第5話 永久就職
「はぁぁ……就職難だぁぁ……」
私はハーブリオン伯爵家の庭で、盛大に溜息を吐く。家族と使用人の人達は、最近の私の様子を心配し一人にしてくれている。だから愚直を最大限吐くことが出来るのだ。有り難いことだ。
ハロルドが隣国の留学に旅立ち二年が経過した。在学中に穏便な婚約破棄が成立し、無事に学園を卒業した訳であるが私は就職出来ずに居る。貴族の令嬢ならば結婚し嫁ぐのが支流であり、他の貴族の家に仕えることもある。だが私は書類を送っただけで、面接も受けることなく不採用なのだ。
悪役令嬢を演じていた噂が流れているのだろうか。いや、あれはエリックとアリスを結び付ける為に仕方がない事とはいえ後悔はない。
しかしこの就職難なのは精神的に堪えるものがある。前世でも就職難の時代ではあったが、面接をしてもらえないことはなかった。
「家族に甘えているのもなぁぁ……」
家族は私が就職活動をすることを心配している。好きな相手が見つかるまで家に居て良いという。不思議なぐらい、婚約破棄をされた娘に優し過ぎるのだ。
思えば、エリックとの婚約破棄も穏便過ぎたぐらいである。何かがおかしい。
「誰かが糸を引いている?」
「気付くのが遅すぎないか? ヴァイオレット?」
一人だけの空間だと安心していると、背後からの男性の声が響き急ぎ振り向く。
「……っ!? ハ、ハロルド様!? え? 何故此処に!?」
「君を迎えに来た」
振り向いた先には、ハロルドが立っていた。数年間で身長は更に伸び、逞しく成長している。
「え? まさか……またカモフラージュ要員ですか?」
「……はぁぁ……。何年経っても変わらないな、君は……」
久しぶりに再会した彼の言葉に、私は首を傾げた。彼が帰国した噂を耳にしていないということは、帰国したばかりということになる。休む暇もなく探偵の仕事に赴く為に、私を迎えに来たようだ。
「折角の申し出ですが、お断り致します。私は就職活動で忙しいのです」
「僕が二年前に告げたことを覚えているかい?」
カモフラージュ要員に就職する気にはなれない。彼にはお帰り頂こう。
「え? えっと……あ!」
「忘れていたのか」
不意に訊ねたれた言葉に、思考が止まる。『就職先が無ければ僕のところに来ると良い』馬車の中で告げられた言葉を思い出すと、彼の眉間に皺が寄る。
「それは……その……色々とありまして……」
「僕は数多の女性からの求婚を全て断ってきたというのに……君は……」
就職活動に忙しくすっかり忘れていた仕方がない。しかしハロルドは何故か、自分がモテルことを口にする。整った容姿と公爵という地位からも、優良物件なことは間違いない。
「いや……それはハロルド様が勝手にしたことで……え? 求婚と関係ありませんよね? 就職ですよ?」
「ヴァイオレット・ハーブリオン伯爵令嬢。僕と結婚して、妻として永久就職してくれ」
女性達の求婚を断って来たのは、彼の判断である。私に責任転嫁をされる謂れはない。そのことを口にすれば、視界から彼の姿が消えた。下から声が響き、視線を下げるとハロルドが膝を着き銀色のリングに紫色に輝く指輪を差し出している。
「え……ええ!? 何故!? もっと良い女性が居ますよ!?」
「酷いな……一度、了承したというのに……君は……僕を裏切るのかい?」
突然の求婚に私は大声を上げてしまう。彼には舵を握ってくれるような強気な女性がお似合いだ。
「……え? いや……その……」
「僕を捨てるのかい? 明日の新聞記事には『公爵子息を捨てた女』として一面を飾るだろうね?」
眉を下げる、悲しそうな表情をするハロルドを前に私は狼狽える。何故ならば私が先程上げた大声の所為で、人が集まり初めているのだ。ハロルドが儚げな発言をすれば、私の評判は地に落ちる。そしてこの家での居場所を無くしてしまう。
「わ……わぁぁ!! ハロルド様との結婚嬉しいなぁ!」
「ふふっ……それは良かった」
私はハロルドの手を取り、大袈裟に喜んだ。彼の手によって嵌められた指輪のサイズが、ピッタリなことに不思議だが細かいことは気にしないようにした。
結婚した後で、私に飽きるか素敵な女性と出会えば離婚出来るだろうとこの時の私は楽観的に考えていた。永久就職との名の通り、一生溺愛されることになるのはまた別の話である。
悪役令嬢は探偵に脅される 星雷はやと @hosirai-hayato
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