第28話 万死に値するPart3〜壊れかけのラジオストアの悲劇〜

 すべて。本当にすべてを失ったトレヴァーには、あとはすべてを再取得するほか残された生き方はなかった。薬の後遺症で手が震えギターを弾くどころか箸もろくに持てない。喉はイかれてる。歌を歌うどころか日常会話も困難だ。

 いっそ薬漬けで現実に戻ってこないまま死ねたほうが楽だったのに。それでも生きろ!ということなのだろう。

 失ったもの(物理)は大きかった。いや、残ったものは自身の生命だけだ。蓄えた財産らしきものは全部借金のカタとして取り去られ、住居も追い出された。借りた覚えのない借金の取り立てもあった。

「ギターの月賦は放っといた。息子がすぐにギターで返してくれるだろうからね。」

 取り立てのさなか、勘当され元父親だった人から衝撃の事実を聞かされた。

 人間関係もかつての知人ほぼ全てにとって自分ははじめから居なかった事になっている。人との関わりは借金だけが残った。クスリが物質的なものと人間関係的なもののうち良いものだけを巻き込んでこの身を去った。

 それでも音楽をやめることはない。ギターは借金のカタで奪われ、歌とボディパーカッションで創作を続けた。身ぐるみ剥がれたぐらいで音楽をやめるくらいならどうせいつかは辞めていただろう。この先人生の最期においては、肉体すら残されないのだから。

 肉体に宿る精神のさらに最奥からふつふつと湧いてくる創作意欲メロディーだけが本物だ。カネとそれ目当ての人間関係、商業主義的な指標で評価される楽器とレコードといった余計なものをすべて削ぎ落としてやったのだ。


―――

 その後、名声を確かなものとしたトレヴァーは後進を指導する立場のプロデューサーになった。彼が新人をプロデュースするとき、全人格否定の罵詈雑言を浴びせ余計なものを削ぎ落としてそれでも表現したい物が残っている者だけをプロデュースするという。今日も何処かのスタジオで罵詈雑言が響いている。

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