夜の案内で人気のない、まさにネルの要望した通りの廃墟まで辿り着く。そこは天井にはかなり大きめの穴が空いた、トタン製の建物だった。

「よし。広さも十分ってとこかな。じゃあ奏斗くん。もう一回、あの火を作って、それをボクに飛ばして」

 一瞬、ネルの言葉の意味が分からずにぽかんと立ち尽くす。

「あれ、難しいこと言ったかな……」

「あ、いや、えっと……」

「じゃあ早くやってみて。遠慮はいらないし、そもそもボクにその手の類の攻撃は効かないから。ああでも君の衣服は燃えちゃうかな」

 自分より俺の服の心配をされた事に驚きを隠せないが、それよりネルがやろうとしていることに全く見当もつかないことの方が俺には恐ろしく感じた。

 正直全くやる気は起きないが、自分の力について知りたいことは山ほどあるので渋々右手に力を込める。ボッと小さな音を立てて発生した炎の塊を、ほんの少しの申し訳なさと一緒にネルの方向へ放り投げた。

 ネルはその火を避けようとはせず、自分の体に触れるまで火の描く赤い軌道を眺めている。やがて体に着弾し、その火は勢いを増して燃え上がる。

「おおー、燃えるってこんな感じなんだ」

 呑気にそんな言葉を発したかと思えば、ネルはもう一度左手の指を鳴らす。するとネルの身を包んだ炎は一瞬で消える。その代わりに、俺の視界が今度は真っ赤に染まり上がった。

 自分を焼いた炎を俺に移した、というこちだろう。なるほど、感心している場合では無いが服の心配をされたのはこのためか。

「奏斗くん。君、今すごく燃えてるけど、それって君自身じゃなくて服とか周りの空気だと思うんだよね。実際そうなんじゃない?」

 そう聞かれて思わず手のひらや他の部分に目を通す。確かに燃えてはいるのだが、俺の体には一切ダメージが見られない。というか、炎に包まれているはずなのに、これといって熱さを微塵も感じなかった。

 強いて言うなら若干暖かくなった、程度にしか温度を感じられない。

「こ、これってどういうことなんですか!?」

「どうもなにも……あー、んじゃあ改めて説明かな……今なら服が燃えカスになる前だしそっちを消しちゃった方がいいよ」

 そう促され、俺は自分の身を包む炎を右手で振り払う。炎はその動きに合わせて一瞬で姿を消した。

「次、朔夜の出番」

「はいはい……」

 俺も朔夜の方へ歩み寄っていき、例の時間逆行で衣服を燃える寸前の綺麗な状態へ戻して貰ってからネルの方へ向き直った。

「えーじゃあまず……奏斗くん。君は多分、いや、絶対に能力で自分の事を燃やさないようにしてる訳じゃないってことは、これでもうわかったよね」

「まあ、なんとなくは……」

「ボクが炎を移動させた時、君に移動させるとは言わなかった。そもそも消すこと自体話してない。その上で君は無傷で済んでる」

 そこまで話された時、俺はもう一度自分の体を見つめ直した。

「大抵の場合……いや、火を作って操る系の能力者の大半は、何を燃やすか選べるタイプではないんだ。だから火をつければ燃えはするけど、その燃える対象には自分も含まれてる。ごく稀に何を燃やすか、どう動かすかを自分でどうにか出来る人もいるけど……その場合かなりのエネルギーを消費する。全部自分で考えないといけないからね。それを踏まえた上でさっきの話をするけど。ボクは何も言わずに君に移した。君がもし後者の選べる側だとしても、あの一瞬で自分を燃やさない対象に入れるのは難しいと思うんだ。しかも服を除いた自分だけを燃やさない、なんて面倒な選択は特に。燃やしたくないなら自分の全部を選ぶと思うし」

 ネルはそこまで説明すると、俺の傍まで近付き背中をポンと軽く叩いた。

「以上の点で、君のそれは火を作り出すまでが能力であり、君が燃えない理由には他の力が加わってるんだとボクは予想してる」

「具体的にはどんな力なんですか……?」

 ネルは俺の質問に対し、ほんの少しの間を置いてからこう答えた。

「分かりやすく言えば……《魔法》の力だと思う」


*****


 以降はネルの説明を俺が勝手に理解しやすく解釈した内容だ。

 《魔法》は本来誰でも使用出来る物で、自身に流れる生命力を魔力に変換することで発動できる奇跡の類らしい。

 しかし魔力だけでは発動できず、発動する魔法の呪文を詠唱する必要もある。また、その時自分がどんな魔法をどんな威力で発動するか、などの想像力と情報を上手くイメージできなければ元となる魔法とは違うものが発動してしまう可能性もある。

