第12話 事実の齟齬

 俺は有馬から過去にあった俺ら2人が巻き込まれた誘拐事件の話をしてくれた。仮面の男や有馬のお父さんが助けてくれたこと。そして俺が有馬を助けるために戦っていたこと。その前に何か2人で話していたが内容は忘れてしまったらしい。

「話してくれてありがたいが、身に覚えがないな」

「うそ!? だって、私はしっかり覚えているのに……」

「でも、有馬がそういうんだったら本当なんだろうな。俺らは7年前に会っていて、俺はお前を助けているんだろ」

「その通りだよ。私が病院で目覚めた時、あの事故で無傷だったのは、重傷を負ってボロボロだったあなたがいたからだって真也さんに言われた」

「え? 今真也さんって言った?」

 おいおい。ちょ待てよ。なんか聞き覚えがありすぎる名前なんだけど。

「うん。お父さんの同期の人だよ」

「下手したらそれ俺の伯父さんだな」

「え、そんなことある?」

「でもありえないな。確か、小5のときに事故で死んだって言われてるだけど」

「いや、確かに居たよ! だって、忘れるはずないもん。あのとき君のお父さんと一緒に働いてる京都真也って言ってたよ?」

「なんでそこで事実と思ってることがかみ合ってないんだ?」

「わからない。話変わるけどさ、空くんは体感いつから能力が使えると思う?」

「この前の大学の事件の時だと思うけど?」

「でも私の記憶が正しいとしたら、小学6年生の時にはすでに使えてるようになってないとおかしくない?」

「確かに……。俺が使いかたを忘れてるだけなのかな」

 それでさ、と俺は有馬に言う。

「いつぐらいまでこの状態なの?」

 有馬は俺の腕をずっと離さないでいる。俺の腕はあなたの抱き枕ではないですよ。俺はうれしいけど。いや、やましいことなんてないですよ。俺だって男だもん、同い年の美女にくっつかれたらうれしいって。恋愛感情とかは今んとこない……ね多分、目の保養にはなるだけ。

「いやだ?」

 有馬は腕に抱きついたまま上目遣いで俺に言う。

 反則技が来ました。有馬さんイエローカードです。あと俺の理性がレッドカードもらいそうなんだけど、誰か助けて。でもまだ冗談言えるくらいには余裕か。

「いやじゃないよ。けど俺も部屋で荷解きやらないとだし。すぐ終わるけど」

「でも段ボール畳んだりするから意外と時間かかるよね。離れるよ。荷解き手伝う?」

「いや、大丈夫」

 あ、そっか。見られたくないのあるよね。とニヤニヤしながら有馬は言う。

 ほんとこいつ口が減らないな。隙あらば弄ってくる。俺は部屋に行ってるからと言って、有馬の拘束から逃れて部屋に向かう。どうやら有馬も自分の部屋に行くらしい。


「えへへ。やっぱり空っていい匂いするなぁ~」

 私は部屋のベッドの上でゴロゴロしながらにまにましている。ちなみに私はさっきまで空の腕に抱きついて過去の話をしていた。

「でも、空は覚えてないのかぁ。話によると明らかに私の頭上のがれきは周りに落ちてたらしいし、空の能力で助けてくれたと思うんだけどなぁ。そもそも、なんで忘れてるんだろう。私は命かけて守ってくれたの覚えてるのに……」

 自分だけ覚えているのも結構さみしいもんだなぁと思う。ていうか、空の二の腕しっかりと筋肉ついてたなぁ。細くて頼りないのかなって思ったら、ちゃんと筋肉あるんのがわかるとか反則だよ。えへへ。でも空は私に恋愛感情を持ってないらしいし。どっちかっていうと、目の保養になるとか言ってたし。はぁ、私の感情が揺さぶられまくるから空の心読むのやめよ。精神衛生上良くない。褒められすぎて私がもたない。

「どうしたら振り向いてくれるのかな。関係ないけど、シチューおいしいって言ってくれてうれしかったなぁ」

 私はそのあとスマホをいじりながらごろごろして、意中の男性を振り向かせるにはどうすればいいかをいろいろ調べてみる。

「なんかありきたりだなぁ。考えても仕方ないか、一旦お風呂入ってすっきりしよ。明日も仕事あるし」

 そう言って私は着替えをもって脱衣所に向かった。


 半ば逃げるように自室に来たわけだが、俺の部屋の中にはベッドとデスクはあるが、一人暮らしの時の荷物は基本段ボールの中に入ったままだ。昨日は疲れて寝具関係だけ取り出して寝ちゃったし。

「そんじゃ、荷解き始めるか~」

 俺はまず、デスク周りの段ボールを開ける。中にはデスクライトや電源タップ、配線をきれいにするためのデスクにつけるカゴなど様々なデスク周り用品が入っている。

「ありがたいなこれ。掃除用具まで一式まとめてあるじゃん」

 俺は手早くデスク周りにそれらを取り付け、デスクトップPCも接続する。

そうして荷解きを続けていると、大学受験の時に使っていた参考書を発見する。

「置いてあった高校の時の参考書も一緒にあるんだな。バイト先にはそろそろ復帰するって言ってあるらしいしあるのはありがたいな」

 何を隠そう俺はこれでもバイトで塾講師をしていて、スタッフさんからも結構信頼あるし何よりあそこ人間関係が良すぎて離れたくないまである。でもテスト終わりにはやめなきゃいけないのか。憂鬱だわ。その後はなんだかんだ流れ作業で荷物の開封と段ボールをたたむ作業をして終了した。

「はぁ、疲れた。少し汗かいたしさっさと風呂入って寝るか」

 そうして俺は着替えをもって脱衣所へ向かった。


 俺は脱衣所に入るためのドアを開けた。そうすると……、中には上を脱ごうと裾に手をかけている有馬がいた。

 へ? と素っ頓狂な声を出しながら有馬が顔だけこちらに向ける。俺はバンとドア開閉RTAに出場できるくらい速攻でドアを閉めて何も見なかったことにするつもりである。ちなみにドア開閉RTAは実際にはあるのか知らない。ドアを閉めた後、背中でドアを押さえて俺は考える。いやセーフ。これは、ノットギルティ。俺は見てないから。ドア開けたら、有馬がいただけ。おなかしか見てないからセーフ。俺悪くないから。別に覗きとかそういうのじゃないから。事故。これは事故だよ。よしそれで丸く収まるな。そうやって俺は自分を納得させていたのだが、

「ねぇ、空くん。なんでノックしなかったの?」

 ドアの向こうからとてつもない殺気を感じる。謝ろうかな――

「謝ったって許さないよ?」

 やべぇ、呪われる気がする。末代まで祟られる気がする。なんなら有馬に頼まれた大和さんに呪わる気がするまである。

「あのー有馬様。体が冷えると良くないですし、お風呂に入るのはいかがでしょうか?」

「まだ服着てるし冷えません」

 万事休す。謝る方向でいくかこれ。背筋と空気がが凍るほどの感情がこもってない声が発せられている。冗談抜きでー273℃だよこの家の中。

「滅相もない! そのような事私の命にかけていたしません!」

 思わず早口でそう言ってしまう。

「ふざけてるの?」

「いや全く。至極真面目なんだけど。あの……本当に申し訳ないです。許してください。おねがいします。できる範囲でなんでもしますから」

「……できる範囲しかやらないんだ」

「できない範囲でも頑張ります……」

「一旦お風呂入るから家庭内裁判(物理)はそれからね」

 あの、(物理)って何ですか? 怖いんですけど。


 あぁぁぁぁぁぁぁ! たぶんだけど、おなか見られたって。太ってるとか思われてないよね。恥ずかしいんだけど!

 現在私はシャワーを浴びながら両手で顔を覆っている。恥ずかしいとかいう言葉じゃ言い表せないんだけど。というかここら辺に関してはマジで心読んだときに返答しだいで病む自信ある。病んだマジ無理ってなっちゃう。とりあえず一旦髪の毛とか洗ってお風呂入って落ち着こう。そうだ、それがいい……。やっぱ無理かも。


 俺はあの後、リビングでテレビをつけて時間をつぶしていた。けど実際はテレビを見ているわけではなく、つけているだけだった。番組の内容が全く頭に入らない。まじで、裁判(物理)が怖すぎる

 そんなことを考えていると有馬がお風呂から出てきた。なんかいつも以上に大人っぽく見えるのはお風呂上がりだからなのだろうか。今の読まれてたら僕はギルティだな。終わった。人生終了のお知らせだ。

「何おどおどしてるの?」

 有馬は不思議そうにそう言った。

 え? 俺の心を読んでないの?

「ちなみにさ、心を読む読まないは自分で調整出来るって話だけど、読まない理由とかあるの?」

「私は普通に人の心に踏み込むことはプライバシーの侵害だと思ってるし基本やらないわよ」

 あ、なるほど。俺はどうやら首の皮一枚繋がったらしい。

「それで、さっきの覗きの件だけどさ」

「あれは決して覗こうとした訳じゃないんです。開けたら居たんです。心読んでもいいからそこだけは潔白だから」

「そこまで言うなら本当なのかな」

「本当です。嘘は言ってないです!」

「わかったから。その言葉を信用するよ。代わりに罪滅ぼしのために私のおねがいを来週の日曜日まで1週間聞くこと。分かった?」

「え、それだけでいいの?」

「もっと厳しい罰がお好み?」

「いえ、これで十分であります!」

 有馬はよろしい。と言って自室へ向かおうとする。その途中で振り向いて俺に言った。

「次から共有スペースと私の部屋にはいる時はノックしてね」

 そして俺はリビングに一人取り残された。

 え、なんか許された? どんなお願いが飛んでくるんだろう。とりあえず風呂入るか。


 私はふと目が覚めてベッドの脇にある時計を見る。時刻は夜中の1時だ。さっきの脱衣所の事件から妙に落ち着かなくて、眠りが浅い。

「さすがに空、寝てるよね」

 でも一旦空の部屋に行ってみようと思った。今日はずっとくっついていたい気分だ。こういうのは不純異性交遊とかいうのだろうが、私は彼のことが好きなんだ。アプローチしてなんの問題がある。ないだろう。いや、無いと思い込んでおく。

 私は部屋を出て空の部屋のドアを開ける。そうすると、目の前には部屋の隅に畳んだ段ボールをガムテでまとめたもの、きれいに配線をされたデスク。教科書や書籍が所狭しと置かれている小さ目の本棚が並んでいた。そしてシングルベッドで横向きに少し丸くなりながら寝ている空がいる。戦っているときや真面目に物事に取り組んでいるときはすごいかっこいいいのに、寝顔はあどけなさと大人っぽさが混じっている。

「失礼するよ」

 私は空の頭を撫でて、布団に入る。やっぱり2人はちょこっと狭いかな。でも私たち身長同じくらいだし、どっちも横に大きいわけじゃないから意外とどうにかなってる。空の寝顔が目の前にあって、寝息までしっかり聞こえるからドキドキする。

「おやすみ」

 私はそう言って後ろから空を抱きしめて睡魔に任せて意識を落としていった。

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