 そして、能力者の持つ能力と魔法は全く別の原理で動いており、能力は人間の持つ力の延長線上にあるのに対し、魔法は自身の力からではなく生命力からの転換であるため、能力では魔法の効果を防ぐことはできないのだという。

 能力は簡単に言ってしまえば脳が普段使用を制限している部分の制御装置、いわばリミッターが解除されて発揮される力で、あまり無茶な使い方をすれば脳が直接ダメージを受ける。それに対し魔法は使っても脳が負傷することは無い。その代わりに魔力に変換した生命力の減少により疲労を感じる。

 俺が燃えない理由はこの魔法による効果だとネルは言ったが、それでも疑問は残る。一体どんな魔法の効果で俺は火炎による耐性を得ているのだろうか……。

「魔法とかって、なんかオカルトすぎてあんまり頭に入ってこないんですけど……」

「それはそうだろうね……でも君の身近にも一人、いや二人かな。魔法を扱える人がいるじゃない」

「ネルさん? とあと一人は……」

「朔夜だよ。ボクと彼が魔法を使ってる」

 それを聞いて思わず朔夜を顧みた。朔夜は何食わぬ顔でそれがどうかしたかとでも言いたげにこちらに視線を向ける。

「い、今まで何も……なんで黙ってたんです!?」

「別に聞かれなかったから。それとね、ネルは言わなかったけど、僕も今ので少し確信を得たよ」

 両腕を組んで朔夜は言葉を続けた。

「君のそれは多分、生まれながらの《素質》だと思う」

「え……?」

 クスリ、と微笑を浮かべて朔夜は続ける。

「簡単に言えば……そうだな。君のご先祖さまが代々受け継いできた力の結晶、とでも言おうか?」

 そう言われても俺には全くの自覚がない。そもそも俺は孤児であり、施設で育ったのも早くに両親を無くしているからだ。

 そんな俺の考えを読み取ったのか、朔夜は少し目線を伏せてから続ける。

「今の君には分からないだろうけど。もし君のご家族が亡くなったことに、なにか原因があるとしたら……って思ったことはない?」

「……何か知ってるってことでいいんですよね、その言い方」

 朔夜は組んでいた両手を崩し、今度は腰に手当てて、強く頷いた。

「ヨガラスが最初に君を狙っている、って知った時からずっと気になってたんだ。どうして君をって。けどさっきの事も含めてようやく分かったよ。君がまだ完全に魔法を使える前に君を捕まえたかったんだ」

「なんで俺を……」

「まだ君の両親については分からないけど、うん。君を狙う理由はきっと僕と同じだからだろうね」

 魔法が使える、という点で同じと言ったのか俺には分からない。そもそも朔夜の言葉の意味の全体を理解しきっていない中で、朔夜は再び口を開く。

「今の君と当時のヨガラスのリーダー。それを殺したあの時の僕と同じなんだ」

「殺したって……朔夜さん……?」

 その先に続けるべき言葉を、香は見つけ損ねた様子で、俺たちのいる空間に緊張と静寂をもたらした。

 しかし直ぐに朔夜がそれを打ち破る。

「ああ、僕が殺した。ついでに言うと僕の名前は朔夜じゃない。それは元ヨガラスのリーダーの名前だからね」

 重なる疑問に俺は質問を返すことなく、ただ黙って朔夜の言葉を待った。

「僕の名前は桜庭千里。どっちの名前で呼んでも良いけど……うーん、なんて言えばいいかな……」

 それに対し、投げる言葉も見つからない俺と香を他所に、ネルは淡々と言い放つ。

「その話はまた今度ね。理解が追いつく前に新しい情報を次々言っちゃダメだよ」

 その言葉を最後に俺たちは廃墟を後にする。まだ朔夜、改め千里には聞きたいことはあったが、ネルの言う通り情報を処理しきれない頭で問うのはかなり躊躇われた。

 ヨガラスと朔夜の間に何があったかは知らない。しかしいつかは本人の口から聞き出すことになるのか、それとも自分で知ることになるのか、それすらまだ分からない。

 胸に残る僅かな不安を残したまま、本部に帰還した俺達は、しばらく無言のままその日を過ごすことになった。

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